トキヒサの憂鬱とトキヒサの鍛錬
「ねぇ、大丈夫なの?」
エイコムは残ることになったので、ココアさんと2人で泊まっている家に帰ることにした。わかっていたことだったが、2人になった途端に問いただされる。心配の原因は、1人で魔王と挑もうとしていることなのか、それともデンメスの話を聞いたからなのか。
「ごめん。大丈夫とは言えないんだ。」
「そう、なんだね。」
歩きながら隣の様子を伺うと、俯いて何も言い出せないといった様子だった。言いたくても言い出せないことがたくさんあるという雰囲気をしている。きっと無謀な事はやめて欲しいと思ってくれているのだろう。巨人の加護すら断るほどの決意があると知ったので、どう話せばいいのかわからなくなっていると思った。
「黙っていたのは悪かったよ。テルペリオンは俺にとって恩人だから、最期の頼みはちゃんと叶えてやりたいんだ。」
「うん、それは良いと思う。でも心配だよ。」
ココアさんは立ち止まり、俺の目をジッと見ながら答えた。目を逸らすことができず、かと言って返答することもできず、立ち尽くしてしまう。しばらくして、やっと出てきた言葉はただのわがままでしかなかった。
「ただ頼みを叶えてやりたいだけじゃないんだ。俺は、今まで他人の力だけで戦ってきたから、やり直したいんだ。自分の力だけで戦いたいんだ。」
「それは、気にしなくてもいいんじゃない?デンメスさんも言っていたよ。魔力を上手に扱えるのは立派な能力だって。そもそもみんな魔源樹から力を借りているだけだって。」
その魔力を扱う能力ですら借り物なんだと、危うく答えそうになってしまった。まだ魔源樹の真実を伝えていないと思い出して踏みとどまる。どう伝えるべきか決めていなかったので、またしばらく沈黙してしまった。
「もう、決めたことなんだ。」
自分でもヒドイ回答だと思う。碌に理由も言わずに撥ね退けているだけなのだから。でも話せるのは、今はこれだけだ。にもかかわらず、ココアさんが怒っているように見えないのが不思議だった。
「実はね、アリシアさんは好きにさせてやりたいって言っていたんだ。私は、まだそんなに時久君の事をわかっていないから、そこは大事にしようと思っていたんだけど。なんだか、どうしたらいいかわからないよ。」
混乱しているようで、ココアさんはまた俯いてしまう。アリシアが心配しているのを期待していたが、思っていたのとは違ったようだった。だが嬉しいことには変わりはない。
「そうだったんだね。心配かけることになるとは思っていた。思った上でこうしていたんだ。」
「なんとなくわかってる。でも危ないんでしょ?」
否定はできない。ルーサさんと同じように、大人しく引き下がる雰囲気ではなかった。だから説得するというより、とにかく押し切ることにする。
「勝手に決めたのは悪いと思ってるよ。でもやりたいんだ。無謀な事をして、死にに行くつもりはないからさ。」
「うん。」
納得してくれたかはわからなかった。でもこれ以上話せることがない。あまりよくないとは思いつつも、帰り道をまた歩き出そうとした。
「ちょっと待って。」
呼び止められたので、振り返る。どうすればいいのかはわからなかった。
「私はね、時久君がやろうとしている事は良い事だと思うんだ。だから反対するとかじゃなくて、でも心配で。」
気持ちを裏切るような事をしたくないのは俺も同じだった。だからこそ言いたい事はすごくわかる。
「ありがとう。そんなに心配しなくてもさ、大丈夫だから。」
「うん。」
きっと、伝えたい事はお互いに伝えられたんだろう。そう信じて一緒に家へ帰って行った。
「さーて。最初に言っておくがな、お前に拒否権はないからな。」
明くる日、デンメスに呼ばれたので行ってみると指をさされながら宣言される。昨日、どういう話をしていたのかわからなかった。後ろを見ると、心なしかルーサさんは元気がないように見えて気になってしまう。
「えーっと、それより聞きたいことが、」
「ダメだ、そんな時間はねぇ。説明するから座れ。」
何があったのか聞こうと思ったが、デンメスに遮られてしまう。あとでちゃんと確認しようと思いながら、大人しく座ることにした。
「よーし。これから、俺が指導することになった。ビシバシいくからな。」
話が見えるような見えないようなものだった。エイコムに鍛え直してもらっていたが、今後はデンメスがやってくれることになったのだろう。どうしてそうなったのかはわからなかった。
「よ、よろしく。鍛えてくれるのは嬉しいんだけどさ、どうしてそうなったんだ?」
「文句あるのか。」
「そうじゃなくて、巨人が人間を鍛えたりするのか?」
巨人の特徴は、たしか横暴だった。なのに人を指導するなんて事をするのか疑わしい。
「うるせぇな。黙って従えばいいんだよ。」
前言撤回。とても巨人らしい態度だった。




