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第16話上官の素行調査2

 参謀室をノックをすると入れと短い返答があった。

 どうやらスピネルはまだ仕事中らしい。


 声を合図に踏み込もうとするおれだったが途端に湧き上がった感情のせいで中に入るのを臆してしまう。戸惑っている自分自身に困惑するが、どうにも素直に体は動いてはくれないようだった。


 一分だか十分だか、時計すら気にできず迷っているとため息をつく音がした。音にびくついたおれはおそるおそると確認する。


 そんな来客を見かねてか、自然に扉が開いていく。

 扉を魔法で操作したらしい。当の本人は書類から顔をあげないまま作業に没頭している。

「開いてるだろ」、こぼすスピネルは普段と変わりない。

 こちらを向いたままツンとした声音で。

 スピネルは頬杖をつきなら空いている指で催促するように机を叩いていた


 ためらう間がもどかしい。


「どうした?」

 呆れるスピネルはおれの様子をいぶかむように声をかけた。

 苛立たしげなスピネルの様子に参謀室の入り口がやけに遠く思えても、やはり躊躇(ちゅうちょ)するばかり。


「罰はどうした、走りは」


 うろんな目つきの問いかけに拳を固めて一気に口に出した。

「おまえはいいのか?」

 ところが焦ったせいで思ってみないことを口走ってしまった。

 慌てて変なこと言ったと訂正する。

 しかしその後も口はもごもごと動くばかりでまともにしゃべれない。 


 なんでこんなに意識してしまうのか。

 頭を振って努めて冷静になる。


 眉間を揉んでから視線をスピネルに顔を向けた。

 スピネルは案の定眉根を寄せたがなにもいわない。


「――ごめん」

「その言葉はどういうつもりだ」


 唐突な謝罪への反応をそれもそうだと納得しながら、疑ってかかるスピネルの誤解をとくように、自分の気持ちを口に出しながら整理していく。


「おれは、おまえのことみえてなかった、かもしれない。なんだろな、自分や世間の常識に当てはめてお前の仕事ぶりや、あーっと、がんばりを評価してた……っぽい。だからさ――……」


 申し訳なくて縮こまるばかりの(おれ)の様子に(らち)が明かないと判断したのか、おれが立っていた隣の棚にスピネルは近づいた。本を取るついでにでかい図体が邪魔だと足蹴にされ、退くよう促される。


 それでもおれが引き返さないと本当に迷惑そうに眉をあげて嫌そうに語り始めた。

「私は毒殺されかかったことがある」

「は?」

 意味不明な自慢話にきょとんとした。

 だがスピネルもスピネルでそんなおれの様子には目もくれず、部屋に立ち込めるインクの匂いを感じながらペンを取る。無機質な万年筆を持つ指にはよくよくみればペンだこがあった。頭を悩ませながら資料に目を通すこの班の指揮官には苦労じみた色がうかがえる。それでもスピネルはリオンのように仕事を投げ出すことや、おれのように訓練から逃げ出すことはしていない。


 物々しい話題を平然とスピネルは言ってのけた。

 以前にコーヒーに毒を混ぜられて生死をさまよったこと、実行犯は黒幕と思しき存在にそそのかされていてたちがわるかったこと。まだ軍に入隊して日も浅く、その暴挙、その暗殺未遂、まさに「毒」としかいいようがない人の悪意にさらされて絶望に陥ったことを明かす。

 スピネル自身、軍隊がどういうものか知識で知っていても、心構えすらできていなかった。人の目に自分がどういう存在として映るのかを、ようやく自覚したという。

 対処を覚えたあとは口をつけるものには注意している旨を、以来、他人を介したものは極力含まないようにしていると語った。


 こいつはコーヒーを捨てたことを、弁明しているの、か?

 だとすれば悪いのはおれだ。

 なんの事情も考えず一方的に善意を押し付けた偽善者(おせっかい)野郎なのだから。


 唖然とした心を落ち着けておれは人づてに聞いたスピネルの像を、結ぶ焦点をただしく絞ろうとする。


「普通科の連中と走り込みしてる間に遭遇したんだ。やつら、お前のこと恐れてたぞ。怖いもの知らずの切り込み隊長だという男ですらお前の魔法は異質だって言ってた」

「だけじゃないだろう? ここにいる多く――いやどの人間だって私がどういうものか知れば、腫れ物は避けたいだろうさ」

(腫れ物だって?)

