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第3話憂鬱な指名

 おれは寝起きの頭を乱暴にかいた。


(くそ、まただ……)


 もう何度、あの夢を見ているだろう。


 気の進まない朝を早く忘れてしまいたくて一心に口をすすぐ。

 大体、なんであの時のことばっか浮かぶんだろうか?

 疑問ごと歯ブラシをコップに詰め込んだ。


 急いで支度を始めた。


 鏡の前で軍支給の服を羽織った。鏡には、いかにも田舎の農村部出身の、明るさだけが取り柄の男が映っていた。


 小麦色の肌に、焦げ茶と金の間の色の髪は今日もハネている。ベスビアス人に多い、木の葉みたいな深緑の瞳はうろんげにこちらをみていた。


 身長はさほど高くないが、骨太で腹筋が割れているのは魔法使いばかりのこの国の軍人では珍しいだろう。


 多用している長剣は使い捨てに近い配給品で案外脆かった。なので予備の短剣も所持している。

 腰から下げた鞘とは別に、胴を防御する鉄の鎧を内に仕込んでいる。装備も素早く動ける程度に抑え、要所要所は肘当てやすね当てで守っていた。

 頭部は状況に応じて板金鎧用の(かぶと)を被ったりもするのだが、いまは被っていない。


 準備はできたが、ここ最近はどこの国もおとなしかったはずだ。戦場に派遣されることはないだろう。


 訓練はあるからこの格好で出かけるのだが、相部屋の人間たちはすでに出発しているらしい。

 おれも急がねば。


 と、宿舎の室外から扉を叩く音がする。


「ダルク一等兵、いるか!」


 慌てて返事をした。

 扉を開けると豪快な笑みをした見慣れぬ初老の士官が立っていた。相手は軍服の胸飾りには勲章がいくつも付いていた。自慢したがりな派手好きでもなければ、これはもしや。


 白髪を刈り上げた相手は自己紹介をする。


「失礼する。わたしはグウェル・ラーゼフォン大佐だ。本日はきみに話があって参上した」


 予想通り、士官だ。それも地位がかなり上のお方であるらしい。


「そちらは?」

「これはわたしの秘書官だ」


 おお、秘書なんかつけているなんてすごい人だな。


「話とはなんですか?」

 秘書の人にも会釈を返し感心していると、相手は直球で訪問の理由を告げる。

「じつは昇進もあり得るのだが……詳細は場所を移して話したい」

(しょう、しん、だって!?)

「は! ただちに向かいます!!」


 返事をしたおれは改めて目の前の配給されている軍服をみて思った。


 そういえばあの軍人は真っ赤なローブを羽織っていたな。黒い棒線が二本縦に入った、賞与の飾りのないかわりに、地の美しさが際立つ艶のある軍服を。


「ダルク一等兵? どうかしたか?」

(って、いかんいかん!)


 不吉さをたたえていた軍服を思い出していたことを心の中で詫びると、男性のあとを追って、宿舎から移動した。





 宿舎を抜けるべく通路を並んで歩いていると大佐から話をされた。


「ダルク一等兵、じつは個人的な頼みがあるんだ」

「なんでしょう?」


 こちらが一介の兵士だというのは相手も承知だろうに頼み事とは……これいかに。女子をあてがえと言われても軍隊の華とは面識はないし、町まで出向けるのも稀だ、さらには花街なんてもってのほか、縁が一切無い。さてなにがくるかと耳を傾けるとなぜか照れた顔をしながら続けられた。


「わたしには軍に親……あ、いや。少々じゃじゃ馬な部下がいてな? 扱いに困っているんだ」

「へぇ、珍しいですね。規律違反でもしてるんですか、その子」

「いやいやいや、ふぅ、ふふふ。まさか! ただ、な。心配なのだよ」


 なにがツボに入ったのか、ひとしきり笑ったあとだった。

 真剣な眼をする大佐がこちらに向き直る。

 おれも向きを変えて大佐をみやる。


「彼、女は望まずとも稀有なものを有しておる、軍の上層部も一枚岩ではないし最近は周辺国の雲行きも怪しい。きな臭い噂も後を絶たないからこのまま一人にしておくのはさすがに良心がとがめるというか……まあ今更な後悔なのだがな」と、後半はとみに落ち込んだ目をして大佐は語った。

