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第12話ピンチをチャンスに2

 スピネルが倒れていた場所まで戻った頃にはびちゃびちゃの手があるだけだった。指から滴る赤い水は心もとない量しか残っていない。

 諦めて、仕方なく着衣で拭おうとした時だった。


 思色(おもいいろ)をした瞳がぱちりと開いた。


「……れ、ごほっ」

「おい大丈夫、……っ!」


 慌ててスピネルの様子を確認しようとした手、その指先から落ちた雫が、スピネルの口に入った。のどをならす音がして、口を潤したスピネルがもっと、と声を出す。その声はかすれてはいるがさっきよりはっきりとしていた。


「えっ、待ぁっ――!?」

 

 すっと伸びてきた白魚のような手が、おれの腕を止める。

 手に残っていた残滓を絡め取るように舌ですくう色男。

 婀娜っぽい仕草におれは動悸が収まらない。


 な、なんかいけないことしてる気がする。

 ぴちゃぴちゃと舌先でつつく音をしのぶこと一分弱。


「はあ、生き返る……」


 スピネルの緋色の瞳は生き生きとし、独特な黒髪も艶がよくなっていた。

 体調が戻ったのか?

 不思議に思っていると逆にスピネルは言った。


「よくこんな場所で魔力が手に入ったな」

「魔力だって?」


 おかしなことをいうスピネルを二度見する。

 思ってもみないことを言われて唖然とするおれを見上げ、スピネルは告げた。


「む? 気づいてないのか? あれは純然たる魔力だ」

「あの赤い液体がか!?」

「そうか、お前の血ではなかったか……」


 最悪なビジョンだな、それ!