 そんなイジり方ではなかった。あれは本気で畏怖しているのだ。


 書類を片付けているスピネルに落ちる影、それは鎌を携えた死神そのものに見える。

 瞬きする間に消えたまぼろし、だが他人の目に映るスピネルという存在は、あまりに危険なものだった。近づけば諸刃の剣によって刃が返ってくるのだ。だれかの返り血ですむうちはいいが、もし首筋にその刃が音もなく突きつけられたら? あいつの機嫌次第で屍など積み放題、逃げ場などたかが知れている。それは、おなじ軍人たちですら。


「そういや戦ってるときだって妙に余裕だよな、お前」

 思いつきで語った言葉に書類を落として動揺するスピネル。

 こいつの性格なら――会った当初も気だるげだったが――効率重視でワンパンしていても、おかしくない。即死可能な攻撃手段を何手保有しているかは掴めないが、一つや二つはゆうにあるだろう。

「相手の隙をついてわざわざ油断を誘う必要なんてないだろうし、逆に敵で遊んでるにしてはへんに冷めてるしな? むしろ戦う気がない感じっていうか」

「それは、……できれば黙っていてほしい」

 スピネルは資料を脇に退けて手を組んだ。

「え?」

「わたしが手を抜いているなどとみられるわけにはいかないのだ。とくに()には」

 上層部に手抜かりがバレちゃまずい?

「べつにいいけどさ、でもなんでだ?」

「周囲を牽制するには、ほら、威厳が必要だろ?」

 冗談みたいに軽量化された本音を鼻で笑ってやると、嘘くさい笑みを浮かべていたスピネルも諦めたようだ。


 次には重たい口から漏れ出すように理由が提示された。


「しょせん箱庭から外には出られないからな」


 意味がわからないおれは頭を悩ませた。あまりにも抽象化していて答える気があるのかも判断がつかない。箱庭にあるのはおもちゃや小物だがそれが一体……。


「じゃあなんで手抜きなんかしてんだ?」

「その言い方には語弊がある、たしかに私の意志でやっていることだが、相手の力量不足が原因ではない。これでも敬意を払っているつもりだ」

 歯向かう敵に敬意とはこれまたおかしな話だ。たしかに戦場では自分の命をチップに賭けをしているから、相手も同じ命をベットしていることに変わりはない。生命の尊さを謳う団体組織は多かれ、まさか軍人からそんな話がでてくるなんて思うか、普通。

「にんげんはあまりに脆弱だ。痛みにだって弱い、恐怖にだって弱い。迫りくる苦しみに幾度も飲まれていくのは――あわれ(・・・)だと、そう思わないか」


 言うに事欠いて殺戮(さつりく)してきた死神が。


「かわいそう? それ本気で言ってるのか」

「どうだかな。戯言か世迷い言か、はたまた私の妄言、かもしれんな」

 だがそこからはスピネルの心が透けてみえるような響きがした。

 仮に正解だとしてもスピネルの攻撃はいつだってオーバーキルな威力の魔法、で、……え、威力(・・)だって?

「まさか見た目ほどのダメージがない? ああ、そうだ……フォルトゥナの時だって!」

 一文字に引かれた線、出血のわりに絶命はしなかった、降りしきる雪の中。

 部屋に広がる沈黙、おれの独り言には苦笑して答えないスピネルは、手慰みにか花瓶の花を抜いて弄んでいる。


 雪といえばあのあとだって。

 スピネルにつきあわされた雪合戦、後半であいつは氷柱を飛ばしてきやがった。腹に突き刺さるのを覚悟して反撃するとなんてことはない幻覚だった。腹が立つほどむかついた策だったからよく覚えている。

