表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/39

第29章 二枚のドア

 全員が岸長(きしなが)に目を向けていた。(らん)()の推理を聞いている途中で“犯人”を察したのだろう、何人かは、乱場の話が終わるのを待つまでもなく、怯えた目で岸長を凝視していた。


「付け加えますと」乱場は、さらに口を開き、「先ほどの聞き取りで――これまた話がややこしくなるので、事情の説明は後回しにさせていただきますが――()(なか)先生は、自分は八時過ぎ頃の時間帯に、二階の物置の中にいて、そこで、岸長さんが娯楽室に入室する瞬間を目撃した、と証言してくれていました。そのときのことを聞いて、僕は違和感を持ったんです。間中先生は、こう証言してくれました。『岸長さんは、物置から遠い方のドアから入っていった』。

 これはおかしいですよね。物置から見て遠い方のドアというのは、娯楽室の二枚並んだうち、西側のドアを意味します。そして、岸長さんの部屋は、一階の南側、南東の階段の隣に位置しています。その部屋から娯楽室に行くのであれば、当然、部屋のすぐ隣にある南東の階段を上って、僕、(おお)()さん、曽根(そね)さんの部屋前の廊下を歩いて行くのが最短距離となります。そのルートを通った場合、娯楽室に入るために、わざわざ遠い方の西側のドアを選ぶ道理はないはずです。廊下が丁字路に達した位置のすぐそばにある、東側のドアを使うのが普通――当たり前なのではないでしょうか。だというのに、どうして岸長さんは、遠い方の西側ドアから入ったのか。それは言うまでもなく、今、僕の言ったトリックを使ったからです。曽根さんと入れ違いに部屋から出入りするためには、そうするしかありませんからね。……どうですか、曽根さん」


 そこで乱場は、曽根を見た。


「え、ええっ?」


 突然、指名を受け、椅子から飛び上がらん勢いで背筋を伸ばした曽根に、乱場は、


「昨日の夜、岸長さんは、あちらの」と西側ドアを指さして、「ドアから入ってきたのではありませんか? 憶えていらっしゃいますか?」

「……い、言われてみれば」記憶を探るように視線を上向きにしながら、曽根は、「……そう、そうでした。岸長さんは……向こうのドアから入ってきていました。た、たしかに、部屋の配置を考えれば、岸長さんがあのドアから入ってくるというのは、お、おかしいですね。わ、私は、全然気にも留めていませんでしたけれど……」


 ドアを指さしながら、ちらと岸長を窺った。

 その岸長は、身じろぎもせず、表情ひとつ変えもせず、乱場の推理と、さらに、それを補完する曽根の証言を耳にしていたが、


「……ちょっと待ってくれ、乱場くん」笑み――若干作り物めいた微笑――を浮かべて、「今の推理は、どうかと思うな」

「どうか、とは?」


 少しも沈着さを崩さないまま、乱場は問う。


「物理的な面をどうこう言うつもりはないよ……ビニールロープを使って壁を下りるだとか、そもそもビニールロープが犯人の荷重に耐えられるのかとかね。余談だけれど私は、二重にした一般的なビニールロープを使って、八十キロ近いものを吊った経験があるから、紐の耐久性に問題はないと思う。壁を下りるアクロバットだって、三階から二階への、たった一階分程度の距離ならば、訓練を積んでいない人間にでも――殺人の罪から逃れるという強力な動機付けがあれば、なおさら――不可能ではないはずだからね。

 私が言いたいのは、今の乱場くんの推理は、あまりにも恣意的に過ぎるんじゃないかということだよ。具体的に言えば、まるで、まず私が犯人だと最初から決めつけていて、その結果――私が犯人だという答え――を導くためには、どういうトリックが必要なのかを逆算して考えられたもののように聞こえるよ。そうじゃないか? だって、今、乱場くんが披露した推理――ギロチンの刃と繋がった紐を使って、窓から窓へ、資料室から娯楽室への逃走――が実際に成されたのだとしたら、まず、真っ先に疑われるべきは、最初に乱場くんも言ったように、“一番最初に娯楽室に入った人物”と考えるのが自然なんじゃないか?」

