第27章 殺しの手段
乱場の呼びかけにより、スキーロッジ深雪に滞在する全員が娯楽室に集められた。
乱場、汐見、朝霧の三人が待つ娯楽室へ、出入口を抜け、床に引かれた動線のような、細く長い赤い絨毯を踏みしめながら、ひとり、またひとりと入ってきた滞在者たちは、順次、ソファ、テーブル席を埋めていく。
娯楽室のソファは四つ、テーブル席は六つあるため、合計九人いる滞在者たち全員が座を持てはするのだが、乱場だけはひとり、どの席にもつかず、他の八人を見回せる位置に立っていた。
最後に入室してきたのは間中だった。彼女は、空いている席の中から、前もって聞いていた、乱場が推理によって指摘した“K”をもっとも視界に捕えやすい席を選び、腰を下ろした。それを合図としたように、
「皆さん、突然の呼びかけにも関わらず、集まっていただいて、ありがとうございます」
乱場が挨拶のように一声を発した。
「乱場くん」集められた中で、まず岸長が口を開き、「いったい、これから何が始まるっていうんだい? もしかして……」
「それしかないんじゃないですか?」岸長の言葉を受け取ったのは小坂井だった。「名探偵が関係者全員を集めて、その前に立つ、なんていう状況を考えたら……」
「そ、それは、つまり……」と次に曽根が、「分かったっていうんですか? は、犯人が……」
その言葉をきっかけに、三人の宿泊客、二人の従業員は、部屋にいる自分以外の顔を見回し始めた。
「そ、そうなんですか?」
有賀が、恐怖と怯えの色を湛えたような目で乱場を見る。
駒川は、軽く握った拳を膝の上に乗せ、じっと座ったまま、やはり、乱場に視線を送っていた。
「はい」
数秒ほどの溜めを作ってから、乱場は有賀の質問に答えた。部屋に湧いた、静かなどよめきが去るのを待ってから、乱場は、
「皆さんもご承知のとおり、明日になればここへ警察が到着しますから、本来であれば事件の捜査はすべて、その到着した警察に委ねるべきなのですが、さる事情があって、僕は今、ここで犯人を明らかにしなければなりません。その事情というのは、またあとでお話しします。さて……」
これ以上、質問が挟み込んでくることを回避するように、乱場はテンポよく話し始めた。
「まず、昨日の夜に、犯人が取った行動を追っていくことにします。
午後七時半、夕食が終わると、駒川さんと有賀さんは食事の後片付けのため食堂に残り、僕ら宿泊客はそれぞれ自室に戻りました。殺された大瀬さんもです。そして、犯人は、いったん自室に戻ってから、あるものを用意して大瀬さんの部屋の前へ行きました。そのあるものとは、大瀬さんに三階資料室へ来るよう呼び出す手紙です」
「手紙って」反応したのは小坂井だった。「探偵くん、そんなもの、いったいどこに?」
「もしかして」と岸長が、「大瀬さんの遺体を調べているときに、懐からでも発見した?」
「いえ、大瀬さんの部屋のゴミ箱の中からです」
「部屋のゴミ箱?」曽根も声を上げ、「それって、もしかして……」
「はい。小坂井さんたちがゲレンデへ行っているあいだに、大瀬さんの部屋に入って発見しました。部屋の鍵は、それこそ大瀬さんの遺体から拝借して。勝手なことをして申し訳ないとは思っています。特に、ロッジの管理人である駒川さんには」
乱場が頭を下げると、「まあ、事情が事情ですから……」と駒川は、声色に不承不承というふうを滲ませながら頷いた。
「そ、それで」駒川が言葉を切ると、すかさず有賀が、「その手紙には、差出人は、か、書かれていたんですか?」
「はい、間中先生の名前で」
「――えっ?」
有賀だけでなく、駒川、岸長、小坂井、曽根、合計五人の視線が間中に突き刺さった。
「じゃっ、じゃあ……」
有賀が腰を浮かしかけたが、
「違います。手紙は間中先生が出したものではありません。犯人は、間中先生の名前を騙ったんです。恐らく、ここへ来る車内や昨日のゲレンデでの様子から、大瀬さんは相当な女性好きだと踏み、間中先生の名前を出せば無視することなく、しかも、他の誰にもそのことを教えずに、うまうまと資料室までおびき出すことが出来るだろうと犯人は考えたのでしょう。実際、昨日のゲレンデで、大瀬さんはしきりに女性陣に声をかけていましたが、まともに相手をしていたのは間中先生だけでした。犯人もそれを知っており、だからこそ、間中先生の名を騙ったのだと思われます。まさか、面と向かって手紙を渡すわけにはいきませんので、ドアの隙間から室内に差し入れたのでしょうね。そして、その読みは当たりました。大瀬さんは手紙を見つけると、すぐに資料室に向かいました。ちなみに、手紙には“読み終えたら細かくちぎって捨ててほしい”とも書かれていて、大瀬さんは、その指示にも忠実に従っていました」
