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第11章 道のり

「すみませーん!」


 大きな鞄を抱えた朝霧(あさぎり)が走ってきた。


「遅いぞ、朝霧。もうバスは到着してる。お前待ちだったんだぞ」


 (しお)()の声に、朝霧はもう一度「すみませーん」と答え、ようやく三人に合流した。


「寝坊してしまって……」


 はあはあ、と白い息を吐く朝霧の手から鞄を受け取った運転手の駒川(こまがわ)は、それをマイクロバス側面に開いている荷物入れに移す。


「それじゃあ、全員そろったことだし、出発しましょう」


 ()(なか)の号令で、汐見、(らん)()に朝霧も含めた四人はバスに乗り込み、最後に駒川も運転席に座った。


「スキーロッジ深雪(しんせつ)の管理人を務めております駒川です。よろしくお願いいたします」


 他の三人には自己紹介を済ませている駒川は、朝霧に対して運転席から振り向いて会釈した。


「こちらこそ、よろしくお願いします。すみませんでした、遅れてしまって」


 頭を下げ返した朝霧に、いえいえ、と手を振ると駒川は、


「座席におかけください。発車いたしますので」

「あ、はい……」シートベルトを締めた駒川に、もう一度頭を下げると朝霧は、「――あ! ずるいです汐見さん!」


 乱場と一緒に二人掛け座席に納まっている汐見を指さした。


「ふふ、遅れてきた罰だ」


 勝ち誇った顔で朝霧を見返した汐見は、「朝霧はそこ」と、自分の後方席――間中が座っている隣――を親指で示す。むう、と頬を膨らませつつ、朝霧は不承不承、間中の隣席に腰を下ろした。


「それでは、出発いたします」


 ウインカーを出してマイクロバスを発車させた駒川が、暖房の効いた車内に声を響かせた。


「今日のお客は、私たちだけですか?」


 間中の隣でシートベルトを締めた朝霧が訊くと、


「いえ、道中で他のお客様をピックアップいたします。もう四名様にご予約いただいておりますので」

「わかりました」


 朝霧は車内ぐるりを見回す。あと四人を乗せるだけの座席は十分にある。駒川は、さらに続けて、


「他のお客様のピックアップのお時間と、その都度休憩も挟みますので、ロッジ到着は十時を予定しております」


 現在時刻は午前八時十分。本来であれば、バスは八時ちょうどに会津若松駅を出発する予定だったのだが、十分程度の遅れは休憩時間や走行速度を調整して十分取り戻せる。

 会津若松駅を出たマイクロバスは、国道121号米沢街道を北上し、乱場たち以外の四人の客を拾いながら、山形県との県境に位置する山奥のロッジへと到着する予定だ。

 三十分ほど走ると、駒川はバスを国道沿いのコンビニ駐車場に入れた。コンビニ前には、大きな鞄を二つ、足下に置いている女性が立っている。形状からして、鞄のひとつはスノーボード専用のものらしい。その女性はバスを見ると、鞄を持ち上げて歩み寄ってきた。

 停車させたバスから降りた駒川と二言三言やりとりを済ませ、バスに乗り込んできた女性は、先客の乱場たちに目をやると、ちょこんと頭を下げてきた。乱場たちも同じように返す。女性の鞄を荷物入れに入れた駒川が運転席に戻り、バスを発車させると、


「皆さんは、ご一緒なの?」


 通路を挟み、乱場たちが占める反対側の席に座った女性が声をかけてきた。


「そうです」


 代表して間中が答えると、


「スキー場で女子会ですか。いいですね」


 四人の面々を見て言った。


「あっ、いえ」それを受けた乱場が、「僕、男ですから」

「えっ?」


 女性は、虚を突かれたように目を丸くして、まじまじと乱場の顔を見る。無理もない反応だったといえる。極端な童顔の上に、さらさらのショートヘアを載せ、体つきも小柄で華奢な乱場秀輔(しゅうすけ)は、見たもの十人中十人が「女の子」と思い違いをする容貌をしているためだ。


「……本当?」


 窓際に座る乱場の顔を、もっとよく見ようと、女性は通路に身を乗り出してくる。


「ほ、本当です……」


 突き刺さる女性の視線から逃れようとするように、乱場は俯いた。その隣の通路側の席では、むっとした表情で汐見が女性を睨めつけている。


「ふーん……」乱場の顔と胸部を交互に見ていた女性は、「ふふ、かわいいですね」


 笑みを浮かべると、乗り出していた体を引き、もとのように座席に腰を据えた。女性を睨めつける視線は汐見の他に、後部座席の朝霧と間中のものも加わっていた。


「ごめんなさい。……ええと」

「乱場です、乱場秀輔」

「乱場くん、ですか。ごめんなさいね、乱場くん」

「いえ、慣れてますから……」

「そうでしょうね」女性は、もう一度乱場の顔を見て微笑んでから、「私、()(さか)()加子(かこ)です。おひとりさまの気ままなスノボ旅行」


 女性――小坂井が自己紹介したのを機に、間中、汐見、朝霧の三人も氏名を名乗った。


「高校生と、引率の先生ってところ?」


 小坂井の質問に、「当たりです」と間中が答えると、


「そうですか。でも、乱場くんは高校生にも見えませんね。いいところ中学生って感じです」

「そう言われるのも、慣れてますから……」


 少し口を尖らせて乱場は、車窓に視線を移し、小坂井も外の景色を眺め始めた。


 駒川はハンドルを切り、またマイクロバスを道中にあるコンビニの駐車場に入れた。すると店内から、デイパックを背負ったひとりの男性が出てくる。降車した駒川と会話を交わすと、その男性は荷物を駒川に預け、バスに乗り込んできた。


