極・巣ごもり
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
みんな、中国の三大珍味は味わったことあるかな?
一般に、アワビ、フカヒレ、海つばめの巣とされている。
前ふたつは、みんなも味わう機会が多いんじゃなかろうか? 最近は料理店のメニューに並ぶ機会が増えてきたように思うからね。
ただ3つ目の海ツバメの巣に関しては、知名度でいささか後れをとっているかもしれないな。
日本ではこの海つばめの巣は量産されておらず、中国からの輸入に頼っているという。中国国内でも貴重な品のようで、つばめの巣を24時間体制のセキュリティ敷いて守っているとかいないとか。
つばめにしてみれば、いかに現役で使っているものでなかったにせよ、自分の家を奪われて、それをバリバリムシャムシャと食べられてしまうんだ。災害を通り越して、悪夢じゃないか?
人間に置き換えりゃ、いきなり怪獣か何かのデカブツが現れて、屋根をメキリとはぎ取ったかと思いきや、口に放り込んで咀嚼を始めるあの感じだ。
たとえ食べる側には食物のひとつにしか見えずとも、食べられる側には手間ひまかけた命の結晶。そこにかける情熱ぶりは、ときにあなどれないものがあるかもな。
ちょいと脱線しようか。鳥の巣をめぐる、先生の知る昔話、聞いてみないかい?
むかしむかしの戦国時代。
とある勢力の支城でのことと伝わる。かの城は、いまや拡大した領地の内側にあることもあり、最後に戦場となったのも10年ほど前のことだった。
それでも数年前までは遠征の際の出兵や補給拠点としての仕事もあったが、現在ことを構える方面が方面でもあり、軍事関連とは遠ざかりつつあった。
かの支城はかねてより緑が多く、緊急時の普請用として木材を大量に蓄えていたらしい。
いまこの時も、城の南側に植林した木々が、ようやく使いものになろうとしていた。先代城主のころから面倒をみてきた成果が、実を結ばんとしていたんだ。
交代体制での警備も敷かれている。
遠く美濃、尾張の地では台所奉行であった木下藤吉郎なる者が、相手方の材木をまるまる自分の城のための材料として頂戴したという。
にわかには信じられない奇策だったが、そののちに堅城名高い稲葉山城が落とされているのだから、流言と断じることも難しい。
二の舞にあっては、それこそ天下の笑いものと、警備は森内部の見回りも抜かりはなかったという。
見回りをする彼らの報告。
幸いにも、さして異状がなく進むそれらの報告の中に、妙なものが入り始めたのは春先のことだった。
例年に比べ、木々に巣を構えるつばめの数が多いのだという。
こうして報告を受ける詰所にいる時でさえ、窓の外を鳴き声と共に滑空していくつばめたちの姿を幾度か見かけることがあるほど。
注意して見て回ると、確かにいくつかの地点につばめが巣を設けているのが確かめられた。
背の高い木々の、幹を背もたれ、枝を足場にして。土やわらくずたちを絶妙に塗りつけ固定された巣の中では、ときおりエサ待ちのヒナたちの声が漏れ聞こえてくる。
それだけなら、まだほほえましさを覚える自然の営みのひとつだったかもしれない。
ほころびは、つばめの巣の位置がおおよそ特定された直後のこと。
この地域をやや大きい地揺れが襲った。倒壊したのは、特にガタが来ていた年季ものの家屋がいくらかのみだったが、領内にある寺院のひとつで瓦が何枚か滑り落ち、砕け散る事態があったんだ。
幸い、粉状になった部分は全然なく、破片をつなぎ合わせて表面を繕えば費用も抑えられるかもと当事者たちは踏んだ。
しかし、いざ集めてみると微妙に欠けた部分がちらほら。瓦の落ちたまわり、境内を探してみても見つかる気配もなく。そこの部分だけは作り直しかと判断が下った。
ところが、引き続きかの森の見回りをしていた面々の一部は築く。
つばめたちの巣。既存のものも、新たに確認されたものも、その一部に瓦らしきものが加わっているのが見られたらしい。
目にした者は、土を中心にした明るい茶色たちの中に混じって、浅黒い瓦の破片が取り入れられていたと話す。
およそ、これまでのつばめとは異なる様子ではあったが、大半の者は面白がった。
自分の子への守りを少しでも固めんとする抜け目ない収集心、まことに見上げたものなり、といった具合でね。
むしろ見張りの者たちも、このような機敏な動きをこそ鍛えるべきではないかと、訓示に引っ張り出されたとも。
しかし、そうも言っていられないことになってくる。
先の揺れの余震もあるのだろうが、そこからふた月の間に大小の地揺れが、両の手におさまらない数、かの地域を襲った。
そのたびの被害はまちまちだったが、そのたびつばめの巣の材料が堅固なものと化していくんだ。
新たな瓦にくわえ、家々の柱や礎石の部分が巣の中へ姿を見せるようになっていく。それはいずれも当時の家々を支える柔構造の一部。重なる歳月に働きが鈍っていたとしても、そう簡単につばめが持ち去ることのできるものだろうか?