 でもまあ、おれだってあの赤みは血液にしかみえなかったし人のことはいえまい。

 胸を撫で下ろすスピネルに同情した。なにせ正体不明の水のままだから。


 倒れたまま動けなかったはずのスピネルが四肢を起こそうとしている。


「起きて平気なのか?」

「地上よりはましだ。魔力のおかげか休んだら調子も戻ってきた。もしかしたら地下(ここ)は障壁の影響が少ないのかもしれない」


 ぐっと腹に力をいれているのでおれも手伝って起こしてやる。


「あの魔力が奪われる、っていうやつか」

「この島には、なにかがあるのか、はたまたなにかがないのか、どっちが原因かはわからないがな」


 おれたちは地上へのルートを探索しつつ、さっきみた石碑の場所にスピネルを案内してやった。


 滴る水をみたスピネルは案の定引いていた。


「こんなおぞましいものを私に飲ませたのか……」


 絶句するおまえには悪いが、それを無我夢中ですくっていたのはおまえのほうだぞ。

 目を皿のようにしてスピネルをみていたら男はため息をついてから石碑を調べだした。

 そうそう何事も切り替えと諦めが肝心だ。


「どうやら古き時代のものらし……うん? ――まさか」


 ペタペタと触っていたスピネルがふと拳に魔力をこめた。


「火がつい……あれ!?」


 おれにもみえる程度に魔法は現れたがすぐに石碑の方にむかって消えてしまった。まるで風に吹かれて消えたようだった。


「あるのが正解だったか」

 スピネルは苦々しく言ってから答え合わせを始めた。


「どうやらこの奥ではなにか(・・・)が封印されているようだ。そのせいでここでは魔力が使えないらしい。魔法ごと通さない性質となると、障壁の正体は結界で決まりだ」


 そうスピネルは結論づけた。


「おそらく地表にはここへ魔力を導く役目も兼ねて石碑もしくはそれに準じるものがあるのだろう」

「つまり?」

 ゴールがいまいちみえないおれは結論を急がせた。

「それさえ破壊できれば魔法は使えるとみていい」

「おお、脱出可能なのか!! よっしゃあ!」


 サバイバル生活の出口がみえたことに喜びを隠せない。

 が、そこではたと気づいてしまった。


「ん? ならそのばかでかい石碑を壊せばいいんじゃ。集約してるのはその石碑なんだろ?」と当たり前の疑問を口にした。


「お前ならそんな力があるのか? 道具もないのに」

「あ」

 まずった、なんの対策もない。

「私が一時でも魔法を使えれば全破壊せずとも転移は可能だろう。ならば一部だけを破壊した方がずっと建設的だ」

「た、たしかに……」とぐうの音もでない。

「しかも問題は地上に出ることもそうだが、出たあとでどうするかだ」

「あ、あー。また寒さにやられるかもな」

「違う! 魔力欠乏状態になったら私は動けないぞ」

 なんて抜けているやつだといわんばかりの仕草に腹を立てたおれは言い返す。

「おおっと……とんでもない足手まといを抱えてたわ」

「く、また私を足手まといなどと。お前の頭はどうなっているのだ!!」


 閉じ込められているせいで閉塞感が漂う。かわいげのないこいつといるせいもあって早くここから出たいという欲求に駆られた。


「魔力があれば魔法使いってなんでもできるのか?」

 おれは素朴な疑問をぶつけてみた。

「万能ではないが、本人の気質によってはいかようにもなる」

「あいまいだなあ」

「たとえばさっきのように炎を出現させるのにも苦労するものがいれば容易く扱えるものもいる。そういうことだ」

 スピネルは難なく獣まで出現させられるくらいだもんな。

「要はセンスってことか」


 ふんふんとおれはうなる。

 いいことを聞いた。これならいけそうだ。


「さっきは魔法、使えてたよな?」

「魔法といっていいかは問題だがな」

「ならさ、こっから手近な範囲を吹き飛ばせばいいんじゃね?」

 スピネルのやつは振り返ってじっくりおれを二度見する。

 そんな馬鹿げたこといったつもりはないんだがな。


「私まで生き埋めになれと? 第一魔力が足りな……、お前まさか!? またこれを飲めというのか!」

「ああ。そう言ってるよ」

「断る」

 こんな怪しげなもの二度と飲むかという頑なな拒絶をみせられる。

 だがおれは想定内だった。


「だめかあ、でもいいと思うんだけど。ようは地面を除いて地表にあるであろう石碑みたいなオブジェクトごと破壊しつくせば、結界の穴ができて魔法が使える有効範囲になると思ったのに」

「……ちっ」

 おれの一見めちゃくちゃだがまともな案を聞いてこいつは舌打ちをしやがった。筋が通っているせいで赤い液体を飲む合理性が出てきたことに苛立っているのだろう。

「好き嫌いはいけないだろ」

「黙れ」

「ほらぼく、はいー、のみましょうねー?」

 青筋が浮かぶ眼の前の額をことさら茶化してやる。

「ふ、ふ、ふ……」

「あえあ?」

 スピネルは肩を怒らせて震えていたかと思えば――


「ふざけるなああああ!!」

 ――魔力を全開にしたのだった。


 全力を出したスピネルは凄まじかった。

 頭上からはごうんとかぼっこんとかとんでもない破壊音がしている。どんな魔法を使ったのか、つんざくような風切り音や、戦場でしていた雷鳴の轟く衝撃が体中を突き抜けた。それでも氷の天上は無事なのだから大したものだ。

 意志の力ってすごいな、とおれは改めて思った。

 

 ひとつ違和感があったのは、ぴきり、めりめり、とスピネルの方からなにかが剥がれる音がしたことだけだ。


 二度と飲まないという態度のとおり、破壊の限りを尽くしたスピネルは、疲弊はしていてもあの赤い水を含むことはなかった。

 だが後ろ髪は引かれるのか、石碑の前に座り込んで何かをしていたのは確認している。


   ◇◇◇


 癇癪がすんだスピネルに意気揚々と近づき首尾を尋ねる。


「どう?」 

「どうやら転移するには足りなかったらしい」

 残念そうにスピネルは唇をかみしめてそう言った。



 足元がおぼつかない感覚を初めて味わう。クレバスを抜けて高く浮いていく体、足元はとっくにみえない。


「だめじゃん」

「文句を言うならここから落とすぞ」とスピネルはこちらを威嚇する。

「すいませんでした参謀長殿、あなたは素敵な御仁です」

「また減らず口を……」

 冗談ではない! 命を握られているともいえるべき状況で減らず口など叩けるものか!


 スピネルのおかげで浮遊していた体が再び雪山のうえに降ろされた。飛行ではなくゆっくり抱えて上がったところからみるも、魔力は十分ではないらしい。

「おや、なかよしさんだ」

「「あ゛ぁ゛?」」

 揃って反射的に睨みつけるも、相手はひょうひょうとした態度だ。

 フードを被った何者か、が着地したおれたちを眺めている。手を叩いて迎えられるが、歓迎、というには物騒なタイミングだった。



 上への活路を見出したおれたちにかかった声。

 待っていたのは、敵か、味方か――なんて悩む必要はないだろう。


「あんたの仕業だな?」

「なんのことですか」

 とぼけるとはとんだピエロだ。

 おれたちを深い穴に落としたのは間違いなくやっこさんだろう。手を開閉して無実ですといいたげなアピールをする相手のわざとらしい態度に、おれは答えてやった。

「どうせ見張ってたんだろ」

「ほんとうにしぶといですねあなた達(・・・・)。そうですよ? ずっと視てました」

 再び相手は拍手をする。

「いやあ、まさか魔の領域でサバイバル生活をする人間がいるなんて!! 無人島でよく四日も生きられましたね、まったく握りつぶしたい生命力です! はい、というわけで……」