「ですが、昨夜、ギロチンの刃が落とされた音がした瞬間、曽根さんはバーカウンターでお酒を飲んでいました。ギロチンの刃と繋がった紐を操作することは不可能です」

「そんなものは、物理トリックで何とかなるんじゃないのかい? タイマー式の何かしらの手段で紐を壁に固定していたとか」

「そうかもしれません。何かしらの物理トリックが用いられていたことを否定する根拠はどこにもありません。ですが、もし、犯人が曽根さんであったなら、昨夜の、あの瞬間――ギロチンの刃が落ちる音がした瞬間、そのことを証言するはずなんじゃありませんか? せっかく物理トリックが、自分が部屋の一番奥、バーカウンターにいるタイミングで作動して、鉄壁のアリバイを確保できたんです。ここぞとばかりに、『自分にも音が聞こえた』と証言するべきですよ」

「乱場くんや、(しお)()さん、それに私が先に証言したから、それで十分だと思ったんだろう」


 俎上に乗せられた曽根は、何か言いたげに口を開きかけたが、岸長に目を合わせられると、射すくめられたように口を閉じてしまった。若干口角を上げ、再び乱場に視線を移した岸長は、


「それに、私が西側のドアから入ったのは確かだけれど、それだって、部屋を出てトイレに寄ってきたからだよ。トイレは一階西側の棟にあるから、そこを経由したとなると、今度は西側のドアから入るほうが近道になるだろう」

「アリバイを伺ったときは、トイレに寄った、などという証言はされていませんでしたが」

「訂正するよ。記憶違いだった」

「……」

「でも、乱場くん、君の推理には無視できないものがある。実際、その手段が使われたのだということを否定する根拠もない。それで、どうだろう、乱場くん。君の推理した犯人の逃走手段によれば、犯人たり得る条件を満たしているのは、一番始めに娯楽室に入ってきた――あくまで本人の証言どおり、こう表現させてもらうよ――曽根さんと、二番目に入ってきた私、この二人に絞られることになると思う。さすがに三番目以降に入室してきた人物を犯人候補とするには無理があるだろうからね。

 問題なのは、その先だ。曽根さんと私、犯人の可能性は双方にあるというのに、娯楽室に侵入して以降、犯人が取った行動についての君の推理は、いくつも選択があるはずなのに、“探偵がこういう推理をしたから、犯人は、真相は、これ”と誘導したものであるように聞こえてしまうよ、私は」

「それは、無理もないかもしれません」

「それと、もうひとつ」岸長は、長い人差し指を立てて、「乱場くんが全然言及しないから、私のほうから言わせてもらいたいことがある」

「なんでしょう」

「“定滑車の問題”だよ」岸長は、ことさら乱場を見据えるように視線をぶつけて、「乱場くんは、もともとは首かせに落ちていたギロチンの刃を、犯人が持ち上げたというけれど、それを行うためには、犯人側にある条件が必要となるね」

「そうですね」

「その条件というのが、さっき言った“定滑車の問題”だよ。昨日、朝霧(あさぎり)さんが解説してくれたように、定滑車でものを持ち上げようとするならば、吊り上げる側――力点側――は、ものが吊られた側――作用点側――以上の重量を有していなければならない。これも朝霧さんが計算してくれた結果を拝借するけれど、作用点側であるギロチンの刃の重量は66キロだった。これを踏まえて、昨日計測した、私と曽根さんの体重を思い出してもらいたい」

「ええ、岸長さんは62キロで、曽根さんは70キロでした」

「さすがの記憶力だね。ということは、力点側が66キロ未満となる私には、ギロチンの刃を引き上げることは不可能ということにならないかい」

「なりません」

「どうして」

「足りない重量は増せばいいだけの話です」

「……どうやって、私が不足分の重量をまかなったというのかな」

「――そこです」


 と乱場は、岸長を指さした。細く白い指先と、妖しい輝きを湛えた双眸に射貫かれたように、岸長は一瞬身じろぎをした。


「岸長さん、あなたが体重を補うためのウエイトとして使ったものが、事件の謎を解く鍵となったのです」

「鍵……だと?」

「ええ。それを僕に教えてくれたのは……()(さか)()さんのイヤリングと、ポンプの音、です」 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