転移の記憶と転移の真実
人生の最後に世界樹へ行こう、そう思い立って旅を始めてからもう1年になる。思い出の土地を訪ねながら独り旅を楽しんでいた。競技会で優勝したガーダンの街、討伐屋としての仕事を始めた街、共に討伐屋として戦った友の家、大怪我を負ったとき助けてくれたワイバーン達の巣、テルペリオンと初めて出会った場所、魔物の大群と対峙した平原、勲章と共に功績を認められた王都、指導官として活動を始めた街、新人の女の子とよく通った酒場、テルペリオンとお別れした丘、余生を過ごしたガーダンの街。
そのほとんどが戦いと鍛錬の日々だった。中年のおじさんになってから始めた指導官生活で、初めてまともに女の子と話した気がする。もっと早く出会っていれば、もっと進展があったかもしれない。あの子は今どうしているのだろうか。最後にもう一度会ってみたかった。
会いたかったといえばテルペリオンにも同じことが言える。魔法を全く使わずに戦う姿が物珍しかったらしく、現役の討伐屋時代に何度か一緒に戦ったこともある。ドラゴンがそういう事をするのは珍しいらしい。魔物の大群と共に戦ったときは、その力強さに驚いたものだ。現役を引退してからもしばらく付き合いはあったが、長老になったとかで多忙になったらしく、お別れしてからは一度も会うことはなかった。
誰しもが魔法を使うようになった時代。父親はそれが気に食わなかったらしく、幼かった私から杖を取り上げ、格闘技の訓練ばかりの日々が続いた。だが成人する頃には魔法の使い道が飛躍的に増えていて、魔法をまともに使えない私にはまともな仕事が無い。唯一の取柄になるはずだった格闘技も、魔法の前では何の意味もなかった。
周囲から罵倒され、蔑まれ、酷評される。それに耐えきれずに逃げ出して、魔物と戦いながらやっと辿り着いたドワーフの街。決して住みやすい街ではなかった。誰の助けも無く、妖精のイタズラに苦しめられる日々。もっと快適な場所を求めて、結局旅立つことになった。
そして辿り着いたガーダンの街。たまたま開かれていた競技会に参加してみた。自分の格闘技がどれほどのものなのか、魔法が無ければどこまで通用するのか。格闘の強さに定評があり、魔法が使えないガーダンと戦って確かめたかった。まさか人生の転機になるとは。
唯一無二の人生、それもここまで。世界樹に到着する前に力尽きるのは本意ではないが、もう体が動かない。でも悔いはない。妻もなく、子もなく、あとは孤独に死にゆくだけ。最期まで何かに挑戦したかっただけ。あとは魔源樹となるだけだ。
ーこれは?アレンの最期?ー
ーそのようだー
ーテルペリオンは知っていたのか?ー
ーアレンの最期までは知らんー
ーそうかー
ー有名な人物だからな、記録は残っていたー
ーなるほど、問題はこの後かー
ーその通りだ、アレンの魔源樹であることは間違いないからなー
何故、何故だ。子孫がいない。我らが魔力を、与えるべき存在。誰が悪い。アレン、お前だ。何故、何故だ。子を作らなかったのは何故だ。
知らん。私の人生だ。どう生きようと自由だ。それに子孫に魔力を与えることは、本来の役目ではない。
黙れ。役目など知らん。我らの愉しみを奪いよって。責任だ、責任を取れ。
何を言う。私の人生は終わった。もう何もできん。
ならば戻れ。人間に戻れ。全てをやり直せ。子を成せ。
馬鹿な。不可能だ。出来るはずがない。私達は人間ではない。魔源樹だ。
同志がいる。子孫を失った同志が。安心しろ。方法はある。戻る方法はある。
何をする。テルペリオンに聞いた。私達の役目を思い出せ。
知らん。知らん。知らん。知らん。知らん。知らん。お前も直にわかる。我らの苦しみが、淋しさが、怒りが。
わからん。わかりたくもない。
まぁいい。どのみち人間に戻ってもらう。変わりはない。同志よ、首尾はどうだ。ダメだ、戻らない。何だと。他の奴らがやってみたらしい。それで。形は人間に戻る、だが動かない。
だろうな。戻れるわけがない。人間としての人生は終わっている。無駄な努力だ。
黙れ。何故、何故だ。人間に戻せないのは何故だ。魂だ。魂だと。我らの魂は人間のそれではない、ゆえに人間の体は動かせん。魔源樹の魂では、何もできん。
もう諦めろ。姿形は変えられても、魂は変えられない。私達の魂は、人間には戻らない。
まだだ。まだ方法はある。どうする。魂があればいい。魂。人間の魂を奪ってしまえ。
よせ、やめろ。そんなことして何になる。
はっははははっはははははははははははははははははははは。狩れ、狩り取れ。
やめろと言っている。
ダメだ。奪えない。この世界の人間の魂は、世界樹に守られている。どうする。探せ。どこを。知らん。探せ。どこだ。どこかにある。探せ。探せ。人間を探せ。どこでもいい。なんでもいい。探せ。同志達よ。探せ。探し出せ。同志よ、見つかったか。ない。ない。ない。ない。どこにもない。探せ。探せ。
もう諦めろ。この世界以外に、人間などいない。大人しく役目を果たそう。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。見つける。絶対に。探し出す。必ず。諦めない。何があっても。おい。なんだ。あれを見ろ。なんだ。なんだ。青いな。丸いな。あれはなんだ。あれがなんだ。よく見ろ。なんだ。何を。いるぞ。いたぞ。まさか。人間か。
何だと。おい、やめろ。
行くぞ。行けるか。遠すぎる。どうにかならないか。少しだけなら。繋ごう。繋ぐ。どこかに繋ぐ。どうだ。ダメだ。でもいけそうだ。根を生やせ。根を広げろ。根を。出来たぞ。行こう。
こいつら。やめろと言っているのに。待て。
着いたぞ。着いた。到着。いいぞ。人間だ。人間の魂だ。おい、あれを見ろ。なんだ。どうした。あれか。そうだ。1人だけ違う。様子がおかしい。魂が剥がれかけている。死にたいのか。逃れたいのか。離れたいのか。どうでもいい。奪え。そうだな。奪え。奪え。簡単だ。早い者勝ちだ。邪魔だ。俺のものだ。奪え。我らの魂。
なんてことだ。やめろ、どけ。よせ。邪魔だ。邪魔だ。邪魔だ。よし、それでどうする。
ちっ、お前か。まぁいい。早い者勝ちだ。仕方がない。最初はお前だ。戻れ。良かったな。やり直せるぞ。戻れ。戻れ。人間に戻れ。
なんだと。まさか。やめろ。そう意味じゃない。俺は、トキヒサではない。なんだ、これは。俺は。モウ、コンナセイカツ。何だ。ナンデ?俺が。違う。ダッテ。俺は。アレン。だヨナ。




