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第1話いつかの夜戦

 明日死ぬのは仲間のだれかかもしれない。逆に今刺した相手が自分であっても不思議はない。

 戦場とはそういう場所だ。



 おれはそんな戦場をひた走っている。


 ――ヒュン、パッ、……ババババ!

 派手な魔法の乱れ打ちだった。そこかしこで詠唱が悲鳴にかわり爆撃された亡骸が沈黙していた。

 おれも胸を真紅に染めた敵兵を足元に、眼前で繰り広げられる射撃戦を塹壕内でやり過ごしていた。


「いたぞ、あいつだ!」

(――まずい!)

 相手国の軍人が敵陣からの逃亡に苦心するおれを見逃すはずもなく、仲間を呼び集めながらこちらに向かってきた。


「はあ、……ぁはあっ」

 呼吸が乱れるほど走ったかいあって体を横穴に滑り込ませることには成功した。そのまま死角に潜り込んで隠れる。

 おれを探す軍人たちは三、四人といったところか。

 姿が見えないのを確認すると足元で映していた鏡を回収した。道をそれるべく分岐路でルートを変更する。


 とにかく息を切らせて走った。重い足どりと味方とはぐれた心細さを縫うように、一心不乱に。


   ◇◇◇


 特異性を買われて入隊したベスビアス軍、偵察部隊に所属するおれは、これまで二度の戦場を経験している。

 だが、知人の熱心な口説き文句での勧誘を後悔したのは、本当の意味では初めてかもしれなかった。


 敵陣深部まで潜り込めたのは上場だが、命がけの戦い、しかも、頼れる味方はゼロ。孤軍奮闘を身にしみて痛感している。


 幸い、ベスビアス国では珍しく魔力がないことで、気配による魔力探知には引っかからなかった。このバレにくい体質のおかげで助かっているが、この特異性はみつかれば圧倒的に不利になるものでもあった。

 利点を活かして敵地をやり過ごしていたが、一度でも発見されれば戦闘は避けられないうえに、なによりもふつうに怖い。至近距離の刀剣ではなく、中・遠距離からの魔法攻撃が。

 特性云々ではなくおれに苦手意識があるのだ。

 だから魔法使いとは接敵しないことを心がけていた。


 それにしても――、合流地点にいるはずの仲間がどこにもいなかったのは手痛い。援護を期待できない中での戦闘はキツイ以外の何物でもなかったから。




 ふと違和感を覚えて立ち止まる。

 壁に一体化するようにして耳を澄ました。


 漏れ聞こえる話し声に集中する。

 内容はともかく話しているのは相手国の言葉だった。

(ちっ、またかよ!!)


 警ら担当か、はたまた追加の追っ手か。タイミングもクソもなく、脇道すらない一本道。

 悩む暇もなくおれは地上に出る決断をくだした。



 蹴るようにして壁を強引によじ登る。


 上は案の定おぞましい花火が打ち上がっていた。敵にみつかるリスクもぐんと高まったまま、平地をひた走る。激しい戦いのあとがうかがえる地面の上を。


 どんなに闇に紛れてもこれだけ交戦している戦場だ。みつからないまでも的になる未来はそう遠くないかもしれない。


(〝ポイント〟は伝えたはずだ、あとは……)


 変な興奮からから笑いをしていると耳をつんざく音がする。


 笑えない未来を回避すべく疾走し続ける俺の耳に飛び込んできたのは、激しい地響き、直後、いくつもの光る線が重なる。

 いびつなシルエットの絵は幾重にも形を変える。

 鳴り響く轟音に割って入ったのは人影だった。フラッシュのあと、一人の魔法使いがそこに立っていた。


 突如出現した彼は目視した地点、およそ300メートル先にいる。



 戦場にあって静かに立ち尽くしている不気味な軍人から重たい空気が立ち込める。

(なんだこの気配っ!?)

