トキヒサの戦いとトキヒサの闘い
デュラハンは黒い甲冑を見に纏い仁王立ちしている。曇り空の下で、まだ午前中なのに薄暗い中で微動だにしないのが不気味だった。デュラハンなのにも関わらず、兜までしっかりと装着しているのは上位種だからだろうか。身長はほとんど変わらず、体格差がないので戦いやすそうだとは思った。
突然デュラハンが動き出す。右手の片手剣を思い切り振るってきた。鍛え直してもらう前であったら、後ろに下がって避けようとしたかもしれない。だが前に出る。前に出ながら籠手を構え、敵の手首を止めるように防御した。金属がぶつかる音が鳴り響く。
まだ剣速が加速し切る前の出だしを封じる。それでも攻撃を重く感じるが、自分の体勢が崩れるほどではない。敵の体勢も崩れていないようだったが、すかさずもう一方の手で兜へ一撃を繰り出す。
拍子抜けするほどあっさりと兜を弾き飛ばせた。その風貌からついやってしまったが、デュラハンにとって兜などどうでも良いという当たり前のことに気づく。動きを止めてしまった隙を突かれて、防御している腕の側に強烈な蹴りを喰らってしまった。
身をかがめそうになりながら、なんとかこらえる。その間も敵から目は離さない。頭上から肘を振り下ろされたので、肩から地面に突っ込み前転する。肘撃ちすべき対象を失った敵は、よろめいてしまっていた。
前転しながら素早く立ち上がると、今度は鎧の肩甲骨の辺りを殴打する。鎧がひしゃげて、片腕の動きが鈍るのがわかった。それでも敵はもう一方の腕で片手剣を振るう。身をよじって躱そうとするが、下から上へ振り上げられた片手剣の切先がかすめる。
肩口から血しぶきを上げながら舌打ちをする。今のは明確なミスだった。躱そうとせずに、前に出て腕を止めれば切られなかったと思う。だが不思議と冷静だった。わかっていることは、早めに決着をつけた方が良いということ。
痛む肩を抑えながら少し距離を取る。お互いに片腕が使いにくくなっているが、血を流してしまっているので俺の方が分が悪い。敵も体勢を整えてたので、その隙に使えない片腕の籠手が邪魔なので脱ぎ捨てる。
今度は自分から仕掛ける。ダッシュで近づき、懐に飛び込んだ。敵の膝に足を乗せ、そのまま体を駆け上がるように登っていく。曲芸のように肩に乗り、兜がなく、頭も元々ない所めがけて拳を思い切り振り下ろした。
肉を抉る。余りの気持ち悪さに途中で力を抜いてしまう。隙ができてしまい、足を掴まれて投げ飛ばされてしまった。空中で体勢を整えながら着地には成功する。敵はまだ戦う気のようで、フラフラと近付きながら片手剣を振り上げている。とどめを刺さないといけないとわかってはいたが、動き出せないでいた。
「おい、とっととやれ。」
デンメスから指示が飛んでくるが、一歩を踏み出すことができない。
「もういいじゃない。勝ったんだから。」
「いや、ダメだ。最後までやるんだ。」
ルーサさんは擁護してくれたが、全否定されている。今回ばかりはデンメスが正しいと思った。そもそもの目的がとどめを刺すことというのもそうだが、ここで引き下がるともう戻れない気がする。でも足を動かせなかった。
「今からやる。ちょっと待ってくれ。」
大声で宣言する。そんなことしなくても聞こえる距離だったが、自分に言い聞かせるために声を張り上げた。深呼吸し、覚悟を決める。敵はもうフラフラで隙だらけだったので、思い切り飛び上がり、先ほどと同じ所に再び拳を振り下ろす。
今度は最後まで力を抜いたりしなかった。敵の動きが完全に止まるのを確認するまで攻撃をやめない。そして、完全に沈黙するのを確認した。
とても気分が悪い。出血のせいでもあるが、一番の理由でないことはわかっていた。肉をえぐる感覚、デュラハンが脈動する感覚、徐々に動かなくなっていく感覚、振り下ろした拳で感じたものがずっと残っている。
「トキヒサ、座りなさい。すぐに血を止めるから。」
いつの間にか隣に来ていたルーサさんに座るように言われる。言われるがままに座ると、すぐに怪我の治療が始まった。なんとなくデュラハンの死体を見ていると、エイコムが近付いていき後始末を始めていた。
「まっ、悪くはねぇな。」
それだけ言うとデンメスは興味がなくなったようでどこかへ歩いて行ってしまった。怪我はそこまで深くなかったようで、もう治りきっている。でも立ち上がる気になれなかった。
「気分はどう?」
「最悪だね。」
恐怖の克服という事だったが、これは恐怖なのだろうか。戸惑ってしまったのが怖かったからと言えなくもないとは思った。だが、それよりも単純な気分の悪さが勝っていた。もう1つの籠手を外し、大の字になりながら仰向けに寝転がる。相変わらずの曇り空で、雨の降る気配はなかったが晴れる気配もなかった。




