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死にゆく時代と死にゆくドラゴン

 「どうするんだよ、その翼。」

 「問題ない。」

 そんなわけないだろ。翼の半分以上が溶けて無くなっているじゃないか。

 「まぁいいや。とにかく逃げることはできそうだし、一旦戻ろう。」

 「・・・。」

 返事がない。翼が無いから、逃げるのも難しいと考えているのだろうか。

 「やっぱり翼が無いと厳しいか。」

 「いや、そうではない。」

 テルペリオンは頭を降ろし、乱暴に俺を振り落としてくる。

 「痛いな。そうじゃないって、どういう意味だ?」

 「トキヒサ、私はここで逃げるわけにはいかない。お別れだ。」

 何を言っているんだ?何を言っているのか、全然わからん。

 「まだ、戦うのか?その翼で。なら、それなら俺も一緒に、」

 「ダメだ。トキヒサ、後の事は頼む。」

 首を曲げてこちらを正面から見つめてくる。後の事ってなんだよ。頼まれたって、俺1人でどうしろと。

 「ちょっと待ってくれ。俺は、テルペリオンと一緒に、」

 「いや、待たん。トキヒサ、よく聞くんだ。アキシギルに初めて来た後、どんな理不尽にも耐えたのは良いことだ。だが、時には勇気を出して抗うことも必要になる。私に挑んだ事は、勇敢というよりただの無謀でしかない。他者を信用しきれず、ずっと臆病に生きていたな。それが気がかりで、どうにかならないかと考えた事もある。だが、もう大丈夫だ。私の事を、周りの事を信頼できるようになったのだから。」

 お別れと聞いて混乱している。混乱しているはずなのに、何故かテルペリオンの言葉は心に突き刺さってくる。俺の事をジッと見てきていて、その目から顔を背けられない。一言一句、聞き漏らすまいと身構えてしまう。

 「わかった。言いたいことはわかった。でも、別にテルペリオンが死ななくてもいいじゃないか。」

 「そういうわけにはいかん。あれは放っておけば取り返しのつかないことになる。勝てはしないだろう。だが、一時的に動きを止める事は出来る。この身を犠牲にすれば、3ヵ月ほどだがな。」

 なんだよそれ。もうそこまで覚悟しているのか。俺は、またテルペリオンと一緒に旅をするのが楽しみだったっていうのに。

 「アキシギルの事、教えてくれるんじゃなかったのか。アレンの魂を探しながら、教えてくれるって言ったじゃないか。」

 「そうだな、すまん。約束は破らせてもらう。魔王か、時代の転換点となるのは間違いないだろう。私はな、アキシギル第七紀と共に生まれ、七紀と共に生きてきた。故に、七紀と散るのも悪くない。」

 違うって、そうじゃなくて。別にアキシギルの歴史を知りたいわけじゃない。俺は、ただ、

 「ちょっと待ってくれ。」

 「いいとも。」

 言ってることはわかるんだ。テルペリオンの考えも、覚悟も、それが必要な理由も、全て理解できている。でも受け入れられない。でも受け入れなきゃいけない。受け入れて、伝えなきゃいけない。言いたいことはいくらでもあるんだ。伝えたいことはたくさんある。でも上手く言葉にできない。1つの言葉しか思い浮かばない。

 「テルペリオン、ありがとう。」

 「ああ。私も、最期の時をトキヒサと過ごせて楽しかった。感謝する。」

 「俺も同じだ。全部、なにもかも、同じ気持ちだ。」

 涙をグッとこらえる。これで最期なんだから、全てを見なきゃいけない、全てを見ていたい。テルペリオンは天を仰ぎ力強く咆哮する。ドラゴンの、本物の咆哮が轟く。それは、覚悟の証のようにも、最期の慟哭のようにも聞こえる。咆哮を終えると、テルペリオンは再度こちらを向く。

 「さらばだ。」


 テルペリオン。銀の鱗を持つ赫々たるドラゴン。屈強な尾は数多の敵を薙ぎ払い、強靭な両脚は地面を穿ち、脈動する胴体には無尽の魔力が潜在し、鋭利なかぎ爪は全てを切り裂く。片翼となった翼は、何度となく敵を排除し友を守った。そして1つの時代を見守った両目には、アキシギルの叡智が宿っていた。

 空が黒い雲に覆われていく。真昼というのに薄暗い。テルペリオンの片脚が地面に食い込み、地響きと共に一歩踏み出した。一歩、また一歩と、地響きは大きくなり、魔王へ向かい加速していく。翼を大きく広げ、尾を真っすぐに伸ばし、前傾姿勢になり、前だけを見て。鱗が輝く、銀色に輝く。薄暗い天気において、眩しすぎるくらいに輝いていく。失われているはずの片翼も、銀色のオーラに包まれ、その姿を取り戻している。

 両翼を取り戻し、飛翔を始める。高度が上がっていき、それと共に銀色の輝きも増していく。翼が上下に大きく動いている。テルペリオンの影が小さくなっていく。轟音が鳴り響き、そして一段と輝きが増していく。空も大地も、銀色に染まっていく。

 あまりに眩しすぎて、もう何も見えない。全てを見たかったのに、これで最期なのに。こらえていた涙が溢れてくる。唯一わかるのは、テルペリオンが地面に降りていくことだけ。轟音が地響きに変わっていく。

 爆風に飛ばされそうになるのをこらえ、そして地響きが終わり、轟音が止まり、銀色の輝きが失われた。残ったのは静寂。その中でただ1人立ちすくみ、テルペリオンが輝いていた空を見ながら呆然とし、声を上げて泣いてしまう。この10年で、こんなに泣いたことはなかった。どれくらい泣き続けたのか、全くわからなかった。そして涙を拭って気付く、まだ銀の鱗のブレスレットをしていたことに。テルペリオンと話すためのもの、共に戦うためのもの。でも、もう動くことはない。もう、話をすることは出来ない。

 泣き止んでいたはずなのに、また涙があふれてきてブレスレットに濡れてしまう。袖で涙を拭う。でもブレスレットはますます濡れていく。雨が降ってきた。激しい雨が降りやまなかった。


5章【終】


挿絵(By みてみん)

 お読みいただきありがとうございます。

これにて5章は終了となり、最終章が開始となります。


 ずっと、お伝えしている事なのですが、

本作品は私の好きなように書かせていただいています。

 にも関わらず、ここまでお付き合いいただきありがとうございます。

ぜひ最後まで、お楽しみいただければ幸いです。


 さて、5章投稿中も☆☆☆☆☆の評価と、

ブックマークが順調に増えてきており大変うれしく思います。


 今後ともよろしくお願いします。


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