くろゆ
Kuroko
手首に、捕捉バンドが、白く巻きついていく
黒を基調とした、その服が、前の床を通り過ぎ
私は一人、その異分子となる
自分の肉体を、考えた。部屋の光度は、暗く、それが、蛍光灯が、切れかけているのか
それとも、もともと光量が、少ない電灯を、使用しているのか判別できないが、目の前を通り過ぎる彼女の、そのシビアなテキパキとした隙を感じさせない、歩みと、ただの物置の様な、この部屋からを、推理するに、それは、ただただ、寿命まじかのせいなのではと、推測させた。私は、また戻ってくる、足音に、体を、震わせた。肩口で、切りそろえられた、その油玉の無い、艶のある短い髪が揺れる、それは、歩幅が乱れたのではない、立ち止まった反動で、一切ブレの無い、体の動作の中で、唯一、その反動が、振り子のように、数本がパラリと、動いたのだ。
「ねえ」
それは、まるで、乾いた砂場に、水が垂らされたかのように、その暗い静寂の中、唯一、人間的な言動を、発するものとして、そこに、存在を、言い表す。私は、怯えた犬のように、その声の発っしられた方向へと、直ぐさに、その顔を、そして、目線を、向かわせたが、そこに待ち受ける瞳は、まるで、生ごみでも見るかのような、冷徹な物で、自分と同じ哺乳類でさえ無いような、態度に思えた。「それで、あなたは、私と同じ空気を、吸えるだけでも、ありがたいと、思わなければいけない、廃棄された家電のようなものだけど、あなたは、知っているかしら、家電って、廃棄するのにお金がいるんですってよ」
私の顔は、彼女が何を言おうとしているのか、そして、ただでさえ、情報がない、この空間において、少しでも、それを、補完し完成を、見ようと、必死に、彼女の動作、視線、動き、行動、言語、におい、意味、場所、理由、次々に、様々に、考えを、巡らせて見た物の、それに、ゴールテープを、踏ませることなく、その、思想の意図は、彼女の良く切れる思考のように、大きな、目を、鋏のように、細め、切られてしまうかのように、突如、遮られることになった、訳である。
「あなたは、私を、ジロジロと、見ているけど、そんな資格が、その目に、本当に、あると思うの」
冷ややかな目線と、口から放たれる唾が、眼球に、当たり、瞳から、涙のように、流れ落ちる、そこには、屈辱とも、恐怖とも取れない、得も知れない快楽が、咽び泣いているようであるが、しかし、私の現時点の問題は、目を覚ますと、まったく見知らぬ、この暗い部屋と、ここの住人なのか、それとも、ここは何かしらの、そういう施設の可能性も、ぬぐえ切れぬにしろ、目の前には、人の眼球に、
唾を、はける人格形成者が、居ることである、私は、昨日の記憶を、掘り起こしても、まったくここにつながる、変遷を、見いだせずにいた、すると、目の前の人間の気でも損ねたのだろうか、高圧的で、淀みなく、寒々しい声が、まるで、私の心臓を、刺身にでもするように、言葉で何枚にも卸していた
「お前に、生きる価値も、息を吸う価値もないんだよ」
それは、有言実行を、指し示すかのように、私の顔面は、えてして、彼女の分厚い安全靴のような固い靴底により、冷たいされど、誇り一つ頬に当たらない、そんな床へと、ギジギジと、押し付けられた、肌寒い中、私の試案は、銀色の脳細胞でないせいか、幾ら冷たい床で、冷やされたところで、同じくらい冷たく現実を、示してはくれなかった
「あっなの」
私の頬が、ピリリと、冷たさと圧力で、感覚を、失いかけているとき、私は、このまま、失体を晒すよりかと、相手に敬意をこめて、唇を開く、長らく開いていないせいか、頬を、靴底で、押さえつけられているせいか、私の喉は、上手く言葉を、口から吐き出すことを、阻止されているようであるが、私は、それでもめげづに、言葉を、漏らす
「ずいばぜん、私は、だれなのでじょうか」
はっきり喋れとでも言うような、視線が、ちらりと、靴底の下、雲に隠れた皆既日食のように、さげすみを含めた目がこちらを見ていた
「口を利いてもらえる資格があると、そう思っているのか」
私はどうやら、人権を歌われるこの世の中で、治外法権があるようだと、思ったが、しかし、ここで、辞める訳にも行かないのである。もう一度喉から力を振り絞って、言う事にした
「記憶がないんです、あなたは、なぜ、私を、踏んずけているのですか、私の無いような記憶の中で、それでも、見ず知らずの人を、ふんずっ・・」
言葉は、遮られた、それは、更に、やわらかほっぺを、踏んずけられたわけでも、また、唾を吐かれたわけでもない、恐る恐る、言葉を紡ごうとしたが、その反射的に、出た、その途切れた言葉は
息とともに、空気が外に漏れ出てしまい、肺にその残りが存在しない残機ゼロの状態を、意味した
彼女は、頬に、足を乗せるのには、飽き足らず
