異世界フィッシング!
俺は今、頭を抱えていた。
ここはいったい、どこなのだろう。
先ほどまで俺は、東京の某公園のトイレにいたはずだ。
手を洗ってトイレから出て公園に……と思ったら、見慣れない砂浜の前に立っていた。どうなっていると思いながら後ろを見ると、公衆トイレもなくなっており……俺は茫然としたまま辺りを見回すしかなかった。
仕方ないので太陽の位置を確認すると、まだ昼前という様子だ。
腕時計を見ると、まだ10時を少し過ぎたくらいだ。試しにスマートフォンを見てみたが圏外となっている。今時、地方に行っても圏外になることは珍しい。
このまま砂浜に立ち尽くしていてもらちが明かない。俺は当たりを見回したが、街はおろか集落も見当たらないので少し歩くことにした。
幸いにも、ジーンズにスポーツシューズという格好だったので足取りは軽かった。
しかし、歩いても歩いても民家が現れない。こんなことがあるのだろうか。首を傾げた直後に影のようなものが見えたので、空を見上げてみると……大きな翼を広げた翼竜のようなものが飛んでいた。
思わずマジかよ……と呟いていた。
こんな生き物が飛んでいるなんて普通じゃない。俺はどういう訳かわからないが、異世界とやらか恐竜全盛期の時代に投げ出されてしまったのかもしれない。
「やべえな……どうすっか?」
木の影に身を隠すと、再びスマートフォンを手に取ってみた。やはり電波を拾えずに圏外と出ている。俺はスマホゲームをよくやっているので、モバイルバッテリーも持っているが、もし異世界に来てしまったのなら、コイツを使って充電したとしてもスマホは長い間は持たない。
慌てて電源を切ると、俺は再び周囲を見回した。
民家が見つからないのなら、せめて食料だけでも確保しないといけない。
俺は目を凝らして浜辺を睨むと、何かが落ちていることに気が付いた。
「これは……げっ!?」
近づいてよく見ると、それは腐って浜に打ち上げらた魚だった。周囲にハエのような小虫が飛び回っているのが、より不浄さを物語っているように見える。
普通なら、嫌な顔をしながら通り過ぎるところだが、俺は前にサバイバルの本を読んだことがある。こういう状況なら、この腐った魚も活用しないと生き残れないだろう。
近くを見回すと、ちょうど細めの流木が打ち上げられていた。
俺はそのボウッキレを拾うと、腕まくりしてから腐った魚を掴み上げて棒にくし刺しにした。そして波打ち際まで歩いていき、そこに突き立てていく。
そして波打ち際から離れると、俺は木陰に身を潜めた。
さすがにドラゴンから見れば俺サイズの生き物もエサだろう。あんな空飛ぶ装甲車のような動物に襲われたらひとたまりもない。
待つこと1時間。
水鳥が棒に刺さった魚をついばんでいたが、近づくとすぐに逃げて行った。俺は目当てにしているのは水鳥ではなく棒を突き刺した地面だ。
腐った魚の棒を外して、砂を少し掘ってみると、腐った魚の臭いにつられたと思われる釣り具のエサ……ゴカイのような生き物がいた。
ゴカイとは、海に住むミミズのような生き物だ。俺は次々と腐った魚におびき寄せられたゴカイを回収して透明なビニール袋へと移すと、即席の釣竿を出した。
これは、流木と持っていたタコ糸、それからクリップを釣り針状になるように加工して作った代物だ。
もちろん本物の釣竿のように耐久力は優れていないが、手掴みで魚を取るよりはマシだろう。その釣り針にゴカイを備え付けると、俺は砂浜の隣にある岩場へと向かった。
ここはドラゴンから身を隠せるだけでなく、腰掛けるのにピッタリな岩がゴロゴロしている。
俺は波打ち際で歩いている小さなカニを素早く捕まえようとしたが、逃げられてしまった。ちっ……こいつも美味そうだったのだが仕方ない。
気を取り直して、釣竿を波打ち際に垂らして少し様子を見る。
ん……? どうやらすぐに何かがかかったようだ。
引き上げてみると、魚が釣り針に引っかかってバタバタと暴れている。俺はすぐに魚を大きめのビニール袋へと入れた。中には海水を入れているから、すぐにダメにはならないはずだ。
そしてゴカイを透明なビニール袋から出し、再び釣り針に括り付けてから海の中に投げ入れた。
今度も比較的すぐに魚がかかった。
どうやら見込んだ通り、ここにはたくさんの魚がいるようだ。俺は釣り針に引っかかった魚を掴むと、再びビニール袋へと入れ、再度ゴカイを釣り針にセッティングして、海の中へと放り込んだ。
すると、ぴちゃぴちゃと水面が揺れていた。
どうやら、ゴカイがいることに気が付いた魚たちが我先へと食いついているようだ。俺の肩には思わず力が入る。今度もきっとすぐに引っかかるぞ!
