トキヒサの決意とアレンの決意
「なんでしょうか?」
もう話は終わったはずだった。少なくとも、伝えたいことは伝えてある。一体何かと目を開くと、アレンは変わらず佇んでいた。
「君には、行き過ぎた力になるがな。」
「え、えーっと。」
何の話なのかわからない、はずなのだが。聞くのが恐ろしい気もするが、心のどこかで何かを期待してしまった。期待してはいけないとも思うが。
「我らの力を預けよう。それなら魔王にも対抗できるはずだ。」
「それは。」
昔なら二つ返事で喜んだであろう提案だった。でも、今それを言われると微妙な気持ちになってしまう。何と答えようか、もっと言えば提案を受け入れるべきか思い悩んでいると、その様子を見たアレンは驚いているようだった。
「どうした?願ってもないことのはずだが?」
「いえ、以前の俺なら、手放して喜んだと思うんですが。」
「ん?」
テルペリオンに力を貸してもらい、今までずっと戦ってきたことを説明した。他者の力に頼りきって戦ってきて、自分の力で戦ってこなかったことも正直に話す。アレンは静かに話を聞いてくれた。
「つまり、借り物の力で戦ってきたことを恥じているのだな。」
「はい。」
それだけ確認するとアレンは何かを考えるようにゆっくりと枝を揺らしている。その力を使えれば、魔王とも戦えるというのはわかっている。でもそれは、また同じことを繰り返すだけに思えてしまった。
「君は、自分の何が良くなかったと思っているんだい?」
「それは。」
「もし、力を借りていること自体を良くないと思っているのなら考え直した方がいい。そんなことを言ったら、アキシギルの民はどうなる?人間は魔源樹から、上位種族は世界樹から力を得ている。本当の意味で自分の力だけで戦っている者などいない。」
アレンの言うことを理解はできたが、頭の隅に引っかかるところがあった。魔源樹から力を得ているというのは魔法の事だろうが、アレンは魔法なしで戦っていたのだから。
「アレンさんは、自分の力だけで戦ったのではないのですか?」
「私か?そうだな、父は魔法を毛嫌いしていたからな。しかし、だからこそ私は負けたのだよ。1人では勝てなかった。人の力を借りることは悪いことではない、使い方さえ間違えなければね。君なら問題ないと判断した、ただそれだけのことだ。」
褒められていることは嬉しい。それでも、どうしても腑に落ちない。俺に、どうするか決断する権利があるのだろうか。
「わからないんです。俺が決めていいのか。なんというか、何も変わってない気がするので。」
「どういうことだ?」
どこから説明すればいいのか迷ったが、テルペリオンの最期の言葉を伝えるのが一番速いと思った。なので以前エルフに話したことと同じ内容を話す。俺の事を心配していた事、もう大丈夫だろうと思っていた事、勇気を持てと言われた事。
「なるほどな。テルペリオンの期待に応えられているのか自信を持てないというわけか。」
「え、ええ。そうですね。」
「そんなに戸惑うことではないだろ?君が使ってきた体は私のものだったんだ。思考が似ていてもおかしくあるまい。」
アレンの飲み込みが異様に早いと感じたが、説明されて納得した。深層心理が同じであれば、理解が早くても不思議ではない。
「それでだが、君は十分期待に応えられているんじゃないか?」
「そう、でしょうか。」
「勇気ね。それは、自分で決断し、結果を受け入れる事だ。以前の君は出来なかったかもしれないが、今は出来ているじゃないか。決めていいのかなんて考える必要は無いと思うがね。」
自分では出来ていると思ってはいたが、他人からも認められるのは嬉しものだった。だから、もう悩むのはやめようと思う。
「最後に聞きたいことがあります。アレンさんは、その力を何に使って欲しいのですか?」
「ほう、いい質問だ。やはり、君に託すのは正解のようだな。私、というより我らの同胞の暴走を止めて欲しい。アキシギルに害をなすのは、我らの本意ではない。」
「わかりました。」
であるならばアレン達の力はアキシギルを、魔源樹を守るためだけに使おう。そう心に誓いながら、あらためて向き直り、目の前の1本の木を見据えた。
「みなさんの力、お借りします。」
「そうか、使ってくれるか。頼んだぞ。それともう1つ。」
「何でしょうか?」
「心残りがなくなった。これをもって、私も人の心は手放すことにする。」
何を言っているのか、理解はできるが本当の意味はわからない。心を手放すとどうなるのだろうか。そして、何故それを俺に話したのだろうか。
「それを、どうして?」
「いやなに、私にも決断の時が来たと思ってな。気にすることはない。本来あるべき姿になるだけだ、純粋な魔源樹の魂にな。今話したのは、少なからず君の体にも変化があるはずだからだ。」
「は、はい。」
「なにも心配することはない。悪いようにはならんよ。」
自分の事を心配しているというより、どこか寂しく感じてしまっていた。出会ったばかりなのに、とても親近感が湧いてくる。同じ体の持ち主なのだから、当然かもしれないが。
「わかりました。ありがとうございます。」
「ふむ、ではな。今度こそお別れだ。」
遠くに見えていた星の光が暗くなっていく。視界が暗くなっていき、アレンの姿も見えなくなっていく。来た時とは逆に、押し戻されるような感覚になった。
「そうだ、思いついたことがあるんだが。」
「なんでしょう?」
押し戻される力はどんどん強くなっていく。そんな中でアレンの最後の言葉が聞こえた。その言葉を最後に、アレンの声は聞こえなくなり、姿は見えなくなり、存在を感じられなくなる。
「君たちの種族名だがね。勇気を手に入れた君を称える意味で。勇者、なんてどうだろうか。」




