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第14章 再び現場検証

 (らん)()たち五人は、三階の資料室扉の前に立った。


「開けます……」


 両開き扉の左右の取っ手を、乱場と(しお)()が握り、同時に引き開ける。可動部の摩擦音を廊下に響かせながら、扉はゆっくりと口を広げていった。室内に入った駒川(こまがわ)が電灯のスイッチを入れる。カーテンによって外光を閉ざされていた資料室内が、蛍光灯の明かりで満たされた。

 気温の低下は匂いの発生を抑えるが、それでも室内には消えきらない血の臭いが充満しているように思えた。


「駒川さん、(あり)()さん」乱場は、ロッジ従業員の二人に声をかけ、「この資料室と、隣の給湯室で、何か普段と違っているところや、なくなったものなどないか、確認していただけますか」

「……分かりました」と駒川は、「私はここを調べますので、有賀さんは給湯室を」


 すみません、と有賀はハンカチで鼻を押さえつつ、給湯室へ足速に向かった。彼女には朝霧(あさぎり)が一緒につく。

 乱場と汐見は、棚の中を確認する駒川と一緒に、資料室の中をゆっくりと歩いて行く。

 駒川が足を止めた。ガラス棚の前、その視線は、中に収められている日本刀に置かれていた。


「この刀は」と横から乱場が、「本物なのでしょうか?」

「そう伝えられています。少なくとも、これを蒐集した塞神(さいがみ)()()(すけ)は、八世(やま)()浅右衛門(あさえもん)吉亮(よしふさ)が実際に使用した刀であると、そう信じて疑っていなかったそうですが」

「ああ、そうではなくて……」と乱場は、自分の意味したものとは違う答えが返ってきたことに手を振り、「日本刀として本物なのかな、ということで。つまりですね……」

「これで人を斬れるか、と、そういうことでございますね?」

「ええ」

「斬れますよ。これは正真正銘、本物の日本刀です。当然、登録証も取得しておりますので、ご安心を」

「そうですか。まあ、そうですよね」

「本当に浅右衛門吉亮が使った刀かはどうあれ、美術品としての価値が認められたということです」


 日本においては、“銃砲刀剣類所持等取締法”いわゆる銃刀法により、刃渡り十五センチ以上の刀の所持は禁じられているが、日本刀は美術品として価値があると認められれば所持が許可され、その許可証を発行するのは都道府県の教育委員会となっている。


「ここにある中で、まともに使える日本刀は、これひと振りだけです。刀身が錆び付いたりしているものが数点ございますが。他に、所持に際して許可が必要にあるようなものは置いておりません」

「このギロチンも?」


 乱場は、資料室内でひときわ異彩を放つ――そして、未だ大瀬の首なし死体が乗せられたままの――断頭台を指さした。


「そうですね」駒川も、沈痛な面持ちで天井近くまでそびえるそれを見上げて、「これは、骨董品のような扱いで、警察や教育委員会から何か言われるようなことはありませんでした。まさか、これが何かの犯罪に使われるという想定などしていませんでしたから……」

「いちおう、ギロチンも確認していただけますか?」


 乱場に言われると、はい、と駒川は返事をして、大瀬の死体が残る断頭台へと進んだ。


「……見たところ、特に何も変わったところはないようです」


 駒川は視線を下に落とし、すぐに顔を上げた。ギロチンの真下には、切断された(おお)()の頭部がある。


「これくらい、いいだろ」


 そう言って汐見が、懐からハンカチを取りだした。「そうですね」と乱場が答えると、汐見はその白いハンカチを、そっと大瀬の頭部にかぶせた。

 次に乱場たちは、窓に向かった。


「この窓は、普段から施錠はされていないのですか?」


 カーテンを引き、乱場が上下スライド式の窓を引き上げる。


「ええ、昨夜に現場検証をされたのでしたら、乱場さまもお分かりのこととは思いますが、この窓の鍵は古いスクリュー錠でして、一度、施錠したあとに錆が噛んでしまったのか、ネジが回らなくなってしまったことがあったのです。そのときは油を差して何とか回復させたのですが、それ以来、この窓の施錠はしないことにしたのです。それはこの下の娯楽室も同じです。この壁の窓は建物裏手に面していて、しかも外はすぐ断崖になっていますので、侵入を警戒する必要もないと判断しまして」

「そういうことですか」


 乱場は引き上げた窓から顔を出し、外を見た。ロッジ建物外壁に沿って視線を降ろしていくと、地面と呼べるエリアは外壁からわずか数十センチの幅しかなく、その先はすぐにそそり立つ断崖となっている。断崖が終わる湖の水面までは、昨夜に朝霧も言っていたとおり、今、乱場たちがいる三階から五十メートルは落差があるだろう。乱場が窓から頭を抜いたところに、


