第9話探索活動開始2
「今のうちに避難するぞ!」
「倒したのにか?」とスピネルは不思議そうだ。
「満足な装備のないおれたちにアレの群れが討伐できるとでも?」
万が一にも遭遇しないとはわからないといえばスピネルは納得した。
「わかった。行こう」
◇◇◇
再び歩きながら、そういえばとスピネルは言葉を続けた。いまの状態について説明しておくつもりらしく、魔法のことだがと前置きをして始めるのであった。
「私が魔力を使って魔法を生み出そうとするとどこからか魔法的波動が掠め取られてしまうのだ」
「つまり?」
スピネルはみせるように手のひらを出すが、そこに魔法は存在しない。
「使えば使うほど魔力ばかり奪われ、魔法による奇跡は起こらないと考えていい。普段と違いどうやら回復するあてもないらしく、魔力は体内で薄まっていくばかりだ」
「へえ、じゃあ温存する必要があんのか。また使えるかも不明だけど」
「そうだな。だから私ができないのではなく、ここで起きたなんらかのトラブルが原因で不可能なだけだ」とスピネルはなんとなく言い訳がましく聞こえる口調で強調していた。
屁理屈にあきれておれは指摘する。
「思ったんだけどさ。おまえできないって認めたくなかっただけだろ?」
むっと口をへの字にして弁解してくるスピネルだがどう聞いても言い訳にしかなっていない。
「ムキになるようじゃ当然って認めてるようなもんじゃねーかよ。なんなの、プライドの塊が邪魔するってか!」
さらに悔しげなスピネルは不穏なことをぼやく。
「魔法があればお前を黙らせてやれるのに」、と。
それ物理的に沈黙させるやつじゃんとおれはおののくのだった。
「ところでほかに気づいたことってないのか? きっかけとかさ」
島の探索を再開しながら尋ねるとスピネルは考え込んでからぽつぽつと答える。
「きっかけはおそらくこの島に到着してからだ。あとは、そうだな障壁めいたものの存在を感じる。おそらくこの島の内部では魔法は使えないものとみて間違いないだろう」
「おいおいおいおい、改めてお荷物じゃんか!」
「お荷物だと?」
聞くに耐えないと顔をしかめるスピネルを無視しておれは続ける。
「いよいよのろいじみてきたじゃん、お前なにか悪いことした?」
「のろい?」
なんだそれはとスピネルが素直に聞いてくるので答えてやることにした。
近くの葉っぱを摘んでスピネルの前に広げて話す。
「うちのばあちゃんが言ってたんだよ。よくさ、悪いことすると跳ね返ってくる、それを呪いだって。迷信じみた土着信仰のひとつだよ」
同じく木から摘み取った木のみを葉の上に落として演出を再現すると、スピネルは思いの外食いついた。
「そうか。……では呪いはどうすればなくなるのだ?」
「は? 信じたのか? ……えーっと、たしか……代償を払うんだよ、そうそう、悪いことをした反省って意味だと思うけど、本来得るはずのなかったものをお返しして元に返ること、だったかな」
「選ぶべきでなかった選択肢……」
スピネルが聞き馴染みのない言葉を発した。
「なにそれ?」、今度はおれが質問する番だ。
神学か哲学あたりの知識だろうか。
「これは有名な賢者の手記にでてくる一文だ。記録媒体そのものが破損していてなにを意図しているかはさっぱりだがそういうことばがでてくる。お前の言ったことがよく似てると思ってな、ふと降りてきたんだ」
「ふーん」
おれは摘んだ葉を適当に地面に置いて歩き出す。
「それにしても魔法が使えないとはまったく不便なものだな」
「なるほどねえ。でもさ、あると思うからなくなって不便に感じてるだけじゃねえの?」
「今なんて?」
だからと思い出しながらニュアンスを繰り返す。
「魔法なんて万能じみたもんは最初から与えられてなかったって思えば案外普通のことなのかもしれないだろ」
「なるほど……、そういう考え方もあるのか」
スピネルの態度は、目から鱗が落ちた、そんな表現がしっくりくるものだった。
◇◇◇
「いやだからもうさあ、それ、おれがやったほうが早くない? 持ち前の不器用さ発揮してる場合じゃないだろ……」
「なんだと、この私が、不器用!? お前の目は節穴か!」
眼の前の男は役立たず扱いについにキレた。
「みてろ、このぐらい……」
