トキヒサの帰り道とトキヒサの進む道
雨は降りやまず、その中を独りで立っている。テルペリオンは行ってしまった。もう帰ることもなく、話すこともできず、共に戦うこともできない。魔王の城は跡形もなく全壊して、周囲は銀色の丸いドームに覆われていた。
「3ヶ月か。」
最期の会話を思い出す。きっとあのドームは3ヶ月で消えてしまうのだろう。友の名残をもっと見ていたいとも思うが、そんな時間は無い。形見のブレスレットを触りながら、やるべきことを思い起こし、気持ちを奮い立たせる。
「後は任せてくれ。」
決意を言葉にして魔王の城を後にする。雨のせいで歩きにくくなっていたが、足取りが重いのはそのせいではない気がした。それでも歩き続ける。一刻も早くこの事を伝えなければと考えながら。テルペリオンが作ってくれた猶予を、無駄にしないために。
歩いて、歩いて、歩き続ける。来る時は一瞬だった道のり、いや、ただ運ばれていただけの道のりを帰る。こんなに歩いたのはいつ以来だろうか?こんなに帰り道を長く感じるのはいつ以来だろうか。
相変わらず降り止まない雨の中を、1つの光が近づいてくる。小さな、でも力強く暖かい紫の光。雨避けとなっているその光は、真っ直ぐにこちらに向かって来る。特に危険も感じなかった。むしろ、早く会いたいと思い、歩みを速くする。その光がルーサさんのものだと、近づくにつれて確信していく。
「どうしたのよトキヒサ、ずぶ濡れじゃない。」
俺の事を光で包む事で雨避けになりながら、暖かい風で服を乾かしてくれる。その間、立ち止まってしまった。なんと言えばいいのか、どこから話せばいいのかわからず、自分から話し出すことができないでいた。
「テルペリオンはどこ?あのドームは何?」
一通り服が乾くと、ルーサさんから質問される。振り返ると、銀のドームが後ろの方に見えた。テルペリオンを思い出してしまう。もう十分に泣いたはずなのに、また涙が溢れてきてしまう。
「ちょ、ちょっと。どうしたのよ。」
「あれが、あのドームがテルペリオンなんだ。」
涙を拭いながら、ドームの方を指差しながら伝える。直接ドームを見ないようにしていた。また、涙が止まらなくなる気がしたから。拭い終わりルーサさんを見ると、ドームと俺を見比べながら困惑しているようだった。
「何があったの?」
「それは、負けたんだ。一度は逃げる事が出来たんだけど、テルペリオンは放っておくわけにはいかないって。それで。」
それで。この言葉の先を口にする事ができなかった。ふさわしい言葉がわからなかったのか、それとも単に言いたくなかっただけなのか、いずれにしても黙り込んでしまう。でも、その様子を見てルーサさんは全てを察してくれたようだった。
「わかった。もういいわ。話を聞いて飛んできたんだけど、まさかこんな事に。」
ルーサさんも、その後の言葉が思い浮かばないようだった。俺の様子を見て気を使ってしまっているのか、今度はルーサさんが黙り込んでしまった。いつもならテルペリオンが話を進めてくれるタイミングだが、もう手助けは無い。だから、俺が話を進めなければ、伝えなきゃいけないことがあるのだから。
「ルーサさん。あのドームだけど、3ヶ月ぐらいで無くなるんだ。」
「3ヶ月?」
「そう。一時的に動きを止めているだけで、3ヶ月は大丈夫って事だった。前後するかもしれないけど。」
伝え終えると、ルーサさんは顎に手を当てて考え込んでしまった。その様子を見ていると、何故かこの旅の始まりを思い出す。これで最後になるかもしれないと予感していた。魔源樹の正体次第で、テルペリオンとお別れになってしまうかもと予感していた。正体を知って、この体のことを知って、予感が外れたと思っていたのに、また一緒に旅ができると思っていたのに、それは叶わなかった。
「トキヒサ、話はわかったわ。とりあえず村に戻りましょ。あとはゆっくりしてちょうだい。」
ゆっくりか。でもテルペリオンにあとを頼むと言われたんだ。あんまり、じっとしているわけにはいかないよな。
「ねぇ、ルーサさん。これからどうなるの?」
「どうって?」
「魔王の事、どうするのかなと。」
「魔王?」
そうか、魔王と名乗っている事を言っていなかったな。詳しく話そうとしたんだけど、ルーサさんに止められてしまった。長くなるのなら、しっかりと休めるところで聞きたいらしい。なので、また長老の村に向かって歩き始める。ルーサさんが雨避けをしてくれているからか、幾分か歩みは早くなる。
「あっ、ちょっと待って。すぐにエルフが迎えに来るから、別に歩かなくても大丈夫よ。」
「そうか。でも、早く戻りたいんだ。」
単にじっとしていられないだけだ。ルーサさんは心配そうにこちらを見てくるけど、気にしないようにする。テルペリオンの犠牲に報いるために、歩みを止めたくないから。




