第8話探索活動開始
こうして僻地ともいえる場所でのサバイバル生活を三日も過ごしている俺たちは、四日目の朝から探索をしている。
探索範囲を広げたことで思わぬ成果があった。
なんとここ、獣、というか大型生物がいたのだ。人より圧倒的に大きないきものが生息しており、ベスビアス国ではめったにお目にかかれない竜種まで存在していた。
おれはともかく――いやおれでも苦戦を強いられるであろう強敵は、得意技の使用できないこいつでは対処不能。おまけをつけたおれもやばい、ということでやつの思惑通りになるのは癪だが、身を潜めて探索を続けていた。
茂みに隠れてのっしのっしと歩く地竜をやり過ごしたおれたちは、こそっと身を出してそそくさと歩き出す。中腰がなかなか下半身にこたえるがそうはいっていられない。スピネルは自分が隠密行動を言いだしたくせに中腰にはなっていなかった。ずっる!
「ベスビアス国に人以外の生物があまりいないのは、魔法使いが発する魔法的波動を避けているためだ、という説がある。その魔法的波動、魔力をきらって生物は国境付近から内部領域には近づかないのだとな。例外が存在するのは飼いならされた家畜で、じつは国内に存在する家畜にもわずかに魔力はあるのだとかで、」
さてこの講釈をたれているのはもちろんあのスピネルさんですが、おれは怒りませんよー、平常心、平常心。何事も冷静に対処する必要がありますからね、ええ。
「……で、学会では魔法の起源について今日もうさんくさそうなものから信憑性の高そうなものまで議題に上がっているということだ。話題に事欠かない分野であるが研究成果はいまだ、に、大してなく、ただし、そのなかでもおもしろい、のが、……んん」
流暢に語っていたスピネルの声が止んだ、と思えば「待て」と制止の声がかかる。
「なんだあ? まさかもう歩けないと、か、……」
振り返ると足に手をついて呼吸を整えている上官の姿が。
息が上がって動けなくなったスピネルを汚物をみるような目でおれは見捨てようか考えた。
「ぐ、……ぅえ、あ……待て。行くな」
ほんと、いわんこっちゃない。
どうして軍学校出の士官様はこうなのかねえ、現場を舐めてるとしか思えん。とはいえじぶんが叩き上げかといえばただの雑草でしかないのだが。しょせん末端の兵士だからな。
オレがこの場に居残ったのは、しっかりとおれのズボンのすそをつかんでいるスピネルを哀れに思ったとかではない。断じて。
「ああ、そうか。お前は鍛えているようだから私をおぶっていけばいい! そうすれば私が周囲の警戒を担当しよう、うむ、それがいい」
ばかなのかこいつ、じぶんでとんでもねえこといい出したぞ? 隠密行動はどこいった!
◇◇◇
「ほんと、どこいったああああ!!」
中型爬虫類族に執拗に狙われたおれたちだったが、気づけば狙われているのはおれだけになっていた!
おれもじぶんでじぶんがなにを言っているか分からない。
要するにこうだ。
隣を走っていたあいつが突如として消えていた!
おれを餌に敵をまいた策士を苦々しく思いながらトカゲ顔の足から逃げ延びるべく疾走する。
って、やば! 眼の前、蔦のロープが!
おれは走っていた頭を下げてスライディングで通り抜ける。だが中型のトカゲ、とはいっても人より頭一個はでかい、はよけきれず見事に絡まった。
「しゃあ! っとと、危ないな、ここ崖になってんのか」
「いたい……」
「わりぃ!? っておまっ、こんなとこに隠れてたのかよ!?」
おれがガッツポーズをしながらジャンプを決めたことでスピネルの腹に砂利が飛んだらしい。即座に謝ったがそれはそれとしてまさかこんな林の中に潜り込んでいるとは思わないだろう。
おれがスピネルの行動を非難するとやつはこう言った。
「しー、黙れ。私は隠れていたのではない、ついて行けずによろけてそのまま倒れていただけだ」
情けない男はたしかに、頬やローブにも土汚れをつけてうつ伏せになっていた。顔だけをあげて話しかけるだらしなさには脱帽するしかない。
「余計だめじゃん!」
――ガサッ。
「「あっ」」
林の中、動きがあったのはさきほどのトカゲ。眼の前にはおやつなおれたち。
――シ、シュロロロロロ!!
