記憶を遡ると記憶が無くて
「なぁアリシア、巨人って何がしたいんだ?」
「何って?」
「いや、人間を貰ってどうしたいのかなと。」
「特に意味は無いっていうか、巨人様は自分の思い通りにしたいだけだから。」
なんだそれ?ずいぶん迷惑な話だな。上位種族って、少なからず厄介な事をしてくるよな。
「長老って、アリシアが俺の妻だと知ったら、あっさり引き下がったと思うんだけど。」
「そうね。クレアさんに夫がいればこんなことにはならないんだけど。」
まぁ、パトリックとあんな事になった直後だし、夫もなにもないよな。
「アリシアさん。このことをパトリックさんは知っているのでしょうか?」
「わからない。・・・けど、知っていてもおかしくない。」
アイツの事だから、クレアさんの動向を確認していても不思議ではないよな。
「パトリックさん、大丈夫でしょうか?」
「それは、ショックは受けていると思いますよ。」
「あのあの。アリシアさん、巨人様のって断れないんですか?」
カノンさん、それは難しいというより、誰も考えもしないだろうな。どうにも上位種族に対する敬意というか優先度がすごく高いからな。
「そう。みんなはそう思うのね。・・・断るという発想すらないわ。」
「なぁ時久、巨人って強いのか?」
「え?戦ったことないけど、ドラゴンと同じくらい強いらしいよ。」
「マコトさん?いくらなんでも巨人様を相手にするのは、ちょっと。」
「あっ、そういう意味ではなくて、パトリック殿下って話を聞くに巨人に挑みに行きそうだなと。」
「いえ、それは流石に無い、と思いますけど。」
いや、パトリックならやりかねんな。後先考えない所あるからな、まぁ男同士の時しかそういう一面を見せないからアリシアはわからないだろうけど。
「とにかく、パトリックに会いにいくか。最初から行く予定だったんだし。」
異論は、特に無いみたいだな。問題は、本当に巨人に挑みに行ってしまっていた時にどうするかだけど。あとでテルペリオンに相談するかな。
「と、いうわけだ。」
「何かと思えば、そんなことより転移者の正体を知る方が重要であろう。」
そんなことよりって、まぁテルペリオンからしてみればクレアさんの動向なんて興味ないか。
「そう言わないでさ、協力してくれない?」
「協力?私はいつでも協力しているではないか。」
「わかってるよ、そんなことは。」
「まぁいい。では私にも協力してもらおうか。」
「なに?」
「転移者は詠唱魔法が使えるようだからな、記憶をさかのぼってもらう。」
「さかのぼる?転移前の記憶を見るってこと?」
「そういうことだ。私も共に行く。」
「・・・それって、危ないの?」
「1人でやるのは勧めん。」
ああ、だからみんなにはやらせないのね。詳しく聞くと、1人でやると戻ってこれなくなるかもしれないけど、リンクしながらなら問題ないらしい。テルペリオンにとっては他人の記憶だから、現実と混同する事が無いかららしい。そういうことなら、というかそもそもテルペリオンは信頼しているし、早速さかのぼってみようかな。
「では行くか。」
テルペリオンに教えてもらった詠唱魔法を発動すると、景色が次々と移り変わっていく。気が付くと、目の前にあったのは最初の3人が破壊した魔源樹。
ーここはー
ー3ヶ月前だなー
ーみたいだね・・・もしかして、これも事故だったのかなー
ーさてな、そうであったとしても結果は変わらんー
ーそうだなー
ーここに用はないー
ーわかってるー
もっと昔の記憶を見ないといけないからね。あんまり楽しい思い出でもないしな。
「トキヒサ、もう帰るのか?」
「え?もうワイバーンとは遊びつくしたろ。パトリック皇太子殿下は帰らなくてもいいので?」
「その呼び方はやめろって。」
「はいはい。」
「俺はもう少し残るよ。」
「そうか?迷子になるなよ。」
「ならねぇって。じゃぁな。」
ーあと少しで1年になるのかー
ーどうした?ここにも用はないだろー
ーいや、すごく懐かしいなとー
ーただ遊んでいただけではないかー
ーそれが良いんだよ。・・・行こうかー
そういえば、この頃にはもうクレアさんとはできていたんだろうな。この後にヨシエ委員長と会ったんだろうけど、いつ決意したんだろうな。ん?あれはアリシアか。
「どうしたんですか?こんな端っこで。」
「あっ、これはトキヒサ様。私はこういう場は不慣れなものでして。」
「ふーん。・・・俺もなんだ、こっそり抜け出しちゃわない?」
「えぇっ、でも。」
「大丈夫だって。行こう。」
ーふー、ちょっと強引だけど、これで2人きりになれるな。王宮で話した時から気になっていたんだけど、この貴族のよくわからないパーティ会場のどこにもいないし、ずっと探していたらー
ートキヒサ、トキヒサー
ーん?だれだ?ー
ーしっかりしろ。私だー
ーテルペリオンかー
ーそうだー
ー・・・行こうー
アリシアと出会った頃って、こんなんだったか?ちょっと強引どころじゃないぞどころじゃないぞ。よく嫌われなかったな。
「なんだ?人間か。」
「はぁ、今度はドラゴンか。」
「ん?なんだ、その構えは。」
「知らねーよ。こうすればいいんだろ。」
「フラフラではないか。・・・いいだろう、面白そうだ。」
ーこっちはな、わけもわからず森の中で目覚めて、いきなり牢屋送りで、俺が一体何をした?ー
ーおい、トキヒサー
ーうるせぇ、こうなったら最後までやってやろうじゃないか、ドラゴンだろうが何だろうがー
ートキヒサ、記憶に引きずられるなー
ー記憶だと?ー
ーそうだー
ー・・・いや、でもー
ー私とは長い付き合いであろ?ー
ー長い、テルペリオンと?ー
ーそうだ、私はドラゴンではない、テルペリオンだー
ーテルペリオン、かー
ー進むぞ、もうすぐだ、おそらくなー
ー・・・そうだなー
テルペリオンと出会った10年前ってこんな感じだったんだな。そういえば、この後2人でたくさんの難題に挑んでいったっけ。後先考えないで、なんでも挑戦していたっけ。それに比べて今は、・・・いや、後で考えよう。今はやることがある。
ーここは?ー
ー森だなー
ーそれはわかるけどー
ー覚えていないのか?最初に着いた森であろ?ー
ーそう言われてもねー
とはいえ、なんとなくどっちに行けばいいかはわかるかな。たしかこっちの方に、おっあったあった。
ーここか?ー
ーあぁ、あの木はよく覚えている。ー
ーふむー
ーこっちだー
最初に着いた、というか起きた場所はここからそんなに離れていない。そこから転移前の記憶まで遡れる、と思ったんだけどね。
ーあれ?ー
ー無いなー
ー無いって?ー
ー記憶がないー
ーは?ー
ー・・・戻ろうー
ーいや、でも、ー
ーこの先には何もない、戻ろうー
ーああー
何もないって、どういうことだ?