それを聞くと、小坂井の口から小さなため息が漏れた。自分も大瀬につきまとわれて迷惑していた立場だったが、そのような、遂行せずとも一向に構わないような指示にもいちいち従ったということに、大瀬自身の女性観がにじみ出ているように思い、複雑な心情を憶えたのかもしれない。
乱場の話は続く。
「途中、誰にも出会うことなく、大瀬さんは資料室に辿り着きました。が、そこに待っていたのは、差出人の名前にあった間中先生ではなく、彼に殺意を抱く犯人だったのです」
「乱場くん」と言葉を挟んだのは、岸長だった。「乱場くんは、その手紙が間中さんを騙ったものだと言うけれど、どうしてそれが分かるんだい? 身内だからという理由で犯人候補から外しているだけだというなら、フェアな推理じゃないと私は思うけれども」
「岸長さんのおっしゃるとおりです。手紙の差出人が間中先生ではないという根拠は、間中先生自身の証言しかありません。ですが、このあとに説明する、大瀬さん殺害……いえ、正確には、犯人が現場から逃走したトリックが明らかになれば、必然、間中先生は犯人ではない――すなわち、手紙の差出人ではない、ということが証明されます。もうしばらくご辛抱下さい」
「分かったよ」
岸長が素直に矛を収めると、「ありがとうございます」と礼を言ってから、乱場は、
「では、改めて……。犯人が、犯行現場として資料室を選んだのは、決して広くないこのロッジ内で、その時間――午後七時半以降、もっとも人が立ち入りそうにない場所だったからでしょう。大瀬さんは、資料室にいたのが間中先生ではないことを訝しんだでしょうが、そのことを詮索する暇もないまま、犯人により胸をひと突きされ、絶命してしまいます。凶器は両刃のナイフのようなものでした。現場に該当する品はなかったため、これは犯人が所持していたものと考えて間違いないでしょう。犯人は、突き立てた凶器をすぐに引き抜きはしませんでした。まだ息があるうちに凶器を抜いてしまうと、傷口から多量の出血が生じ、返り血を浴びてしまう恐れがあるためです。
大瀬さんが完全に絶命し、血液を循環させる心臓の動きが停止したこと――すなわち、返り血を浴びる懸念が解消されたこと――を確認してから、凶器を引き抜き、やるべき作業を終え、現場をあとにしようとした犯人でしたが、資料室を出て、階段を下りようとしたところで、思わぬアクシデントに見舞われてしまいました。気配を察知したのか、あるいは足音を消して階段を下りている途中、踊り場から下を覗いて知ったのかは分かりませんが、犯人は、階段を下りきった二階の廊下に、間中先生の姿を目撃したのです。
もし、そのとき間中先生が、ただ単に廊下を歩いているだけだったというなら、それはアクシデントと呼べるほどのものではなかったでしょう。犯人は、間中先生が歩き去るのを待ってから、階段を下りればいいだけですから。ですが、そのときの間中先生は――これも事情はあとで説明しますが――その場に立ち止まっていたのです。間中先生は一階から階段を上って二階に上がってきた直後で、そのあとの進路を決めかねているところだったのです。廊下を歩いて二階へ進むか、それとも……このまま階段を上って三階へ向かうかを。その逡巡の最中、間中先生は一度、階段に足をかけたといいます。その動作を犯人は目撃したのでしょう。このままではまずいと悟った犯人は、資料室にとんぼ返りします。そうせざるを得ません。とはいえ、資料室へ続く道は、北西の階段一本きりです。犯人は袋小路に追い詰められたも同然に感じたでしょう。ぐずぐずしていたら、間中先生が階段を上りきり、資料室へ入ってきてしまう。そうなったら、大瀬さんの死体が発見されることは免れず、そんな現場に居合わせることなど絶対に避けなければいけません。まあ、実際は間中先生は、二階の廊下を進む選択をして、三階に上がることはなかったのですが、そんなことを犯人は知りようがありませんからね。
ともかく、追い詰められた――と思い込んだ――犯人でしたが、この状況を一気に打破する妙手を思いつきます。袋小路の資料室から脱出し……さらに、結果的には完全なアリバイをも手中に収めることが出来る妙手を。
