第10話探索活動開始3
調査結果、ここはやはり異常な島だということが判明した。
「この印はやはり……」
スピネルは意味深なつぶやきを発したまま押し黙る。
「やっぱり転移陣の異常っておれたちふたりが同時に入ったせいで起きたのか?」
「いや違う。これは人為的に変更が加えられている。誰かが、意図的に、引き起こした、事象だ」
それもそのはず、おれたちが見ていたのはこの島へと飛ばされることとなった転移陣で、その陣には人手が加えられていた。
飛ばされて来たときにはスルーしたが、今とはなっては無視できない問題を抱えていた。
再確認するおれたちを絶句させた、転移陣の異常は、書き換えられた形跡が残ることだ。
ふたりまとめてのせいかと思ったがどうやら違うらしい。指定されていた陣に残っている残照からは飛ばされるべくして飛ばされて来たと、スピネルは話す。
「まずい事態になった……、さらなる調査が必要だ」
陣をみつめるスピネルの顔は険しかった。
◇◇◇
辺りを調べつつ、おれたちは密林エリアから抜けるべく、上流を目指すことにした。
「まずここがどういう場所か知らねばならん。その後当初の目的地か本部なり基地なりへ帰る方法を模索するぞ」
ジャンルめいた森の中を進みながらおれは尋ねた。スピネルはうっとうしい前髪を払って後ろをついてくる。
「なあ、そもそもなんでその誰かはおれたちをこんなとこへよこしたんだ?」
「狙いなんて見え透いているだろ。わからないか、どうして私達がこんな苦労をせねばならないのか」
「まさか狙いって……」
「そうだ」
眼の前には深紅の魔法使い。
眼下には魔法が使えない不便な土地。
魔法使いを封じるにはうってつけの処刑場だ。
「どうやら敵はよほど私を殺したいらしいな」
皮肉そうに笑ったスピネルを、おれは笑えなかった。
◇◇◇
「種々の生物が奇っ怪な進化を遂げている孤島。隔離された島の中を大型生物が跋扈していることから我が国でないことはたしかだ。ここは敵地で間違いないだろう」
トカゲから逃げる前に話していた話か。
楽観的に敵地なわけはないと否定していたが、これだけ証拠を挙げられると否定するほうが難しい。
おれはスピネルに賛同し、隠密行動を心がけることにした。
「聞いたことがある」
スピネルは説明するように続けた。
「どこの国にも属さない島がある。そこは世界から見捨てられた島で、いまも発展し続ける文明の中、抗うように他生物が進化を遂げているらしい。そこでは奇跡は望めず、濃厚な瘴気が吹き出すことから、【魔の領域】と呼ばれていると」
「瘴気って――まさか、あの山か!?」
「おそらく。本の挿絵では活火山だったがな」
「吹き出すっていうか、あれ降ってんじゃん!!」
きらめく白銀。吐息も白くなるそこは雪と氷の世界だった。
「魔の領域、そう呼ばれているのがおそらくこの島だ」
「おーい待て待て。じゃあなんだ、整理するとおれはアクシデントに巻き込まれただけで、狙いはおまえ?」
「そうだと言ってるだろ」
まさかの立地と事情におれは頭を抱えた。
魔法がなければ転移も不可能。転移結晶という便利なクリスタルもない今、帰る手段は転移陣のみ。その望みの綱は、書き換えられていて、なおかつ。
「帰還は望み薄だな、これは一方通行の陣だ」
「送られたら自力じゃ帰れないってこと!? どーすんだよ!」
こいつもろともは死にたくはないっ!
いやだぞ、男ふたり寂しく絶海の孤島で運命をともにするとか、どんなホラーだ!
「おまえはなんでそう冷静なんだ! ……うっ寒い」
「気づかないか、おれたちを確認している目を」
「視線……? んなの分かるわけないだろー」
「たしかにある。そこかしこに人がいた形跡が残されている。たとえば磯の裏、あそこにはこんなものがあったぞ」
ローブのポケットから手を出して渡してきた道具には見覚えが合った。偵察部隊としていやというほど見てきたそれは、盗聴器だ。
「なんでこんなものが」
絶句するおれに盗聴器を渡したまま、スピネルは密林を振り返った。大きな葉の茎を手折ると、残っていた雫をすすっている。のどのかわきを潤したスピネルは力強く言った。
「見張っているからさ。大方なかなか死なないからやきもきしているんだろう。こちらの動向を奴はうかがっている」
ごくりと喉をならしたのはおれだ。
対してスピネルは泰然自若としている。
「必ず現れる」
――敵は私が死ぬのをその目でみたくてたまらないようだ。
「帰還、は、無謀なんじゃ……」
「そんなことはない。何者かがいた痕跡、そいつはわれわれを殺すつもりである。では見張っているそのものはどうやって報告するつもりだ? 送り込んだ相手もろとも処分するつもりでも、報告の一つは聞きたいだろう?」
「応援……いや、ほんの一時でも魔法が使える可能性がある?」
「かもしれない。ま、憶測だがな」
おれは遠い目をするスピネルをみつめた。
「でもわざわざそこまでするのか?」
疑問が腑に落ちない。そんな回りくどいことしなくたって戦場でいくらだって、と思うからだ。
そのとき、ふっ、とスピネルは力の抜けた笑みを浮かべた。
肩肘張るでもなくあいつは言い放った。
ローブを威勢よくめくりながら、優雅に胸元を差して。
「私を誰だと思っている。これでもベスビアス国の死神、『スピネル・ラーゼフォン』だぞ。それこそ屍の群れができるほど私は人を殺められる」
自信満々なスピネルをみてこのサバイバル生活で忘れていた事実を思い出した。
忘れようとしても忘れられなかった衝撃的な夜の出会いを。
「行くぞダルク、敵の足跡はあの雪山に続いているようだ」