更には、手持ちオルガンでも弾くように、彼の肺を、その背中に、靴を、載せて、空気を、ゆっくり吐き出させ、強制的に、無様な言葉を、奏でたのである。それは、中途半端に、とぎらせたが、それが、彼女の望む、楽器だったのであれば、制作され演奏された彼は、まさしく、彼女の願望通りの結果を生み出したということになる。
「・・・・っ」
声にならない呻きと、邪鬼を、踏みつける炎王のように、その姿は、酷似していたが、残念ながら、彼女から発しられる後光は、燃える炎などではなく、冷たい、黒に近い青のオーラのような物であるように思えたが、酸欠により、瞼が、ゆっくりと、視界を遮り、暗い彼女のオーラに、包まれるように、何も見えなく沈み落ちるようであった
「やめろ」
目の前に、人影が、一つあり、それを取り囲むように、複数人の影が立っていた
「いやー、こんばんは、あなた今、この池に、何か、逃がしましたね」
中央の男は
「いえ、そんな事は」
と言って、首を左右に振るが、一人が、近づき
「これ見てください、映像ですけど・・・いやすいませんね、しかし、ご職業は何ですか」
携帯端末を、出しながら、その集団のうちの一人は、尋ねた
「警官です・・奈島市の」
「ああ、警官ですか、それはご苦労様です、それで何ですか、映像ですが、見てください
あなた、これ、逃がしていますね」
暗視カメラなのか、暗い中にもかかわらず、まるで昼間のように明るい映像が、再生された
そこには、何かを、池の中に、逃がす男の姿が収められていた
「いや、ただ、水を捨てに来ただけで」
一人の男が、部下に指示すると、そいつは、捨ててあった、バケツに、何やら、紙で、その水を、ふき取り、どこかへと走っていった
「いや、最近交通事故が、ありましたね」
暢気な会話の中、部下が走ってくる
「いや、それで、部下がつかまりまして、いやはや、警察は」
灰色の人影が、声を漏らす
「DNA鑑定aですアメリカ金色ザリガニ出ました」
ゆっくりした態度は踵を解すように変わり、上司は言った
「そうか、即刻逮捕
っええ・・と、十一時二十九分 田島一郎 危険外来種放流により、日本を壊滅させようとした罪により逮捕」
男は、後ろ手に、手錠をはめられながら言う
「あの、何の罪ですか」
「あれご存じないと・・A危険外来種は、我が国の資産を、著しく阻害駆逐死滅するため、その罪は、非常に、重いとして、死刑を、言い当てられているのです。物的証拠で、言い逃れはできませんが
これからの発言は、あなたにとって、不利益になる可能性が、ありますので、黙秘権の使用が認められます。連れて行きなさい」
ぞろぞろと、歩く中、声が聞こえる
「知っ知らなかったんだ」
「こんなだれも居ない時間に、知らなかったじゃすまないんだよ」
暴れる男は、車の中に、連れられて行く
残された車を見ながら、上司は、池を眺めていた
そこに、新たな声がかけられた
「部長、新たに、農薬散布の痕跡と、違法河川工事及び、ダムの建設案の情報が入りました」
軽く手を挙げて
「ああ、向かおう」
その人影は、池から車へと視線をかえて、車内に乗り込んだのである
静かな中、車のドアが閉まる音だけが、池に、こだます
それも、ライトをつけて、大規模に集まった、何百人という長い長靴とゴム製のズボンが一体化したものを、はいた作業員達が、池の網で、ザリガニを救う音に、かき消されたのであった
「おい、起きろ」
目の前に、水槽を、上から覗き込んだかのような、湾歪した光景が、見えるが、それは、男の目が、涙でぬれているせいだろ。目の前の人影は、相変わらず黒く、それがあの女性だと言う事を、男は、考えていた、先ほどから頭が痛い、女のせいか、それとも、何か、妙な、悪夢を見た気がする、視界のにじみが、ようやく晴れかけると、その先には、相変わらず、冷ややかな目が、黒い揺れるズボンの向こう側から、こちらを、軽蔑しきった目で、軽視していた。そこに対して、震える歯を、カタカタ鳴らさないように、かみしめて、その上を、睨んだ
「おお、良い面構えだ、これから起きることに、堪え切れれば、良いがな」
低く日常を、思わせないようなそんな軍隊めいた声を聞きながら、どうしようかと、男は、悩む、何が一体狙いなのか、事の深刻さは、どのくらいなのか、いくら考えても、軽蔑した目線しか、男には、理解できない、自分が誰なのか、記憶は、白紙のまま、自分だけが、対比のように、真っ白く、床に、裸で、ブリーフ一丁で、転がっている、これは拷問なのか、それとも、私は記憶を失っているだけの変態なのだろうか、暗い室内、ただ、灯台の様に、すっと、立った、その女からは、導きの無い、寒い視線だけが、まっすぐに、男の体に、突き立て刺さるのが現状の様である。
「あの」
声は、刹那的に、かよわい小動物か何かのように、それは、声なき、法無い微生物のように、女の
意味のない、責め苦に、塗り固められていくのである、意志はあるのか、意志を、守ってもらえるというのだろうか、曇り空かも、晴れているのか、それも、朝なのか昼なのか、それすらも分からない暗い部屋で、男は、二人、そこに閉じ込められていた。