まず犯人は、資料室の真ん中に鎮座している“塞神式断頭台”、その首かせに落ちた状態となっている、ギロチンの刃を引き上げにかかりました。皆さんご存じのとおり、塞神喜之助が開発したあのギロチンの刃は、繋いでいるロープの先端が環状に結われており、それを台座から突き出たフックに引っかけることで、刃を釣り上げた状態に固定できるようになっています。そうしておいて、次に犯人は、自分が手にかけた大瀬さんの体をギロチン台の上に横たえ、そして、大瀬さんの首を台の真下に置きます。さも、大瀬さんの首がギロチンによって切断されたかのように思わせるためにです」
皆は口々に、はぁっ? という声を漏らした。
「ちょ、ちょっと待って下さい、探偵くん」と代表するように小坂井が、「大瀬さんの首を置く、って、それって、もしかして……」
「そうなんです」乱場は、言葉を投げてきた小坂井だけでなく、その場にいる全員に向かって、「犯人は、大瀬さんを殺害したあと、死体の首を切断したのです」
「切断とは……」と今度は駒川が、「それも、あのギロチンを使ってですか?」
「いえ、そうなると、時間を近くして二度もギロチンの刃が落とされたことになります。昨日の実験でもお分かりのように、資料室でギロチンの刃が落とされたなら、二階にもその音は響いてきます。何かに気を取られたりしていれば気付かない可能性もありますが、二度落として、そのうち一度は数名が気付いたのに、もう一度は誰にも気付かれなかったというのは考えがたいです。それに、あのギロチンの刃を落下させたら、相当な音が鳴り、少なくとも二階にまでは届くだろうことは犯人にも容易に予想できたはずです。せっかく誰にも知られないように大瀬さんを呼び出したというのに、そんな大音量を発してしまうというのは、わざわざ資料室で何かが起きたと皆に知らせるようなものです。ですから犯人は、実際に大瀬さんの首を切断するときには、ギロチン以外の凶器を使用したのです。犯人が持参してきた凶器は、刃渡り十数センチ程度のものでした。そんな長さの刃物で、大人の大瀬さんの首を切断するのは難しいでしょう。犯人が首切断に使用したのは、資料室の展示品にあった刀――八世山田浅右衛門吉亮が実際に使用したといわれる、あの日本刀です」
室内に沈黙が流れた。
「乱場くん……」その沈黙を破って、曽根が口を開いた。「な、なんだって犯人は、すでに殺した人間の首を、さらに切断しようなんて……」
「これは、僕の推測なのですが……犯人には、“間違いなく大瀬さんを殺した――死体にした”という証拠が必要だったのではないでしょうか」
「証拠?」
「ええ、“証拠”です。確かに、心臓にナイフを突き立てることで、犯人は大瀬さんを確実に絶命させました。ですが……第三者の目から見てみると、どうでしょうか。第三者といっても、現場で実際に死体に触れてみれば、それが間違いなく死体であることは判別可能ですが、そうではなく、映像や画像越しでしか、その死体を確認する術がない相手に対してなら、事情が違ってくるのではないでしょうか。ともすれば、特殊メイクや“死体役”の演技で、実際は生きている人間を死んでいると偽る――相手からすれば、騙される――ことも可能なのではないでしょうか。映像や画像でも、“これは間違いなく死体である”ことを証明するためには、特殊メイクでも演技でも再現不可能な、“首を切断する”という古典的な生死判別方法がもっとも効果的なのではないかと思います。つまり、死体の首切断は、“大瀬さんを殺した”ことを証明する証拠として成された行為だったということです。
僕は先ほど、犯人の行動を追っていく話をしたときに、大瀬さんの心臓に突き刺した凶器を引き抜いて、現場を立ち去ろうとしたまでの間に、『やるべき作業を終え』という言葉を挟みました。この『やるべき作業』というのが、大瀬さんの死体から首を切断し、その切断した首と胴体を写真に収め、あるいは、首を切断する一部始終を動画で撮影して送信する、という作業だったのではないかと思います。犯行が行われた時間――恐らく、七時四十分から八時過ぎ――は、まだスマートフォンの電波も健在でしたからね」
「そ、そんな恐ろしいことを、どうして……」
有賀は呟いたが、
「そのことも、あとで説明します」
そう乱場に言われると、震えながら頷いた。