「こちらは終わりました」


 朝霧の声が聞こえた。有賀と二人で給湯室から出てきたところだった。


「有賀さんに見てもらいましたが、変わったところや、なくなったものもないということです」


 朝霧が調査の結果を報告した。


「そうですか」それを聞くと、乱場は、「ありがとうございました。現場検証はこのくらいにしましょう」

「では、私たちは昼食の準備をいたしますので。何かございましたら、お申し付け下さい」


 駒川は頭を下げ、有賀とともに扉に向かったが、


「待って下さい。一緒に行動しましょう」


 乱場の言葉で、五人全員で厨房に行くことになった。



 駒川と有賀を厨房に送り届け、自室に戻ると、乱場はすぐに窓際に寄って外を眺めた。カラフルなウェアを着込んだスキーヤー、あるいはスノーボーダーの姿が四つ、白銀のゲレンデを滑走している。


「何もなかったな」と、ベッドにどさりと腰を下ろした汐見は、「結局、あの資料室で行われたのは、犯人が大瀬さんを刺し殺して、死体の首をギロチンで切断したってことだけか。何かがなくなったり、状態が変わったりしているものはなかった」

「私、いちおう、給湯室にあったものを控えましたけれど」


 朝霧は手帳を差し出した。


「さすが、マメだな」


 汐見が覗き込んだページには、給湯室にあったものが逐一書き込まれていた。


「なになに……ウォーターサーバー、紙コップ入れ、補充用紙コップ、詰め替え用水タンク(5リットル)×6個、ガスコンロ、コンロ用ガスボンベ×3、包丁、果物ナイフ、まな板、やかん、鍋、お玉、割り箸数十膳、お椀×2、小皿×5、大皿×2、湯飲み×2、ハサミ、ガムテープ、粘着テープ、ビニールロープ、タオル×4、ぞうきん、バケツ、電気ストーブ、か……凶器になりそうなものは、やっぱりないな」

「そうなんです。大瀬さんの胸を刺した、刃渡り十数センチ程度の両刃の刃物は、やはり見つかりませんでした」

「資料室にも、それに該当するようなものはなかったな。まあ、犯人が用意したもので、犯行後に持ち去ったんだろうな。なあ、乱場、このまま昼食までゲレンデの監視を続けるのか?」


 汐見も手帳から離した視線を、乱場と同じように窓外にやった。


「そうですね。四人から目を離さないのはもちろんですが、いい機会なので、昼食までの間、僕たちで事件について話し合ってみませんか」

「いいですね」と朝霧も汐見の隣に座ると、「せっかくの時間、無為に過ごす手はありませんものね」

「おい、朝霧、椅子が空いてるんだから、お前はそっちに行けよ」

「汐見さんこそ」

「ここに座ったのは私が先だろうが」

「汐見さん、乱場さんが寝たベッドに座るのが目的なんでしょう、いやらしい」

「お前もだろ」

「ええ、そうですとも! えいっ!」


 朝霧はベッドにダイブし、大の字になった。


「あっ! お前!」


 その上に汐見が被さる。


「朝霧、グラウンドの攻防で私に勝てるとでも思ってるのか」

「うわーっ!」


 組んずほぐれつしている間に、汐見は朝霧の脚に自分の脚を絡ませ、脚4の字固めを極めていた。


「ギ、ギブアーップ!」


 朝霧の声に技を解いた汐見は、ベッドの上に仁王立ちになり、


「U陥落! 前田が泣いてるぞ」

「正直、ポカした……。汐見さん、切れましたか……?」

「切れちゃいないよ……って、色々混じってるぞ」

「やめましょう。乱場さんが呆れた目で見ています」

「だな」


 二人は居住まいを正し、ベッドの上に座り直した。

 窓の外を監視できる位置に椅子を持ってきて、二人と対面して座った乱場は、


「まず、この事件で最大の謎となるのは、大瀬さんの死体の首が切断されていたことです」


 汐見、朝霧の二人も真剣な表情になり、その言葉に頷く。


「これって、どう考えても余計ですよね」


 と乱場は続けた。


「胸を刺されて死んでいる大瀬さんの首を、わざわざ斬っても意味ないってことか?」


 汐見が訊くと、


「それもありますが。ギロチンの作動音ですよ。この首斬りを行ったために、犯人は犯行時刻――死体の首を切断した時刻を、これ以上ないピンポイントで、はっきりと、僕たちに知らせることとなってしまいました」

「そうだな。もし、首斬りが行われていなかったら、姿の見えない大瀬さんは早めに寝ちゃったんだろうなってみんな思って、死体発見はもっと遅くなっていたかも」

「ですね」それを受けて朝霧が、「大瀬さんは、おひとり様の宿泊客ですので、朝食の席に姿を見せないという時点で、初めて捜索が行われていたでしょうね。そうなっていたら、死体の変状も進んでいて、死亡推定時刻の幅もより広がっていたかもしれません」

「そうなんです」と再び乱場が、「すでに死体となった被害者の首を切断しただけで、いたずらに刃の落下音を響かせて、犯行――首切断――の時刻を僕たちに明確に知らせてしまった。あのギロチンの一撃がもたらしたものは、それだけです。ギロチンの使用は、犯人にとっては、どう考えても蛇足かつ悪手でしかなかったはずなんです」

