魔源樹の体と魔源樹の力
風が頬をなでる。土埃が混じっているのがわかり、長老の村に、アキシギルの現実に戻ってきたのがわかった。
「トキヒサ、大丈夫なの?気分は?」
耳元でルーサさんの声が聞こえてくる。少しは警戒すると思っていたが、そんな風には聞こえなかった。それどころか、俺の肩に座ってくつろいでいる。
「ああ、無事に戻ってきたよ。ルーサさんは怖がったりしないんだね。」
「いまさら何言ってるの。まぁ、無事で何よりね。」
そう言うと肩から飛び立ち、近くを浮かんでいる。そんな様子を見ながら違和感に気づいた。いつもより羽ばたきがゆっくりに感じる。俺は手を握りしめ、また開いた。何度かそれを繰り返し感覚を確かめ、また周囲を見渡し感覚を確かめる。アレンの心がもう無くなってしまったことを自覚する。
理由はわからないが、自分の体がどうなっているのかはよくわかった。アレンの魂が完全に魔源樹の魂となったことで、この体もより魔源樹に近いものに変わったようだ。目が見えないわけではないが、視覚中心ではなく五感すべてで周囲を認識していた。
あらためて、この体が時久の者ではないと実感するが、不思議と悪い気はしない。他の魔源樹とのつながりを強く感じる。今までに感じたことはないが嫌な感じはしない。
「ねぇ、本当に大丈夫なの?トキヒサなのよね。」
ルーサさんが疑うような目になっている。生まれて初めての感覚で、感じるものすべてが新鮮に思えたので、つい周りを観察してしまっていた。そんな姿を見て、乗っ取られているのではと思ったのだろう。
「心配いらないよ。アレンの心は、もう無くなってしまったから。」
「え?」
アレンに教えてもらったことと、彼の最後を話すとルーサさんは神妙な顔をしていた。話すか迷ったが、種族名を勇者にしてはどうかと言われたことも一緒に話す。こそばゆく感じる呼ばれ方ではあるが、アレンの形見のような気がしていた。
形見で思い出す。大事にしまっていたブレスレットを取り出し眺めた。何も喋ってくれないが、テルペリオンはどう思うのだろうか。何か言ってくれないかと、あるはずもないことを期待してしまい、案の定裏切られる。
「それ、まだ持ってたのね。」
「まぁね。ちょっと頼みがあるんだけど。」
「何?」
「これから魔王と戦いに行くから。上位種族に見届けて欲しいんだよね。」
ブレスレットをしまいながら頼みごとをする。ルーサさんは初め猛反対したが、事情を話すと納得してくれた。俺が戦わないといけないという点に納得したのか、それとも魔源樹の力で戦えるから問題ないという点に納得したのかはわからない。
「勇者ね。まぁ、魔源樹が考えたのなら反対する理由もない。」
ルーサさんが連れてきたのはエルフの里長とデンメスだった。アレンとの会話をルーサさんに話したよりも詳しく話すと、最初に言われたことが勇者という呼び方についてだった。
「あの、それよりも戦いに行っても良いのでしょうか。」
「ふぅむ。勇者も、魔王も、人間の近縁種といったところか。それで、人間の問題は人間で解決したいという事だな。反対する理由はない。むしろ、お前が戦わなかったら我らエルフが人間を管理したかもしれんな。魔源樹を管理するために。」
「ちょっと、物騒なこと言わないでよね。」
微妙に思っていたニュアンスと違うように伝わった気もするが、戦いの許可が出るのであれば問題ない。ただ、俺達だけではなくて、人間そのものを管理しようという発想をしていることを怖いと思ってしまった。
「デンメスはどうなの?」
「俺か?いいんじゃねぇか。てか、最初から1人で戦わせるつもりだったが?」
「あなたねぇ。」
ルーサさんがデンメスを睨みつけている。あのまま訓練を続けた場合、アレンに会うこともなく魔王と戦うことになっていたかもしれないと思うと背筋が凍った。
「決まりだな。ドラゴンは、まぁ気にする必要はない。奴らも気にしないだろうからな。」
「そう、なんですか。」
「心配するこたねぇ。むしろ1人で挑んだって聞いたら喜ぶぜ。」
ドラゴンが同席していないことは気になっていたが、問題ないと言われれば何も言うことはない。ただ、テルペリオンの同族に会えないのは残念に思う。
「んなことより、いつ戦うんだ?今すぐか?」
「それなんですが、手合わせお願いできませんか?まだ魔源樹の力に慣れていないもので。」
「あ?魔法が使えるようになっただけじぁねぇのか?」
「ええ、まぁ似たようなものなんですが、魔力を使える魔源樹の量が膨大なのと、世界樹からも力を借りれるようでして。」
厳密にはそれだけでは無くて、魔源樹そのものが人間の形で活動しているのだが、ややこしくなりそうなので後で説明することにした。
「はーん。よくわからんが面白そうだし、やろうじゃねぇか。」
そしてデンメスと模擬戦をした。ここで手こずったら魔王戦も不安と思ったが、心配無用のようだ。なにせ使いきれない量の魔力があって、むしろ怖くなってしまうくらいだった。