 姿勢を整え、なぞの相手は軍人らしい敬礼ポーズで挨拶をとってきた。

「ごきげんよう、スピネル参謀長。素敵な部下が就いて(くっついて)てよかったですね?」 

 スピネルの顔面に亀裂が走った。

(まさか知り合いなのか?)


「なぁおい、どういうつもりで現れたんだ!」

付属品(おまけ)は黙ってなさい!」

 男は低い声でおれを威圧した。

 再びスピネルに向き合うとこちらに近づいてくる。


 つぶやくように、スピネルは人名を口に乗せた。

「……フォルトゥナ、パラケルスス……?」


「おや、薄情なあなたでも覚えていてくれましたか」

 目と鼻の先に顔を近づけると、ゆっくりと顔を隠していたフードをおろしていく。

 青紫の巻き毛に、海の底のような青い瞳、役者気取りな仕草も相まって顔はずいぶん華やかにみえる、スピネルよりもわずかに高い身長の男は。


 ――あの軍師様を絶句させていた。


「……っ!」

「さっきの凄まじかったですね。さすがは深紅の死神だ。てっきりとち狂って暴走したのかと思いましたがね、残念です」

 やれやれとポーズをとったフォルトゥナだが、やつは手袋をくわえて脱ぎ捨てる。器用な仕草がいちいちキザったらしくてしょうがない。

 関係性をはかりかねるおれは動けないスピネルの動向を注目した。


「ここは瘴気が充満している、世界的にみても稀有な島ですよ、――最強の魔法使いを殺すのにもってこいの墓場としてね」


 わなわなと唇を震えさせるばかりの深紅の魔法使いを置き去りに、敵は饒舌に宣戦布告した。


「死んでいてくださればわたしも手をくださずに済みましたの、――にッ!!」

 言葉を置き去りに実行に移された。フォルトゥナは手に魔法をまとってまっすぐにスピネルの首めがけて手刀を振り下ろしてきた。

 にじりよる刃。首の皮一枚、といったところでおれが手製のナイフで迎撃する。

 払われた手をいまいましそうに舌打ちするフォルトゥナをながめる。

 スピネルの首からは出血していた。

 とはいえ浅い傷らしく、手で拭うとすぐに止んだ。

「しっかりしろ! あいつがだれだって関係ない! 今はこいつを……」

 固まったままのスピネルを気にしていたばかりに使われたつむじ風に巻き込まれる。

「ガハッ!」

 樹に叩きつけられて衝撃で肺腑が驚く。

 風がやむと吹き飛ばされた位置からスピネルまでは距離がある。

 やみくもに起き上がると一心不乱に無防備なあいつのもとへと走った。

 無茶な態勢で起きたせいか、再び足がよろける。ひねったような違和感を覚えるも、膨れ上がる傷みをたえるひまもない。

 そう、精一杯援護に集中していたの、に。


 それでも聴こえてしまった。


「なかま、だ……」

 血の気が失せた顔をしている。その意味を転がし続けてから脳内でじっくり溶かした。理解したときには棒立ちのスピネルに追撃が迫っていた。


 焚き火の音と、木が爆ぜた画が浮かんだ。

 そうだ、寝落ちする前に聞いた名前だ。

 スピネルの後悔は、幻影でもなんでもなく、夢魔のように出現したのだった。


『ほら、私は人間として半端者だろう?』

 あの時きいた物悲しげな独白は耳に残ったままだ。


「スピネルゥ――ッッッ!!」


 おれは足を取られながら必死に名を呼んだ。


 顔をさらした敵は、参謀室の元同僚であり、遺恨のある相手。フォルトゥナはスピネルめがけて渾身の一撃を放った。手刀なんてなまぬるい選択ではなく、横一線に払った指。見覚えがある、あれはたしか、現場を指揮していた士官を。刻一刻と魔法の影響が現れはじめた世界で、ゆっくりとスピネルの頬や襟に線が走るのを見届ける。


 首筋に斜線が走ったのを、おれは絶望的な気持ちでみつめていた。

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