「なのに、事実、ギロチンは使われて、死体の首は切断されている……」


 朝霧が言うと、乱場は、


「はい。一見、無意味としか思えないギロチンの使用ですが、それが実際に行われているからには、そこには何かしらの理由があったはずなんです。昨日の昼に僕たちが資料室を見学したとき、ギロチンの刃は首かせの間に落ちた状態になっていました。それが、わざわざ持ち上げられて落とされている以上、何かのアクシデントでギロチンが作動したということはありえません」

「なあ」と今度は汐見が、「ギロチンがどうして使われたのかはさておいてさ、もしかしたら、あの音だけは、犯人にとっても予想してないことだったんじゃないか?」

「あんなに凄まじい音が鳴るとは、思ってもいなかったということですか?」


 朝霧の言葉に、ああ、と頷いた汐見は、


「犯人には、どうしてもギロチンで被害者の首を斬らなければならない理由があって、それを実行した。で、いざギロチンの刃を落としてみたら、自分でも想像もしていなかった大音量が発生してしまった、っていう」

「もし、そうであれば」その考えを受けて、朝霧が、「犯人は、一刻も早く現場を立ち去ろうと思って――実際に、そうしたでしょうね。下階にいる人たちが、その音を耳にして駆けつけてくることは明白ですから」

「ああ、事実、私たちはすぐに資料室に向かったからな」

「でも、私たちが到着したとき、室内には誰もいませんでした」

「その前に逃げたんだ」

「そうは言いますけれど、汐見さん、資料室に駆けつけたあのとき、被害者である大瀬さん以外、このロッジにいる人間全員がそろっていましたよ」

「逃走する途中に、何食わぬ顔をして私たちと合流して、さも一緒に現場へ駆けつける振りをしたんだ」

「古典の不可能犯罪で、そんな手口がありましたね」

「どうだ? 乱場」


 汐見は少年探偵を向いた。その乱場は、


「正直、難しいと思います。昨夜も言いましたけれど、この建物で三階に行くためのルートは北西の階段しかなくって……あれっ?」


 横目で窓外を伺った乱場は椅子から腰を浮かせた。


「どうした?」「なにか?」


 それを見て、汐見と朝霧も立ち上がる。


()(なか)先生と()(さか)()さんが……」

「いなくなった?」


 汐見と朝霧もベッドから腰を浮かせ、窓際に駆け寄った。

※U陥落

 ここでいう「U」とは、プロレス団体、UWFインターナショナル(以下:Uインター)のこと。それまでの古典的なプロレスの試合形式やギミックを排除し、より実践的、格闘技的な戦いを目指していた団体だった。

 1995年10月9日、東京ドームにて、長年の宿敵であった新日本プロレスとUインターによる全面対抗戦が開催された。全八試合が行われ、結果、新日本側の五勝三敗で終わっている。メインイベントでUインターの大将、高田延彦が、脚4の字固めという、Uインターが否定してきた古典的なプロレス技で敗れた衝撃も大きく、多くのファンはUインター側の全面敗北という結果として捉えることとなった。

 ちなみに、「U」という呼び方は、当時新日本の現場監督だった長州力が使っていたもので、新聞や雑誌等を通してファンにも広まった。


※「前田が泣いてるぞ」

 上記対抗戦において、メインイベントで新日本プロレスの武藤敬司に敗れたUインターの高田延彦が控え室へと引き上げる際、観客のひとりが浴びせた言葉で、中継のマイクではっきりと拾われたことから多くのファンに広まった。この「前田」とは、かつて高田の盟友であった前田日明(あきら)のこと。「前田が泣くような無様な試合をしやがって」という想いで発せられたものと考えられる。なお、前田と高田との関わり、確執、因縁などはとてもここには書き切れないので割愛します。


※「正直、ポカした」

 上記対抗戦において、Uインターの選手、垣原賢人(まさひと)と対戦し敗れた新日本の佐々木健介が試合後の会見で発した言葉。ファン、マスコミの間では、キャリア、実績からして健介の勝利は固いとみられており、そのことを健介自身も自覚していたために出てきたものと思われる。


※「切れましたか?」「切れちゃいないよ」

 上記対抗戦において、Uインターの選手、安生洋二を破った長州力と記者との試合後のやりとり。もちろん「切れちゃいないよ」のほうが長州の言葉。

 当時、長州と安生は、それぞれの団体の顔役として積極的に新聞、雑誌面に登場して舌戦を繰り広げていた、仇敵とも言うべき間柄であったことから、リング上でそれまでの鬱憤を晴らすような鬼気迫る強さを見せて勝利した長州に対して、「安生に切れたから、ああいう戦いになったのか?」という意味で記者が尋ねたものと思われる。

 ちなみに、長州のモノマネをするお笑い芸人のギャグとして「切れてないですよ」と変形して一般にも認知された言葉であるが、これは、大のプロレスファンとしても知られる有田哲平氏が、当該の言葉を「長州が丁寧語で話した」と勘違いしたことをきっかけとして広まったもの。実際に長州が言った言葉は「切れちゃいないよ」が正しい。

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