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第5話イレギュラーな初任務

 おれは海面から上がると干上がった砂浜を歩いた。

 点々とつながる足跡を残したのは海に潜る前のおれ自身にほかならない。

 踏みしめられていない銀雪のごとく輝く浜はどこか物寂しさが積もっているように感じた。


 雲が晴れて貸し切り状態のビーチに日が差していく。


 夏風のおかげで下着一丁のスタイルでも寒くはないのはせめてもの僥倖(ぎょうこう)だろうか。


 分かっちゃいるが文句の一つでも吐きたくなる現状を抑える。代わりに腹の虫が鳴いたのには笑えないが。


 左手で釣果を持ったまま、濡れて滴る前髪をかきあげた。そうすると視界いっぱいに開けた世界が飛び込んでくる。ここには軍本部の建物も寮舎も、まして戦場のむごたらしい光景もないのだから。


 もう一度背後を振り返った。


 美しく輝く水面には島の全貌はあいにくと映らないが嫌と言うほどの大自然を教えてくれていた。


   ◇◇◇


 簡素な浜を上がってくさむらへ入るとますますわびしい森が広がっている。

 一帯の草をどけて作った人工的な獣道を奥へと向かう。あらかじめ木々につけておいた目印のひもを回収しながら。


 伸びっぱなしの草や枝といった収穫物を利用して作った仮住まいのテント付近で一息つこうとするが、肝心のあいつがいない。雑木林に目を向けてから、もう一度テントの中を探すと、裏手からキコキコという音がした。


 まさかあいつまだ粘ってるのか?


 サバイバルで見繕った得物と獲物をもったまま裏手へ回る。

 そこには案の定、いけ好かない軍師様であり直属の上官がいた。


 なにやら手こずっているようで、がむしゃらに木の棒を擦り合わせては、必死に作業を続けている。


「おい、まだ点いてないのかよ」

「うるさい」

 おれの声に反応したのはいいが、あろうことかスピネルは舌打ちまでしやがった。

(なっ!? こいつ、人が食い物の用意してやったってのにこの口の利き方……)


「遅いだろ、いつまでかける気だ」

「お前が早いんだ」

 明らかにいやそうなかおをするスピネル。この状況下で漫然(まんぜん)と構えているスピネルに向けて殺意が湧いてくる。

「食料はどうした、まさか、無、」

「ボウズなわけあるか! ちゃんとあらあ。ほら!!」


 得意げな顔を向けてこれみよがしに魚をみせつけ役立たず扱いしてやると、やつも癇に障ったらしい。呼びかけても反応がなくなった。

 ムキになって集中するスピネルはおれを無視している。


「こっちはおまえが空腹だっていうから獲ってきてやったんだぞ!?」、おれは相手に感謝の意がないのを非難した。


 ところがここで海から上がったばかりのおれに虫がたかってきやがった。

 あっちへいけと追い払うおれを横目にスピネルのやつはいや~~な感じで笑ってやがる!


「てっめぇ……」

「あ? やるのか」


 カチン、と来たのはお互い様らしい。額をぶつけるほどの距離で睨み合う。が、おれは動きを止めたやつの手をみて気づいてしまった。


 スピネルのやつは火をおこそうと原始的なやつで四苦八苦していたのだ。さっきの様子では出かける前と一緒で点いても消すし、なかなか火が大きくならなかったにちがいない。


「おまえ不器用かよ」


 たはああああとため息をついておれは手を出すのをやめた。大股になって脱力すると、スピネルの横に腰掛ける。

 応戦しようとしていたスピネルは何事かと目を丸くしてこちらを凝視している。


「貸せ」

「は?」


 特別参謀室に異動してから数日、こいつはなんでも魔法頼みで大雑把に片付けるきらいがある。書類仕事こそ丁寧なようだが、それ以外はさもありなん。当然のようにバカスカ打って魔力が枯渇しないのかと思えば、全然目減りしない様子だった。魔法を使うのはいいが、意味もなく無駄遣いして小鳥の造形にこだわるぐらいならこういう時のためにとっておけといいたかった。


 だがまあと、自分に自分で言い訳をする。


 ――こいつの努力を認めていないわけではないのだ。


 なぜならそのあかぎれだらけの手にはまめ(・・)があるから。努力の証しをみとめ、スピネルの場所を横取りするように奪ってやった。


「あと少しだったのに」

(絶対そんなわけない)


 脳内で突っ込むも口に出さないだけましだと思え。


   ◇◇◇


 スピネルではいっこうに点火する気配はなかったがおれはなんなく成功させていた。


「お前は器用なんだな」と感心するスピネル。


 が、やつは余計な一言も追加しやがった。


「いや、魔法が使えないやつはそうするしかないか」


 無能呼ばわりされているようでムカついた。正直どついてやりたくなったのはここに来てから一度や二度では済まない。


 そのわりにさっきからスピネルの目は火に釘付けだ。赤いエー玉のような瞳の奥に浮かぶ炎を眺めながらなんとなくスピネルに話しかけてみた。


「そんなに珍しいか?」

「べつに。ただ感動しているだけだ」


 ほんと天然な上司様だな……と、ついていけない会話を惰性で続ける。


「人力でも火はつくのだなと思って」

「そんなの当たり前だろ。原始時代の人はみ~~んなこうして来たんだからな」

「ふむ。それもそうか」


 なんだか新鮮な気持ちになったのを隠すため、うろ覚えな知識を持ち出す。

 魔法なしの生活について共感されたのは、久しぶりのことだった。それこそ思春期ぐらいまでだろう。同世代の人間も魔法が使える頃には物珍しさは奇妙なものとして片付けられ、オブラートに包み込まれるようになったのだから。会話にのぼってもせいぜいがお世辞の褒め言葉だった。


 そのせいで少し嬉しいだけだ。……たぶん。



 点火したちいさな焚き火で魚を焼いて空腹をしのぐ。半分より少ないぐらいをわけてやると、だがしかし不服そうに相手は文句を漏らした。いやなら自分でとってこいと強調するとしぶしぶ食べ始めた。

 ところが塩もないからまずいとつぶやく始末に青筋を立てるおれ。

 今度はこちらが逆に無視してやった。


「おまえの面倒までみてるだけありがたいと思いやがれ」

「そうだな……」

 まるでこどもがしょげたような言い方だったからバツが悪いおれが見返せば、スピネルは目を輝かせていた。

(え、なんで?)

 たぶん、感嘆だろう。スピネルは続けた。

「自分の世話を焼く人間がいるのが不思議だ」と、つぶやいて。

「おい、召し使いになった覚えはないぞ!?」

 反論するも満腹になったからか、横たわるとスピネルは寝息を立て始めた。


(もう寝てるし……)

 ちゃっかり見張り番の話すらしないままだったことに、はたして隣の男は気づいていたのだろうか。


 おれも軽く体をよこたえる。瞳を閉じることなく、そうして日が暮れるなか、夕焼けをみつめここに至るまでを振り返っていた。

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