ガーダンとの模擬戦とガーダンの考え
闘技場でエイコムと向き合う。闘技場には訓練用のかかしがたくさんあり、いつも大勢が汗を流している様子が想像できる。だが今は俺達以外誰もいない。
「準備はいいですか?」
「いつでもいいよ。」
エイコムは1mくらいの木の棒を下段に構えている。槍のように扱っていて、本物と対峙しているような威圧感を感じる。いつもどおり徒手のまま構えると棒の先端が下から鋭く突き出された。
後ろに仰け反りながら下がる。エイコムは棒をさらに頭の上で棒を1回転させながら踏み込んでくる。右から棒が振るわれ、頭を狙われる。右腕でガードすると、衝撃で体がよろめいてしまう。素早く棒を引き戻したエイコムに、続けて右足を狙われる。
さらに後ろに飛び下がる。空を切った棒は、そのまま上段に構えられる。脳天に思い切り振り下ろされたので、両手をクロスしながら頭上に構え受け切った。その後のエイコムの動きは無い。
「ここまでにしましょうか。」
エイコムは棒に加えていた力をゆっくりと緩めながら下がっていった。痛む腕、特に右腕を気にしながら戦いを振り返る。以前よりはマシになったような気もするが、防戦一方となってしまったと思う。終わったのを見計らって近付いてくるルーサさんを目の端で確認しながらエイコムに質問してみる。
「どうだった?」
「どうといいますか、一体何があったんですか?」
ガーダンが他人に質問をするのは珍しい。近くまで来ていたルーサさんも少し驚いているようだった。何があったのか一言で説明するのは難しく、どこから説明すればいいか迷っていると、ルーサさんが助け舟を出してくれた。
「あまり詳しくは話せないのよ。とてもプライベートな事情だから。」
「そうでしたか。」
「どうすればいいと思う?」
「少々、お待ちください。」
エイコムは腕を組んで考え込んでしまう。ここまで回答に困るガーダンを見るのは初めてだった。ルーサさんが腕の治療をしようとするのを断りながら返事を待つ。しばらくすると、おもむろにエイコムが見解を述べ出した。
「ほとんど、精神的なものが原因だと思います。先ほどの動きですが、失礼ながら反撃の意思が感じられないといいますか、攻撃を受ける事を過剰に嫌っているように感じました。」
「以前のトキヒサは違ったって事?」
「はい。攻守一体の洗練された動きでした。先程の動きは、守りに重きを置き過ぎています。」
要するにビビっているだけと言われた気がした。アレンの様にはなれないということなのか、単に臆病風に吹かれているだけなのか。
「元に戻れるのかしら?」
「なんとも言えません。戦う上で攻撃に対する恐怖心というものは誰しもが持っているものです。一度克服すれば、そうそう戻らないものでして、それが戻ってしまったのをどうにかできるかと聞かれますと。」
そこまでいうと口ごもってしまっていた。恐怖の克服と言われてもピンと来ない。きっとアレンが修行の成果として魂に刻んでいたもので、この体には継承されていないのだろう。話を聞くに元に戻すのは難しいらしいが、幸いなことにトキヒサの魂は元々克服できていないことだから問題ないかもしれない。
「なんというかさ、恐怖が戻ったというより、克服する前の状態に戻っちゃったって感じなんだよね。だから、本当の意味で一から克服するとしたらできると思う?」
「はぁ。それでしたら可能かと。運動能力自体は衰えていないようですので、比較的早く克服できると思われます。」
運動能力は変わっていないのか。右腕を見ると内出血していて、打撲痕となっている。初めてエイコムと出会った時も手合わせをお願いしたが、こんな状態にはならなかった。そう考えると運動能力自体も衰えてしまっているのではと考えてしまう。
「これを見てもそう思う?」
打撲痕を見せながら尋ねると、エイコムは首をかしげる。ルーサさんは心配そうに見ていたが、気にしないようにした。
「失礼ながら、正面から受ければそうなるかと。受けきる事自体は出来ていましたので、能力としては衰えていないと判断しました。鍛錬も続けておられるのではないですか?」
そう言われたが、正直に言うと鍛錬を怠っていた。昔から戦闘をした日はやっていなかったが、最近は毎日やっていない。とはいえ長老の村に初めて来た時くらいだからなので、本当につい最近ではある。
「エイコムと初めてあった時から鍛錬はサボり気味なんだよね。」
「左様ですか?そのような印象はありませんでしたが。であれば、鍛錬を再開すれば勘を取り戻せるかもしれません。」
いまいち話が伝わり切っていないようにも思えるが、鍛錬を再開すること自体は賛同できる。というよりも、真っ先に再開すべきことだったかもしれない。無言のブレスレットを眺めながら、テルペリオンに教わった鍛錬方法と鍛錬の日々を思い出した。