 思わずつばを飲み込んだ。

 相当な手練れらしい。重量感のある殺気はフードを被った魔法使いが発しているものだろう。背中にのしかかる殺気に思わず膝をつく。


 魔法使いは遠目からでも分かる、丈の長い紅蓮のローブを身につけていた。

 そいつは頭部を隠しているフードに手をかけた。

 はらりと、めくれる布。


 なでつけられた墨絵のような濃淡をした髪があらわになる。こちらを射抜くのは燃え盛る炎のようなまなざし。彩る肌は色素が薄いのかやけに青白くみえた。

 体躯は高身長だが案外細身だ。それでも魔法使い特有のオーラのせいかちっとも頼りない印象はない。むしろ、切れ味の鋭い名剣のような雰囲気をもっている。


 上等な生地であつらえた瞳よりも濃い深紅のローブはまさに異質そのもの。漆黒の、丈の長いブーツとあいまって、その姿は。


 まるで死神のようだ――、おれは頭の片隅で思った。


 印象的なパーツの数々をどこか魔法にかけられたようにみつめることしかできない。


 釘付けになったおれは一歩も動けなかった。

 こんなことは戦場に出てから初めてだ。


   ◇◇◇


 遠方では謎の魔法使いに向け敵国の軍人たちが剣や杖をかまえだした。あいつらにとって敵対勢力なのか、男に包囲網をしいて、積極的に近づいていく。


 にじりよる相手にものともせず、男はつぶやいた。

「なんだ、私と()る気か? ……めんどくさい」

 事と次第によっては挑発的ともとれる発言を皮切りに、乱闘は始まった。



 サークル状になった陣で剣がふりかざされた。

 眼の前で繰り広げられる光景を前におれは迷わず逃げ出した。

 しかし、強烈な光が見えた気がして視線を戻す。


 瞬く間に、魔法使いの首へと長剣の刃がくいこんでいく。顔に向けて発射された火の手が彼を焼き殺すのを見届けて、――は、いなかった(・・・・・)


「――っ――っ♪」

 重い腰を上げた男は胸の前で手をかざした。愉悦に笑いながら、まるで歌でも口ずさむように呪文を唱える。


 小綺麗な男は顔のわりに低い声をしていた。しかしその声のよく通ることといったらない。ところどころ空気をふくんだようにかすれ気味な声は断続的に聴こえていた。


 剣は首に魔法は体に。当たったはずなのにそれでも(たお)れていない。それどころか魔法使いの手元には炎が出現していた。

 総毛立ったのは彼に向きなおる敵ではない、おれ自身だ。



 手のひらで揺らめく紫の炎は熱くないのか、そんなことに思考を奪われていると、――ギュン。

 猛スピードで追従するは謎の魔法使いだった。


 その赤より紅い目が光った。


 魔法の炎ごと握り込んだ拳、相手取った魔法使いがかわいくみえるほどの威力で、防御しようとした腹を打ち上げるように殴打する。肉にめり込む鈍い音がし、攻撃を受けた相手はちいさく嘔吐した。


「ぅぉっ……、がはっ!?」

 直後、布地に燃え移る紫炎が、爆ぜながら燃え続け、魔法による消火が間に合わぬ間に絶命していった。


「た、たすけ……」

 生きたまま焼かれた仲間の壮絶な悲鳴を聞いていた軍人たちは危機感をつのらせた。

 一部及び腰になった者が上官と思しき者とアイコンタクトをとる。怯んだ下官の様子、その隙を赤の魔法使いは許さなかった。


 さらなる炎を左手にも生み出し、手と手をすり合わせた。途端にボッという派手な着火音とともに炎が拡大する。


 手のひらを逆さにすれば、合体したどす黒い炎が蛇のように動き出し、意思をもって敵兵たちを円陣に囲う。突然、サーカスのような火の輪に招待された軍人は、上官の警告も無視してくぐりでようとしたが、胸よりもある炎は並大抵の威力ではなかった。服の端だけをのこして、逃げようとした男はたちまちのうちに燃え尽きていた。