スピネルはそういうと昨日と同じ道具を取り出し火起こしを始めた。
(やべぇ、逆にムキにしちまった……)
数々の発言に反骨精神をみせて、あいつはおれの予感どおり、やめなかった。同じく予想通り火もついていないが。
日が傾いてもつかないのに、しぶといやつ。あきらめなくったって、謝ればゆるしてやるつもりだったおれとしては拍子抜けだ。
おれも少し――折れてやることにした。
「みさげたプライドだな」
おれは声をかけた。
「おまえの上から目線も気に入らない」
半眼でこちらをにらむスピネルにおれは肩を落とした。
「なんでだよ!?」
「ふわああっ」
「眠そうだな。もういいから、退いてろ」
じっとしていろと前置きをし、サバイバル適性がない上官に指示を出す。
対するスピネルはといえば「魔法があれば……」たいそう悔しそうであったが。
「んなぁ!? 足、蹴る必要なかったろ!?」
「うるさい」
ちっ、意趣返しかよ。
まあいい。おれは一応こいつの副官だからな。上官のご機嫌取りぐらいしてやろう、なんせおれは大人なので。
着火したのを確認すると昨夜と同じようにごろんと横になるスピネル。
「あ、お前また見張りサボる気だろ。今夜は途中で交代しろよな!」
「ああ、夜半のか。忘れてた……」
やっぱりこいつ頭から抜けてた……。
おれに背を向けているスピネル。だが居心地が悪そうに、何度も寝相を打っては、眠れない様子で姿勢ばかり直している。
「私は、上官失格だろうか」とスピネルが口火を切った。
うとうとと船を漕いでいたおれはそれに耳を傾ける。
「すでに配置換えした隊員がいたのだが、そいつはよく私に突っかかってきた」
まさかおれやサボり魔のリオン以外にもあいつに歯向かうやつがいたとは。ってかアルビオン班内部でもまともに言う事きいてんのってグレンぐらいでは?
どうやらスピネルは思い出話をしているらしい。
「私はこれでも期待を寄せていたんだ。自分の後釜に据えてもいいぐらいには、奴は優秀だった。しかしなにが気に入らないのか、私、を……――、」
声が小さくなって聞き取れない。次第に寝息も混ざり始めた。
「ほら、もう寝ちゃえよ。眠いんだろ?」
「……たのだ。、で――私は彼奴の願いを叶えるため、異動願を――……。しかし、フォルトゥナは最後私に罵声、を……」
なんだ?
願いを叶えた? そいつは他に希望があったのか?
いやちがうだろう、おそらく。
とにかくスピネルはその相手を配置換えしたのか?
だがその配置換えを相手は……。
まさかこいつ……それを苦にして?
「上司として間違っていたのかもしれない。本当は、人との接し方がよくわからんのだ。ほら、私は人間として半端者だろう?」
おれはスピネルの頭の下に置いた腕をみつめる。その先にはまめのできた手があるだろう。すでに皮は破け出血している。魔法なら一発で治るそれは放置されたままだ。
痛々しい手をみて、おれは言った。
「おまえは半端ないよ。くどいぐらい一流だ。こっちが憎らしくなるほどにまっすぐで、な」
ありのままの気持ちを口にするのはためらわれたが、サンセットビーチの効果か、すんなりと言葉がでてきた。
「きっかけなんてのはささいな勘違いやすれ違いだったかもしれないだろ? あるいは向こうにも並々ならぬ理由があったとかさ。ま、そんなちっぽけなことで悩む参謀長もしょせん人間だったていう話です」
「そう、か。私も人間だったか……」
「はぁああああ!? あんた自分のことを人外だとでも思ってたのかよ!?」
「否定はしない」
ほんとこの上司はある意味恐ろしいな。だれかついててやらないと危ないんじゃねえの? あのオーランドよりヘタしたら繊細かもしれない。軍部はなんでこんなやつを特殊な地位につけているんだ?
おれは上層部の読めない思想を考えながら、じっくりと火を調整する。
「貴様さっきから何をしている? …… っおい、話を聞いているのか!?」
「いやあ、うまいうまい。話なら十分、腹いっぱいだよ」
「貴様、上官にも同じものを今すぐ用意しろ! その木の実の匂いのせいで私は眠れなくなったぞ!? どうしてくれる!! さもなくば責任問題だ!」
ほらな。わざと茶化してやったことにも気づかないのだから。