そして最後の揺れの時は、これまでよりもいっとう大きいものが襲った。城を囲う塀のしっくい、石垣の一部にひびを入れてしまうほど、強いものだったらしい。
で、それもまた奪われたくさかった。
普請奉行役が見回ったおりには、そのしっくいや石垣の不自然な「欠け」が見られたんだ。
同じ時に、かの森のつばめたちの巣がまた「補強」されているのが確認された。
欠けたしっくいも石垣の石も、そのままの大きさなら巣に対して、あまりに大きい。ひとつの巣に対して、なら。
彼らは奪ったものを、各々の巣に適したかけらだけ持ち去り、自分たちの住まいの強化に使っていったんだ。
しかし、今回のおかしいところは、それだけじゃない。
彼らの持ち寄ったしっくいや石材は、本来は器状に練り合わされるにとどまる、巣の傾向を超えて扱われた。
一言でいうならば、壁。
器状の巣のふちより、のけぞるような形で付け足されるそれは、まるで花のつぼみ。
新たに付け足す材たちの端を、ぴったり木の幹へ引っ付けて、完全に閉じこもるかのような格好だ。あれだと外敵は手を出せないだろうが、親鳥だって中のひな鳥へ満足に接触することもできないだろう。
「まるで、つばめたちも籠城を心得たかのようだな。がっちりだ」
警邏を担当する、誰かの発言。
それは他愛ない感想だったが、じかに戦を経験している年配たちはぴんと来る。
「――皆、とくこの森より退け。おそらく、来るぞ。まことの攻め手がな」
城に籠るなら、往々にしてその何倍もの力に耐えられる。
もしつばめたちも、ああして籠りにかかるなら小動物など歯牙にかけない、大事の気配を感じているのではないかと。
勘は当たった。またも、大きな地揺れが襲ってきたんだ。
しかし、今までとは様子が違う。詰所まわりは揺れを感じるのに、そこから見る城や城下には揺さぶられる建造物、揺れを察知していぶかしがったり、逃げ支度を始めたりする者の姿がない。
この森の一帯のみだ。
地を揺らし、肌を揺らし、空の雲さえ揺らす。その震えを、退避した警邏たちは味わい、目の当たりにしていた。
曇天気味の空がわずかに開いたかと思うと、稲光に似た光が何度も明滅した。
警邏たちの誰一人、まともに目を開けられていられないほどの強烈さ。それでも漏れるのは彼らの口よりのうめきだけで、遠くの人々は驚き、おのののきの声をあげることもない。
――この光さえも、この場所限りのものというのか。
信じられない心地の警邏たちの耳へ、自分たちの声に混じって届くのは、ゴロンゴロンと何やら固いものが転がる音。
視力を取り戻したものたちが目にしたのは、地面へまばらに転がるつばめの巣たちだった。家から、寺から、城郭から、こぼれたものを抜け目なく使って作った、小さな砦。
そいつらが今、一方に穴を開けて地面へ転がり、中から異常事態を伝えんとするひなたちの声がこだまする。
ならば、先まで彼らの支えとなっていたはずの幹は、枝はどうしたのか?
消えてしまったんだよ。さっぱりね。
城の抱える普請の宝庫は、瞬く間にはげ散らかすことになった。
たとえ天より火が降り落ち、地が割れ裂け目が呑み込もうとも、こうも鮮やかに木々のみを奪うことはできまい。
ありていにいえば、「零」なのだ。はるか以前より、そこが栄えなき野であったように、視界ばかりが開けた草原が延々と広がっているばかりだったんだ。
つばめたちは、早くもこの危険を察知していたのだろうが、その理屈が上にいる者たちへ通じるはずがなく。
警邏たちは、こっぴどい叱責と処分を受ける羽目になったとか。