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第14話事後報告

 ベスビアス国軍第三司令室では物々しい雰囲気で書類のやり取りがなされている。聞き取り調査を終えたあとに上がってきた報告には極秘の判が押され、わたしのもとでの保管が決まっている。


「これが報告書です」

「ご苦労。下がって良いぞ」

「は!」


 我が国の防衛上要と言われるスピネル参謀長が巻き込まれた、件の事故(・・)。幸い本人と巻き込まれた一等兵も無事であったが、これがもし予定調和で済まなかった場合は……。

 窓の外でふりしきる雨がグウェル・ラーゼフォン大佐の片頭痛を隠していた。


「そもそも不自然だったのだ。具体的な地名も明かされず敢行された任務などと、ありえん」


   ◇◇◇


 繋いだ手と手の温かさに寝ぼけているといつの間にか、馴染んだ天上を目にする。そうだ、ここは多分、医務室。


「よかった、戻ってこれたのかー……」と安堵するオレの耳に飛び込んでくるのは通路を慌ただしく入ってくる足音。直後けたたましい声がおれの脳天を揺らした。


「ア、アンタ生きてたのか!? よかった、あと何日参謀長の不機嫌に付き合わなきゃいけないかと……もー心配したんだからな!」


 軍医であるレニーに感謝を告げた。

 話をきくとどうやら美少女顔の彼がおれの面倒をみていてくれたらしい。その間、何度もスピネルが顔を出していたとかで、傷病者以外基本は立ち入り禁止だが相手が上官であり無碍にもできなかったとのこと。


「あいつが? なんの用だろ」

 頻繁に出入りするぐらいだから喫緊の要件だろう。

 まさかあのサバイバルが休暇に、……なんてこと、ないだろうな。おれは冷や汗をかいた。

「ふたりが無事に帰還してほんとーに良かったよ。……ごめんな」

「なんで?」

「え、だってぼくたちがふざけてたせいで一緒に転移陣に入ってトラブルが起きたんだろ? もともとあの陣にガタがきてたっていう話だけどさ」

 なるほど、スピネルは事故の経緯はそう片付けたのか。真実を語らないのはまずい気がするが、さすがに「内通者がいました」なんて堂々と返せないよな。どうする気だろ、あいつ。


 ところで、とおれはレニーに質問をした。

 つながりで気になっていたことがあるのだ。

「ふたりが消えたあと? それがさ、緊急事態だったはずなのにその案件もなくなっちゃったんだよ! ほら、はぐれた部隊と村民とを救出しろ、ってやつ。なんでも土砂災害の被害が誤報だったとかで。えーって、思うよな。だってさ、災害情報が誤報ってありえるか?」

 お見舞いのりんごを豪快にかじるレニーに習っておれもりんごに手を取る。といってもおれは自前の短剣を使ってくるくると皮は剥いたが。

「お~~さすが器用貧乏! な、な、ぼくのも剥いてよ!」

「いいぞ」

 身を乗り出したレニーの分もむいてやり、おまけにうさぎちゃんを作ってやると、さすがに顔をしかめた。

「おまえまでぼくのことそういう目でみてんの?」

「たんに喜ぶかなって」

 レニーはああそうと頬を膨らませていたがおいしいりんごを前に機嫌は下がらなかった。

「ところでこれは?」

「ほっへのほへへうほおが」


 聞き取れない言語を口の中をもごもごさせながら話したレニー。聞き返そうとしたおれの前で彼が指さした扉の方をみれば、遠慮がちに黙っている参謀長殿がいた。

「おまっなんでそんなとこに……」

「レニーに言われたのだ。立ち位置を変えるなら出て行けと」

 おいおい、しっかり退去勧告、出してるじゃねえか。レニーに突っ込むのもばからしくなり、スピネルを招き寄せた。

 ともすれば女々しく近寄ってきたスピネル。もじもじと指先をいじってはなにかを言い出そうとためらっている。

 おれは手を出した。

「ん!」

「急になんだ?」

「んん!!」

「だからそれは?」

「ハイタッチだよ、おら手ぇだせ。っよっと、おつかれ!!」

 頬をおもいきりあげて、やつのだした手と合わせると乾いた音が室内に響いた。レニーのやつは病室で大きな音はやめろとうるさいが、大声はいいのかよと思った。


 へへっ、鼻先をこすりながらスピネルとともに帰還の無事を祝う。

「よかったろ、おれがいて」

「……あ、ああ。一人では野垂れ死にしていただろう」

「おおこっわ。最強の軍師様が辺鄙な島で孤独死とか笑えねーな!」

 ことさら笑いの種にしてやるとスピネルはふっと脱力しながら笑った。その手がおれの手を握っている。

「お前のおかげだ」

 そういって、スピネルはベッドに半身だけ起きているおれの横で片膝をついた。

 その光景はどうやらおれがかつて宣言した通りに。


「おまえはよほどのおおばかものらしい。まさかこの私を救うなんてな」


 握手が解かれると手の中には鉱石が残されていた。

「これって……転移結晶か?」

「褒美も兼ねてひとつ持っておけ。私の副官なら、もしものこともあるしな」

  

