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時久の魂とアレンの魂

 「トキヒサ、大丈夫か。」

 「あ、ああ。」

 さっきも同じことを言われた気がするけど、全く意味が違って聞こえるな。

 「混乱しているといったところか。」

 「まぁな、何を忘れたのかわからない。町の名前とかは覚えてるし。」

 生まれた場所とか、育った場所とか、その辺の名前は覚えているからな。それ以上は思い出せないけど、子供の頃に何をしていたのかなんてパッと思い出せるものなのか?

 「うーむ、そうだな。生まれた場所は成長した後も確認することは何度もある事だ。トキヒサが忘れてしまっているのは、もっと人格に影響を与えているようなものだ。」

 「例えば?」

 「具体的には、どのように育てられたかだ。」

 そんなこと言われてもな。確かに忘れてはいるけど、覚えていないのが普通じゃないか?

 「それを忘れていたとして、どうなるんだ?」

 「深層心理に影響が出る。おそらく、今のトキヒサの深層心理はアレンのものだ。」

 つまり、俺が無意識に選択している行動は、時久の意思じゃなくてアレンの意思によるものって言っているのか。一体どこまでだ?

 「ちょっと待ってくれ。それって戦い方とか、魔法の使い方の事か?」

 「まさしく。だがな、」

 そこまで言ってテルペリオンは口ごもってしまったけど、どうしたんだ?いつもならそんなことはないのに。

 「どうした?」

 「やはり、考えないようにしているようだな。」

 どういう意味だ?情報が多すぎてわからなくなっちゃっている感じはするけど。

 「大事な事だ。お前には転移者を代表して全てを理解してもらいたい。」

 「お、おう。いきなりだな。」

 大げさな気もするんだけど、本当に真剣な面持ちなんだよな。俺が何を理解できていないって言うんだ?

 「酷な事だ、特にお前にとってはな。だが、お前なら乗り切れられるだろうし、お前にしか乗り切れない。その体で、既に10年も生きてきたお前でなければな。」

 「わかったから、もったいぶるのはもうやめてくれ。」

 「そうだったな。端的に言えばな、恋心というものは深層心理から湧き出てくるものだ。」

 ・・・は?今なんて言った?恋心って。

 「おい、それって。」

 「事の重大さが理解できたか?」

 「ああ。」

 無意識に戦い方がわかったり、無意識に魔法の使い方がわかったり、そんな良いことだけじゃなかったって事か。

 「なんの練習もしないで魔法が使えるなんて、そんな都合のいい話は無いってことか。」

 「魔法については例外だ。人間が無意識に魔法を使う事はできん。訓練が必要になる。アレンを人間に戻した目的は、魔力の供給先を作ることと、子孫を産ませることだ。始めから魔法を使えるようにすることで魔力の供給先を確保したかったのだろう。同じ論理で、生殖機能も問題ないはずだ。」

 「そりゃどうも。」

 何もうれしくないけどな。女神の贈り物ならぬ魔源樹の贈り物って事なんだろうが。

 「俺は、アレンなのか?」

 「何とも言えんな。少なくとも、今その体を動かしている魂はトキヒサのものだ。体に刻み込まれた深層心理はアレンのものだがな。」

 それって二重人格じゃないのか?実は2人でこの体を共有しているとか。

 「アレンの魂はどこに行ったんだ?この体の中?」

 「正確な事はわからん、後でエルフに調べてもらう事だな。だが、私は少なくともその体の中には無いと考えている。」

 「どうして?」

 「この10年のトキヒサを1番理解しているのは私だ。そして私はアレンの事も知っている。お前はアレンではない。どこか面影があり、懐かしく感じる事はあるがな。それでもお前の行動はアレンの、もっと言えばこの世界の住人のものではない。」

 それなら、まぁ説得力があるな。俺が考えないようにしているって、こういう意味だったのか。無意識に自分の深層心理が別人のものという事から目を背けてしまっていたんだな。時久の無意識なのか、アレンの無意識なのかはわからないけど。

 「なんだか、驚きよりも納得している気持ちの方が大きいな。」

 こっちに来ていきなり格闘技が出来るようになった事、何故か魔法が使える事、来る前と大きく変わったらしい性格。全部アレンのもので俺のものじゃないんだとしたら、全部理解できる。魔法は例外らしいけど。

 「テルペリオン。」

 「なんだ?」

 「どこまでがアレンの気持ちで、どこからがトキヒサの気持ちなんだ?」

 テルペリオンと出会えて嬉しかった事、パトリックと遊んで楽しかった事、アリシアを愛した事。全て俺の、時久の気持ちだと思っていた。でもそうじゃないとしたら、本当はアレンの無意識なのだとしたら、トキヒサの本当の気持ちはわからない。

 「悪いが、それはわからん。わかるとしたら同じ境遇の者達だけだ。」

 「ああ、だから、みんなに話すべきか俺が決めなきゃいけないのか。」

 「そうなる。」

 ははは。覚悟しろとか大げさかと思っていたけど、全然大げさじゃないな。

 「すまん。しばらく1人にしてくれ。」

 「もちろんだとも。だがここではな長老の村へ戻るぞ。」

 テルペリオンに運ばれながら思う。今まで、どうして疑問に思わなかったんだろうな。格闘技なんてやったことなかったのに、体が勝手に動く事。魔法を教えてもらったことが無いのに、使える事。心のどこかで都合よく考えていたんだろうな、異世界なんだからこんなもんなんだろうって。まさか、俺が俺でなくなっていたなんてな。


挿絵(By みてみん)

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