 印象を操作ができるならまぼろしの像を他人の網膜で結ばせてもふしぎはない。

 あるものをないように、ないものをあるように。それこそ【魔の領域】そのもの。


 魔法を乗せ、自由自在に命の有無という天秤を傾ける、軍師。

 壊すことなど造作もないはずの男は、偽りの威力で、その実、計り知れない絶望を緩和しようと、人を――。


「おまえほんとは、ころしたくないのか」


 ――救っているなんて、とんでもない幻想ではないか。



 スピネルは儚いまでの笑みを浮かべて、裏腹な本心は明かさずに、手元の花を戻すだけだった。


   ◇◇◇


 退役兵の一人がこんなことを語っていた。

「あの軍師様に()られた人間の顔を見たことがあるか」、と。

 その男がいうには、それはそれはきれいに表情がなくなっていたらしい。まるで感情ごと魂を抜き取ったみたいに。


「ああ、まだ知ってるやつがいたか」

 スピネルはこともないように答えた。

「一時は軍の七不思議として広まってしまったからな。以来死体は残さないようにしている」

 道理でおれがみたときは派手に消し飛ばしていたわけだ。


 最強の魔法使いは人々に恐怖を与えない最期(おわり)を与えていた。衝撃的な秘密にはこいつの生来の性格が垣間見える気がした。苦痛のない顔は言い換えれば安らかな死に顔といえなくない。


 だがそんな意図せず共有してしまった秘密による責任感よりも、湧き上がる感動におれの心は支配されていた。

 だからか、臆面もなく告げられた言葉は。



「――かみさまみたいだな」というものだった。



 男は目を瞬かせるだけで反応がない。

 気づいていない様子のスピネルに繰り返す。


「手抜きでもなんでもない。お前の施してる魔法は奇跡だ」

「人殺しの呪詛がか」

 まだ懐疑的な魔法使いに説明してやるつもりで言った。

「皮肉だよな。踏み越えてきた屍に救いをもたらしていた魔法使いが死神なんて」

「そのままだろうが」

 それでも面白くもなさそうに鼻で嘲って。

「たしかに蘇生ができない魔法はある意味不完全だ。でもそんな未熟な人間が、死の絶望から人を少しでも救ってやろうとしてるのは

「――やめろ!! 私のは、ちがう。……そんな美しいものではない」

 机の本を腕で払い除けて、男は震えている。


 理想を口にするのは簡単だ。でも実行するのはどれだけ大変だろう。

 敵対者相手に神経をすり減らしても返ってくるものなんてないのに。

 それゆえ綺麗なのだ。きれいだと、おもってしまった。

 死神という蔑称がふさわしいほどに、彼は。


 おれは落ちた本を拾いながら伝えた。

「もちろん黙ってるさ」

 おまえの攻撃がとんでもない迫力を思わせるほどの威力を兼ね備えていないってことは。

 だってもしかしたらそれは、人を傷つけたくないスピネルの心の裏返しかもしれないなんて、一体だれに言えるだろうか。


   ◇◇◇


「そういえばあの鳥も魔法なのか? 落雷の時のやつ」

 おれをも驚かせたこいつの異質さはどこからくるのか。……天然だからってか、まさか!

「ああ。造形にまでこると余計な魔力は消費するがな」

 演出にまでこだわっていたとは。「魔力を浪費すんな」とは真実を聞いたあとではいえない。

 そういう意味ではこいつはたしかに役者かもしれない。あそこまでふんぞりけってる必要はあるのかなぞだが。あきらかに余計な仮想敵を作ってる気もしなくない。

「生き物は素敵だろ。おんなこどももかわいいのがすきだというからな」

 そう言い切ったスピネルには悪いが――よけいな手間がまさか窮地から逃げ出せないほどの閉塞感を与えているとは、まあ黙っておこう。


 おれは続けた。

「どうせなら必殺技とか考えてさ、相手がこれは勝てないって逃げ出すようにしたらいいんじゃないか!?」

「ひっさ……? え怖。それはつまり必ず殺すと脅すようなものでは……?」

 既定路線で行くことを提案してみたが引かれてしまった。

 なんでだよ、必殺技は男のロマンだろ!!

「おまえは案外性格が悪いんだな、あっはっは」

「いやおまえにゃ言われたかねえわ」

 涙まじりの上官のせいで調子が狂う。こんなつもりではなかったのに、こいつにも人なみの湿度があると知って、なんだかわけもなく安心してしまった。


 その後もいくつか路線変更を提案してみせたが立案するたびにスピネルはのけぞったり青ざめたりとビビり散らかしている。しまいにはおれの方をみて「じつに軍師向きだな?」と邪悪さを茶化された。


 うるせいやい、全部ブラックジョークだっつーの!

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