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第17話妖精のいたずら

「うあっ」

 ローブに飲み物をこぼし手近なハンカチーフで汚れを吸い取るスピネル。

 ――あいつがお貴族様、ねぇ……。

 とてもみえそうにない。

 たしかに顔はいいし品もいい。いいのだが、華やいだ社交界も上流階級のノブレス・オブリージュもこいつには当てはまらないような気がする。


  ほんとなんで軍人なのかとこの前に続けておれは考えを巡らせた。グウェル大佐にははぐらかされてしまったので、代わりに最近知り合った気の良いおばあさんに愚痴る。


 野外訓練の施設で知り合ったノエルさんは庭先の花を眺めながら水をやっている。訓練先の休憩中にまで仕事を言い渡されないようリオンのようにふらついていると、ばったり大荷物を抱えた彼女と遭遇したのだ。

 ロマンスグレーの巻き髪に、えくぼの似合うおばあさんはおれよりずっと身長は低くかわいらしい人だった。せっせと家事をしている様子などリスが動いているようであいらしい。


「あらまぁ。ダルクちゃんのお友達はそそっかしいのね」

「だ~か~ら、ともだちじゃないですって!」

「なかよしさんじゃない! うふふふ」

「どこが?」

 いやマジで。

 一瞬スピネルの元仲間の影が差したことに鬱屈(うっくつ)とした気分になったが、無理に払い除け、もらったアップルジュースをいただく。酸味と甘味もさることながら、自家製のカットりんごが入った食感がたまらない。


「でも贈る予定なんでしょう」

「だからあれは魔が差しただけですって」

「それでも贈り物でしょう? その上司さんだって嬉しいに決まってるわ」

 そうかあと脱力しきったおれだが諸悪の根源は数日前の自分自身だから、自分で悩みを作っちゃ世話ないと思う。ノエルさんがからかうのもうなずける、まさか上官に師走でもないのに置物のプレゼントとはね。


「それでイベントの準備はいつするのかしら?」


 ほがらかな今日の天気のように天然が入ったノエルさんにはおれたちがソウルメイトのように映っているらしい。たすけて。


「ダルク、いた! 早く戻るぞ、士官連中が視察だと!」

 呼びに来たリオンと共に戻る準備をする。ノエルさんにはドリンクのお礼をいい、軒先の階段から立ち上がった。


 ほかの部隊との合同演習だが、アルビオン班はそれぞれが個別にほかの部隊と合流することになった。おれはリオンとともに件の普通科と合流し、行動をともにすることとなった。

 偵察部隊とは違ってシゴキが体力勝負そのものな普通科は、とんでもなくきつかった。脳筋系パワータイプばっかり揃った隊と任務をこなす日々がもう二日も続いていた。これがあと五日もあるなんて思いたくなかった。


   ◇◇◇


 翌日もノエルさんに付き合い、軒先で井戸端会議だ。

 今日も今日とて彼女はおれとあいつとの思い出話をせがむ。雪合戦の話はしたし、出会ったときの殺し合いもしたな、あとは……そうだ記録室でのドッグファイトあたりを話すか。


「血まみれの大喧嘩……? おばさんそういうのはちょっと……」とノエルさんが大げさに引いていたので、ショッキングな部類に入ってだめなのかと、彼女の地雷を避けることとなった。

 だが喧嘩の話自体は平気なようで、単に血やまともな殺し合いが苦手なだけと分かった。婦女子の感性とは縁のないおれにとって彼女の意見は新鮮だった。


 気の迷いで注文してしまった贈り物は来週には届くそうだ。配達される品物の処分について気をもんでいるとノエルさんが尋ねてきた。


「そういえばその子のお名前は?」

「なんですか急に」

「だってつけるでしょ、メッセージカード」

「ひぃぃぃ。やめてください、こんなのだれかに聞かれたら憤死ものですよ!?」

「あらいいじゃない」


 なぜ贈り物の話題になってるかといえば、大荷物を抱えて苦労していたノエルさんと遭遇したのがその店の前だったから。彼女にお礼として渡された値引き券を無駄にするのもとおもいやけを起こしたおれが購入しようと店に向かえば、なんと彼女が融通をきかせてくれることに。じつはノエルさんは雑貨屋の店主であり、本来は従業員に任せるはずだった配達を自分でするしかなくなり手一杯になっていたのだ。


 プレゼントの発案者はノエルさんだが、注文を確定したあとでがくぜんとしたおれは言わずもがな。お店の経営はしたたかなノエルさんのおかげで安泰ではなかろうか。


 贈る相手が上官以外いないことを悲しむべきか。見た目だけは可愛らしいレニーにやることも考えたが露骨に機嫌を損ねかねないのでやめた。なんせ女性向けの商品しか置いてないので。


「『スピネル』っす。ほんと女の子みたいな名前ですよね、一体どんな由来があんのやら? お貴族様の考えることはわかんねーっす」

「え?」

「どうかしました? おーい、ノエルさん?」

 なにか引っかかりを飲み込むような様子だった。

 けれどすぐにノエルさんは気を取り戻した。


「ごめんなさい、ちょっと立ち眩みがしてね。貴族……、っていってたけど、そのこと黙っておいた方が良いかもしれないわね」

 言うかどうか迷ったような様子でノエルさんは言った。

「私、じつは元貴族なの。だからあの世界の大変さは嫌ってほど分かってるつもりよ」

「はあ。それより体調は気を付けてくださいね?」

「ふふ、ダルクちゃんはいい子ね。ありがとう、その親切さを彼にも分けてあげてね」

「実行できるかは承服しかねますけど……」

「大丈夫、ダルクちゃんならできるわ! その子だってたまには妬いちゃうと思うわよ?」

「うげぇ」

 あいつがそんなたまかと思いながらおばあさんと約束し、その日は訓練場に戻ることに。お店の玄関先に吊された、羽根のついた少女をもしたドアプレートはゆらゆらと気持ちよさそうに揺れていた。

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