その名は、魔王便。あなたは何を贈る?
「あちー。今年の夏も暑くなるんだろうなー……」
とある大学の教室で、秋田まなぶはぐったりしていた。
そこへ、冷たい飲み物を持って、友人のたけるが入ってくる。
たけるはまなぶに近づき、頬に飲み物を当てた。
「ひゃっ! たける、何するんだよ!」
「何って、飲み物持ってきてやったんじゃないか」
今は昼休みで、皆外で食べたりするため、教室にはまなぶとたけるしかいない。
「あぁ、ありがとう」
まなぶは飲み物を受け取り、たけるは席に着いた。
「あ、そうだ。今面白い噂が大学中に流れてるの、お前知ってるか?」
「噂?」
まなぶは考えて、クラスメイト達の会話を思いだす。
「あぁ、なんか皆話してたな。確か内容は……」
「『魔王便』っていう店のことだろう」
「そうそう。珍しい名前だよな」
「そして、何でも配達してくれるんだぜ」
「何でもって……」
「だから、中にはやばい物もあるんじゃないのか?」
たけるは何気なくスマホを操作した。
そして、ある画面をまなぶに見せる。
「ほら、ここにも載っているだろう? 俺も何か頼もうかな」
「ふーん、何でもねぇ……」
わくわくしているたけると違い、まなぶは興味なさそうに飲み物を飲んだ。
★★★
大学が終わり、まなぶは家に帰った。
そして自分の部屋に入り、ベッドに寝転んだ。
「今日も疲れたなー。親も遅いし、ちょっと寝るか」
まなぶが寝ようとしていると、インターホンが鳴った。
「誰だよ、人がせっかく寝ようとしていたのに……」
面倒くさかったまなぶは、知らんふりをする事にした。
しかし、インターホンは鳴りやまず、さすがにまなぶは起きた。
「はいはい! 今出ますよ!」
急いでドアに向かい開けると、そこにいたのは角の生えた大柄の男だった。
男は小さな箱を持っていた。
「魔王便だ。早く受け取れ」
「魔王便って、あの噂の?」
「何を知っているかわからんが、早く受け取ってくれないか」
「あぁ、すみません! ありがとうございます」
まなぶが荷物を受け取ると、男はさっさと行ってしまった。
「なんだったんだ?」
まなぶは首を傾げて中に戻った。
机の上に箱を置き、中を開ける。
「な、なんだこりゃ?」
中に入っていたのは、可愛らしい人形だった。
「誰だよ、こんなの贈ってくるの……俺の趣味じゃないのに……」
すると、閉じていた人形の目が、いきなり開いたのだ。
「うわっ!」
まなぶは驚き、慌てて距離をとった。
人形は自力で箱から出てきて、ゆっくりとまなぶに近づいていく。
「ひぃっ! こ、こっちに来るな!」
「また会えたね、まなぶ君」
「え?」
人形が話すその声に、まなぶは1人の女性を思いだした。
それは、まだまなぶが大学に入ってすぐの事である。
ある女性と仲良くなり、そして恋人になった。
しかし、ある些細な事で、2人は別れる事になる。
それからまなぶは、その女性と会ってはいない。
その女性の名は……
「もしかして、りいな……なのか?」
「そうだよ。やっと会えたね」
「なんで、りいなの声で話すんだよ!」
「私、あなたと別れてからすぐ交通事故で死んだの。でも、あなたの事が忘れられなくてこうして届けてもらったのよ」
「俺は、もうりいなとは会いたくないんだよ!」
まなぶが叫ぶと、人形から笑みが消える。
「そう……なら仕方ないわね」
人形の手には、いつの間にか包丁が握られていた。
「私はこんなに愛しているのに……」
「な、何を……」
「あの世で一緒になりましょーっ!」
その人形の顔は、狂気に満ちていた。
そして、まなぶ目がけて飛んでいく。
「うわあぁーっ!」
家の中では、まなぶの叫びだけが響いていた。
それからまなぶを見た者は、誰もいない。
★★★
配達を終えた男は、何かを察知し振り返る。
そして、口角を上げてまた歩き始めた。
「魔王便は何でも配達するが、その後の事は自己責任だからな」
男は呟き、路地裏に消えていった。
これは、ただいま連載中の「魔王便」の番外編のようなものになります。
いかがだったでしょうか。
後書きまで読んでいただき、ありがとうございました!