蔦を振り払ったのか、独特な鳴き声とともに舌を出しておれたちに襲いかかってきた。
「逃げろー!!」、絶叫して足を再び動かす。
◇◇◇
さっきから同じあたりをぐるぐる回っているようで獣道が着実にできつつある。というか他の場所に向かいたくとも雑草や樹木が邪魔で行動できる場所がなかった。
必然、いたちごっこになる。
ほらまただ。さっきも引っかかった罠の付近、回避行動を覚えたトカゲがニアミスしている。
それにしてもこいつの魔法が使えないのは誤算だった。
しかし当の本人である役立たずはムキになって使えないのではないだとかほざいてやがる。
「いやだって使えてねえじゃん。ちっともキラキラしてねえよ!?」
「だから使えないのでは、……あっ」
不穏な沈黙がたいそう不気味である。
「どうした!? 急に黙るなよ」
「うるひゃい! っぅ……、舌を、噛むだろ!」
「探索中にピクニックよろしくおしゃべりしてたやつに言われたくねーわ!!」
並走して逃げ回るおれたちだがどうにもスピネルが限界の様子。おれも合わせてスピードを落としてやるべきかと悩んでいたときだった。
「使えないのではなく、なにかに邪魔をされているのだ」
スピネルの言葉にハッとさせられたおれはすぐに動き出した。
邪魔にはうってつけの誘導体があるじゃないか。
「ほいよ!」
おれはスピネルの真横から側面狙って突き飛ばす。
「は……、あーあーあー!? 貴様、血迷ったか!!」
憎々しげな顔をこちらに向けるスピネルだが、そこであいつは異変に気づく。
そう、スピネルは動けないのだ。
なぜなら、樹木の間で伸びきっていた蔦にめちゃめちゃに絡まっているから。
おれはその肢体ががっちりと固定されているのを目視した。
「よし、そのまま誘い込めー!」
あとは他人事のように指示を飛ばした。
ぐぎゃあーとなんとも情けない悲鳴が聞こえてくる。あいつもハイテンションになっているらしくいちいち活きが良い。
うんうん、存分にアピールしてやってくれよ。おいしそうな獲物として。
首をすくめてビビった顔をさらしたスピネルは、迫る中型トカゲのタックルの餌食になる未来が視えたのか、おれへの文句とともに咆哮をあげる。
「私を釣り餌にするなああああぁぁぁ!!」
そこでようやく、スピネルとの距離をはかっていたおれは、準備よく、綱の先がここまで続いている茎を勢いよく引っ張った。
「ぇ?」
きょとんとした顔をさらしたすぐにスピネルの体は浮遊する。獲物にばかり気を取られているトカゲはいまだ足元がおろそかだ。
ふいに宙にあがった人間をみつめたまま、顎は完全に上を向いている。
だから気付けなかった。
安全柵のない島で海面がみえる危険性に。
あれだけスピードが出る重量があっちゃ、急に止まるにもそれなりの距離がいるだろ?
物体が水没する音が崖下から聞こえる。
スピネルは止まれた、でもトカゲは近々海の藻屑だ。波か岩礁の衝撃で転落死か、あるいは海の中で溺死か。ともかく上がってくるのは困難だろう。
それを見越して、簡易の安全ロープが切れる土壇場で、おれはスピネルを抱えるように引き上げた。
「な、命綱があってよかったろ?」
「……お前にだけは命を預けないと、今ここに決めた」
疲労困憊で半笑いのスピネルはおれとのハイタッチを拒否し、体に巻き付いた蔦や弦をほどくのだった。