「ヒィ、……」

 絶句している軍人たち。彼らの上官までばかな、と言葉を失っていた。


 出ることが叶わないとみると額に汗をかいている。それでも愚かにもやみくもな突撃命令がくだされる。

 残っていた四人は一斉に魔法使いへと直接攻撃を仕掛けた。


 だが、遅かった。


 おれをがくぜんとさせたのは赤き魔法使いの肩に止まっている小鳥だった。そいつはぴよぴよと口笛をふく度に、地上に雷を落としていた。

 そんな愛らしい生き物が、断続的に響き渡る衝撃で歯向かってきた連中を一掃するかのように排除した。


 雨のない夜空、敵を感電死させた雷はいまだ暴れ狂っている。



 今の、本当かよ。


 いままで魔法が生き物みたいな形や動きをしているなんて見たことも聞いたこともおれはなかった。軍隊の連中にだって魔法がうまいやつは何人も知っている。

 それでもあの男の魔法は異次元だ。あれではおとぎ話の魔法使いではないか。


 そんな男は出現させた小鳥を手で挟むようにしてどこかへしまいこんだ。もう一度手を開いたときにはその愛らしい黄色い羽根すらみえなかった。


 どこかアンニュイな仕草がそう感じさせるのだろうか。

 直人(ただびと)とは別格の、天才。


 のどにたまったつばを飲み込む。

 握った手はおかしいほど震えてしまう。

 おれはどこか興奮しながら、異質な男が手を下す現場を遠巻きにみつめていた。



 雷に打たれた部下たちをみて腰が抜けてしまったのか、この場を指揮していた者はうめき声をあげながら、よせだの待てだのと制止を求めている。


 地面からは肉の焼けた匂いが立ち上る。

 煙る匂いに感じるものがあったのか、自分の生死を握っている男に命乞いしている。

 必死な有様で外国語を口にしているそいつに、何を思ったのか、近寄る魔法使い。


 かがみ込んだ魔法使いと敵対していた軍人が向き合う。

 ちょうど黒と白、チェスのポーンのように。


 その油断を解いた姿に千載一遇の好機をみたのか、男は立ち上がった。


 上がる鮮血。

 ひるがえるローブのすそ。

 落ちる、頭部。


 そうして、魔法使いはもう一方の手を手刀のような形にし、あっさりと敵対者の首をはねていた。それと共に炎の円陣は消失していた。


   ◇◇◇


『|《終世の星空》』

 手を掲げて唱えられたのはごく短い魔法名だった。


 冷めた瞳は上空をみつめていた。

 直後、呪文が花開くやひときわ大きな惑星が浮遊していた。


 瞬く間に出現した物体に、どよめく周囲、夜空に驚嘆する軍人や兵士たちをも、息をのむ光景が広がっている。


 超重量級の物質は出現とともに周囲のエネルギーを吸って環境を氷河期のように変えていく。

 あらゆる熱を奪い、肥大化していく惑星。

 天は割れ、ついに星が落ちた。


 その光景を間近で見上げていたおれはただただ絶句していた。


 やや遅れて、飛来音がした。



 大きくなった星は運命の瞬間を待っていたように、圧倒的な質量を持って陣地ごとすべてを押しつぶした。爆風と衝撃波、それらが破壊音をともなって。


 諸々の破片や巻き込んだガレキのせいでけむい中を泳ぐように歩いた。

 咳き込みながら辺りを見回すも砂嵐のせいでなにもみえない。


 衝撃が止んだ。

 目鼻を隠すように覆っていた腕をどけた。


 あちこちから降り注いだ槍のようないしつぶてが止むと、命をかけていた戦場が、一瞬にしてちりあくたとなっていた。



 直前のことを思い出す。


 白煙を切り裂くようにして現れた深紅の魔法使い(あいつ)は凄まじい威力の魔法で次々と敵兵を殲滅していった。

 上空から落ちてきたバカでかいブツは恐らくあの魔法使いが呼び出した代物だろう。

 はてには圧倒的な存在感を放つあの凶星を呼び出してみせた。惑星は人々の命を喰らうように大地と接吻し、飲み込んだクレーターだけがいまも残っている。


 ()き潰したであろう死体すら土砂の山にまみれてよくみえない。静かなる惨劇を作り出した本人はといえばひょうひょうとその光景を眺めていた。

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