 レニーの「一体なにがあったの!?」という目と頬の動きがうるさいから無視してスピネルをみた。


「南部タッカート村のダルク。貴様を参謀室の仲間として歓迎しよう」

 おいおいまいったな。そこも覚えられているのかよ。

 というわけで小芝居に乗っかってみた。

「了解。これからも貴殿を支えることを誓います」

 ふは、と気の抜けた声が漏れる。声の主はもちろんスピネルだ。

「その言い回しでは人生の伴侶みたいではないか」

 くすくすと品の良い笑い声になぜか耳が熱を帯びる。いいようもない達成感と高揚感を胸にして、おれは疑問を口にした。


「ところでこれ、どこで手に入れたんですか? けっこうしますよね結晶なんて」

「無償だ」

「は?」

 もしやスピネルなりのジョークか? こいつも珍しいことを……、と感慨深いおれの想像はいい意味で裏切られた。

「純粋なクリスタルだろ。じつはお前が倒れたあとこっそり鉱床をみつけてな。拾ってきたんだ」

 それって無人島で? つーか、鬼教官との雪合戦で倒れたあとだろ、絶対。おれの体はどうしていたのだ? え、まさか放置?


 すらっと伸びる指がポケットをまさぐって色違いのクリスタルが出現する。転移とは違う効果が含まれているらしきそれをスピネルはみせるだけみせて隠した。

 こいつほんとポケットに収納するの好きなー!? そのポケットどうなってんだよ。


「秘密だ」

 スピネルは口元に綺麗な指を添えて言った。


 くそ、無駄にイケメンが茶目っ気なんて発揮すんなよ。そんな気ないのに変な吊り橋効果でこっちの心臓が恐ろしいわ。

 セクシーな仕草にレニーまで目を回して「これってどういうこと? ちょっとふたり、まさか隠れてヤ……」という続きを叫ばせないでおれが食い止める。羽交い締めにされたレニーはおれの腕をつねるがその先は絶対に言わせねーよ!!


「お前だけお土産とかずりーわ! おれだって持ち帰れるもんなら持ってきたぞ!」

「あの島で?」

「おうあそこのうまい果実とか珍しい獣の毛皮、めったにみない鱗とかな!」

 レニーの低学年かよという視線が突き刺さる。

 だってあいつは持ち帰ってるじゃんか!


「私は研究利用するために、だ。妙なコレクションのためではない」

 そういうスピネルだがお宝を目にした時のように浮き足立っているのを見逃さない。

「おまえ喜んでんじゃん!」

「そう見えるのか?」

 不意打ちで弾丸を食らったような顔は、言外に意外だとスピネルが言っているようだった。


「さすがは私の副官だな、くっくっ」

 なにが受けたのかさっぱりわからないおれとレニーは頭を突き合わせてうなっていた。



 さて、置いてけぼりにされたおれだが、この話にはまだ続きがある。



「貴殿を正式にスピネル参謀長付きの副官とすることが決定した」

「はぇ?」

 秘書を連れてやってきたグウェル大佐が二重表現のような通達を参謀室によこしたからだ。

「どういうことですか、ダルクは――」

「なにダルク一等兵が実績を作ってくれたおかげで参謀長の下に付けやすくなっただけですよ。これで外野もとやかく言えないでしょう」

 スピネルはグウェル大佐に片眉をあげて不服そうに言った。

「まさか今までは正式採用ではなくただの預かりだったとでも?」

「どうですかな。最近ここは人手不足でしたから。はてさて」

 頭痛が痛いという表現を思わず使いたくなる内容に頭を抱えた。

 ほんとうの策士はこの人かもしれない。


 グウェル大佐に嵌められたことで晴れておれはスピネル付きの役職となったのだった。



   ◇◇◇


「マルティネス大臣、これが経過だそうです」

「くそ、グウェルめ……。あいつに副官だとぉ? せっかく送った手駒も応答がないし踏んだり蹴ったりではないか!」


 激しく机を叩いても、やり場のない怒りは溜まる一方であった。


 わしは雨雲の切れた外をみつめるながら苛立つ報告を受けていた。虹のかかる空に感動する齢でもない。子どもはいいよな、雨が降れば泥遊び、雪が降れば雪合戦、のんきなものだ。しかし大人には大人の愉しみってもんがある。


「ふふふ。市場方面の首尾はどうだ。それからあの国の連中はなんと?」

「順当に用意できるかと。あちらは言い値で買い取るそうです」

「ほおほお、さすがは大陸一と呼ばれるだけはある」

 ああ、わしも早くかの国の椅子につきたいものだ。こんな貧乏くさい軍部など捨てて。

「おっと、忘れておった。記録は処分、処分っと、な」

 魔法で操作し、連絡手段に残された袖の下の交渉をわしはすべて抹消した。


「死神なんぞに一杯食わされてたまるものか。わしの計画はまだまだ……」


 自分が笑っている自覚はある。

 悦に浸ったまま、ペンを走らせ部下に突っ返す。

 受け取った奴隷市場参入への書類にゴーサインをだして。

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