(でっかいおっぱいとかかな? そりゃ大変だ、色目使われてあの手この手……うげぇ反吐がでそう)


 大佐の苦労を想像しておれは答えた。


「わたしにできることがあるなら協力しますよ! とはいっても微力ですが……」

「はは、そんなことはない! 頼りにしているぞ!」


 背中を痛いほど叩かれながらだが案外気分はわるくない。これも人助けだ、うん。


 あらためて、そういえば名前を聞くの忘れていたことに気づく。とはいえ大佐も本気ではないと思うからと、世間話として受け流すことにした。

 第一そんな孫について語るおじいちゃん顔でいうほどかわいい子なら真面目な奴らもほっとかないだろうと、その話は胸に留める程度にして、大佐とともに歩いていった。





「参謀長、いますでしょうか!!」


 グウェル大佐は言葉遣いを改めて扉越しに問いかけている。

 初めて入る軍の本部に緊張したおれを連れてきた大佐は、通路を何度も回って、この深部に到着した。室外のプレートには【特別参謀室】と書かれている。

 うお、なんか物々しい気配がする。


「……入れ」

「失礼します!」


 規律なのか、大佐は扉を開けてしっかりとお辞儀をする。大柄な背中という障害物がなくなる。窓際で揺れていたカーテンを背に、椅子に座っていたのは存在感のある人物だった。


 ()と目があった。


 眼を瞬くおれに対して、相手がこちらをみていたのは三秒にも満たなかったと思う。すぐに書類の上に眼を落とし、大佐の報告を聞いている。

 動揺するおれはそれどころではなかった。


「参謀部に人事異動の連絡があります」

「まさかまた減員か? フン、軍部はよほど人手不足らしいな」

「今日付けでこのダルク一等兵を参謀長付きの副官としてつけることになりました」

(おれが副官!?)


 驚きの展開にうっかり声を出しそうになったのをこらえる。


「その後ろのか?」とこちらに視線が送られる。

「左様です!」、大佐ははっきりと肯定し、姿勢をぴんと伸ばす。

「いらん」


 書類の束を机に叩きつけて拒絶する相手。

「私には不要だ! とっとと突っ返して来い!」

 突っ返されたというのにグウェル大佐は堂々と反論した。

「失礼ですがこれは上層部の判断です! 異論は認めないとのこと!」


「ちっ、面倒な……」、眼の前の男は憎らしそうに爪を噛んでいる。

「参謀長?」、大佐が再度確認をする。

「分かった、これ(・・)を預かればいいのだな。ただしこれ自らが出ていった場合は責任を取らんぞ」

「構いません」


 こうしておれは参謀長とやらの副官になることが決定したらしい。


 グウェル大佐はそれだけ聞くと満足げに部屋をでていこうとする。最後に振り返っておれをみた。


「頼むぞダルク一等兵、きみには期待している。この方の下で誠心誠意励みたまえ」

「この、方……? ってまさか参謀長って!?」

「貴重なお時間をとらせて申し訳なかった。では失礼いたします」


 今度はおれの疑問を無視するように遮って、部屋の主にお辞儀をすると、大佐はドアノブに手を取る。


(え、ちょっ……待…………、うそでしょおおおおおおおおおおおおう!?)


 混乱するおれを置いて扉を閉めていくグウェル大佐。そのおちゃめな笑顔、やめてもらっていいですかー!! なにがグッドラックだと脳内で叫ぶおれは見てしまった。


「あなたの方が階級は上だ。そんなかしこまった言い方、しなくてもいいだろう」


 ぼそっと()が漏らした声にグウェル大佐は何も言わずに部屋をでていく。

 前髪のおりた男の顔に陰りがみえているのは気の所為だろうか。

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