そう思っていたら、ぴちゃっという音と共に翼の付いた魚が水面から飛び出して俺の足元まで飛び込んできた。俺はピチャピチャと跳ねるそいつを捕まえると、じっと眺めた。
「コイツ……トビウオじゃないか」
初めて捕まえたなと思いながら、俺はトビウオもバケツ代わりに使っている大きめのビニール袋に入れた。
そして釣竿をすくい上げてみると、こっちは……ゴカイだけきれいに食われていた。
「魚たちめ……やるじゃないか」
その後も、俺は釣りを続けたが、1時ごろに1匹が釣れたところで、魚の群れはどこかに異動してしまったらしく、それ以降は何も取れなかった。
「大きめの魚2匹、トビウオ1匹、小さめなのが1匹か」
そう言いながらビニール袋を持って立ち上がろうとしたとき、頭がぐらりと揺れた気がして俺はよろけた。何だかわからないが、目の前が真っ黒になっていく……!
そっと目を開けると、俺は公園のベンチに座っていた。
スマートフォンのバイブレーション機能で起こされたんだろうな。そう思いながら起き上がろうとすると、俺は重い袋を持っていることに気が付いた。
「これ……もしかして……」
中を見てみると、入っていたのは大きな魚2匹、トビウオ1匹、そして小さな魚1匹だった。
こんなものを持っているということは……今までの……夢ではなかったと……いうことか……。
俺は何とも不思議な気持ちのまま、家へと戻った。
あの異世界っぽい場所で釣った魚は、全て塩焼きで頂くことにした。
トビウオや他の魚の鱗を包丁で丁寧に落としていき、羽根を落として次に内臓を取り出していくと、それだけでも新鮮で美味しそうな姿になった。
だけど、一応は異世界っぽいところに行ってきたわけだし、中火でじっくりと焼いていくことにする。
換気扇を回しながら、中火でじっくりと調理していくと、無駄な脂分が流れ出し、焦げ目からは煙が上がっていく。見ているだけでご飯が1膳は食べられそうだ。
ちょうど大根やレモンもあったから、今のうちに加工してお供にしておこう。
炊き立てのご飯と一緒に食卓に並べると、あまりに豪華な夕食に思わず唾を呑んでいた。さっそく、大きめの魚に箸をつけてみると、身が引き締まっていて弾力もあり、更に力を入れて身がほぐれると、口の中へと入れてみた。
う、うまい! うまいぞぉ!!
魚の脂分と、身のプリっとした触感が、塩気と一緒に口の中に広がっていく。これだけで十分に旨いのだが、あえて醤油をチョイスしてみたくなった。
俺は小皿に醤油を注いで、再び大きめの魚の身を摘まみ取って、少し付けてから口に運んでみると……イイ! とても旨いし、醤油に少しだけ魚の油がしみ込んで、いかにもザ・魚用の醤油ってなっているところもいい!
俺はご飯を口の中に入れると、今度はトビウオも口にしてみた。
おお、こっちは身が柔らかくて優しい脂分がしみ込んでくる。魚と一口に言っても、ここまで違うモノなのかと、思わず心の中で唸っていた。
当初はテレビでも見ながらゆったり食べようと思っていたが、こいつらだけで十分に主役だ。他の娯楽など必要ない!
そう思いながら舌鼓をうっていると、いつの間にか魚たちは骨だけになり、俺はすっかりと満腹になっていた。
「これが……異世界フィッシングか……」
俺はまるで、上質な小説やアニメを見終わったかのように、窓を見ながら深いため息を付いていた。
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また、【人外だから手酷く追放されたけど、妖精族のヒロインと一緒にダンジョンを進化させるのが楽しすぎる。一角獣は貴重だからやっぱり戻ってこいと言われても、もう遅い! ~進化するダンジョンとヒーロースレイヤー~】という作品も書いています。こちらもぜひ、ご覧ください。