魔源樹の体と魔源樹との対峙
「よーし、回復したな。そんじゃ次だ。」
今日はもう終わりと思ったが、デンメスにそんなつもりはなかったようだ。ルーサさんが抗議しようとするが、それを制止する。治療してもらったので体は大丈夫だし、まだ昼過ぎなので何もしないのは一日がもったいない。
「いいぞ、次はどんな魔物だ?」
「魔物じゃねぇ。おい、準備は出来ているな。」
どういうことかと思っていると、ココアさんが大きなハンマーを持ってくる。まさかと思いエイコム達に目配せをするが、話を聞いていないようで両者とも驚いていた。
「いや、これはどういう。」
「うるせぇ。行け。」
会話をする気が全く無いようで、ハンマーをおおきく振りかぶっている。受けきれそうになかったので、前に出て振り下ろされる前に止める。デンメスから力を借りているからだろうが、想像以上の怪力だった。どんな表情をしているのかと、目の前に迫った顔をよく見てみるが、意志のこもった目で見つめ返される。
「静かだなと思っていたら、こういうことだったんだ。」
「うん。頼まれちゃって。」
そう言うと腕にこめている力を強めてくる。受け止めきれないので横にそらしながら離れる。ハンマーは地面に当たり、軽い地響きのようになった。その後も、どこか手慣れた感じでハンマーを振るってくる。単なる力任せなら何とかなるが、そういうわけではないので直撃を避けるのに手一杯になってしまう。
「強すぎるでしょ。」
「そう?デンメスのおかげかな。」
余裕の表情で攻撃が続けられる。俺が避けられているのは、その動きに慣れているからだった。心をつなげて手合わせしたときに見たことのある動き。いや、アレンであったときに散々見てきたであろう動き。
「当たらないなぁ。」
悔しそうな顔をしながら動き方を変えてくるが、結果は変わらない。変わらないがこちらには余裕が無かった。上手く躱わせているとはいえ、かするだけでも危うい。ジリ貧な状況だった。
加えてハンマーの動きが速く、多彩になっていく。持ち手の端を持って大振りをしていたが、中心辺りを持って小振りにしたりと変化を加えてきた。大振りに対して懐に飛び込み出だしを封じ、小振りに対して反対へ回り込むように動き勢いを抑える。
防戦一方だった。だが怖くて反撃できないというわけではない。最初にハンマーを止めた時にわかってしまった、巨人との力の差を。どんなに鍛えてもどうにもならない、諦めたというよりわかってしまった。それと同時に、自分のやっていることがズレている気がしてきた、間違ってはいないが何かが違う。
「おい、どうした?反撃しないか。」
デンメスが発破をかけてくる。少し迷ったが、反撃はすることにした。強くなるためではなく、早く終わらせるために。大振りを狙うことにして、隙を窺う。相変わらずハンマーをぶん回していて、まるでハンマー投げの助走のようになっている。
大振りがきた。懐には飛び込まず、後ろに倒れるように避ける。ハンマーが空を切った。腕が伸び切ったのを見計らい、ハンマーの頭を進行方向へ蹴り飛ばす。
「え?」
ハンマーだけが飛んでいく。突然の事で、つい手を離してしまったらしい。まだやる気のようだったが、両手を上げてアピールした。
「もうやめよう。」
「う、うん。」
ココアさんは一度頷いたが、すぐに唸り声を出したデンメスの方へ振り向いた。
「何故やめる?」
「違う気がするんだ。」
「何がだ?」
納得がいかない様子だったが、俺も説得できる自信はなかった。感覚に過ぎないので、他者が納得できるような理由にはならない。
「ふん。何を心配しているのか知らんがな。悪くはないぞ、なぁ。」
エイコムに同意を求めていた。ここで励ましに近い事を言い出すところを見ると、根本的には悪い奴ではないような気がしてくる。
「あ、ありがとう。そういうんじゃなくてさ、俺にしかできない事をすべきだと思うんだよね。」
「それは何だ?」
「まだわからない。」
怒り出すのではないかと思ったが、意外にもそんな事はなかった。あぐらをかいて座ると肩肘をつきながら話し始める。
「わかんねぇのかよ。じゃぁどうするつもりか教えてもらおうじゃねぇか。時間は無駄にできんぞ。」
具体的にと言われても困る。だが、戦いに関する強さはもう十分なんじゃないかと思ってしまっていた。
「なんというか、転移者に事をスッキリさせたいね。」
「ああ?」
もはやただのやりたい事だった。それでも、ひたすら肉体的に鍛えるだけよりはマシな気がする。ココアさんの戦いぶりを見て察してしまった。その体は、かつてアレンに新人指導された女性の体そのものなんだと。魔源樹の王と決着をつけるのなら、魔源樹の体と向き合わないといけないと、直感してしまった。目の前で不満げな顔をしている巨人を説得するのは容易ではない。容易ではないがしなければならないと覚悟を決めた。