「こんにちは」車内を見回して頭を提げた男性は、「女性ばかりの中に、失礼します」


 それを聞いた乱場は、再びむっとした表情を見せる。


「窓際のその子、男の子だそうですよ」

「……えっ?」


 小坂井が手で乱場を示すと、男性は先ほどの小坂井と同様に目を丸くさせた。


「いやあ、男の人がいてくれて助かりましたよ。女性ばかりの中に男ひとりじゃ、何かと肩身が狭いですからね」


 乱場たちの前方の席に座った男性は、そう言って笑うと、


岸長(きしなが)光宏(みつひろ)です」


 と頭を下げた。乱場たちも自己紹介を済ませると、運転席に座った駒川が、


「岸長さま、あとのお二人のお客様も男性ですから、男女比は同等となりますよ」

「そうですか」運転席を向いた岸長は、「でも、駒川さんを入れたら、男性のほうが上回りますね」

「ご心配なく。ロッジにもうひとり控えている従業員の(あり)()は女性ですので、やはり男女比はイーブンとなります。なにがご心配なく、なのかは分かりませんが」


 車内に笑い声がこぼれる中、「出発します」と駒川はアクセルを踏んだ。


「岸長さんは、スキーもスノボもお持ちでないようですが?」


 今は荷物入れにあるデイパックの他には、腰にポーチを提げているだけの岸長に、小坂井が訊くと、


「ええ、私、レンタルを利用するつもりですので。というのも、私はスキーもスノボも、どちらも楽しみたいので、さすがにその両方を所持するのは荷物になりすぎますから。それに、私なんかは年に何回もゲレンデには行きませんので、所持するよりはその都度レンタルで済ませた方が安く上がるという事情もあります」

「そういうことですか」


 乱場たちも、スキー、及びスノーボードはロッジでレンタルを利用するつもりでいるため、持ち込んだ荷物は着替えなどの生活用品だけだった。


 六人が、世間話に興じ、また、無言で景色を楽しむことを何度か繰り返していると、バスは国道を西に折れ、喜多方(きたかた)駅前に停車した。


「ここで、最後のお客様お二人をピックアップいたしますので」


 駒川は降車して、バスの出入口前に立った。バスは、車体側面に書かれた“スキーロッジ深雪”という文字が、駅前に佇む人たちによく見えるような角度で停車されている。一分もすると、その文字を見つけたのか、互いに別方向から二人の男性がバスに向かって歩いてきた。二人ともデイパックを背負い、ひとりはスキー、ひとりはスノーボードと分かるケースを担いでいる。


「どうも、どうも」とぺこぺこ頭を下げながらバスに乗り込んできた、ひとり目の男性は、「曽根(そね)(まき)()といいます」


 真っ先に自己紹介してきた。曽根に続き姿を見せた二人目も、「(おお)()竜彦(たつひこ)です」と曽根と同じく名前を名乗ると、車内――特に乱場たちの一角と小坂井に向かって、口角を上げ笑みを浮かべた。

(このときの大瀬の笑みを「いやらしい笑い方だった」と評したのは小坂井で、間中、汐見、朝霧の女性三名もその意見に同意した。すでに大瀬は死亡しているため、その笑みが小坂井の感想どおりの意味が込められたものだったかを知る術は、もはやないが)


 曽根が車内前方の席に座ったのに対し、大瀬は乱場たちの席を通り抜け、小坂井の真後ろの座席を陣取った。

(これを、「女性たちを常に視界に入れておきたいと思っての行動」と見て取ったのは、やはり小坂井だったが、今度は間中たち他の女性陣は、そこまでは分からなかったと意見した。これも大瀬が故人であるため、真意は不明。

 岸長も、「出入口との位置関係から、普通は前方の席に座ってもいいはずなのに、わざわざ後方に移動したというのは、そういう目的があったのでは」と感想を述べ、のちの証言にも出てくるが、曽根も同じことを感じていたという。

 ロッジ到着後のスキー、スノーボードに興じている時間も、大瀬はやたら女性陣に絡む言動を取っていたため、あながち的外れな見方ではなかったのでは、と全員の意見は一致を見ている)


「お二人はお知り合いというわけではないのですね?」


 間中が――前方席に座った曽根のほうに――訊くと、


「ええ」と曽根は振り向いて、「たまたま、ピックアップしてもらう場所が喜多方駅になったというだけでしょう。私はひとりだけでの参加ですよ」


 と答え、後方座席の大瀬も、そのとおりだと返答した。

(本当は二人は既知の間柄だったのだが、何かしらの理由で他人同士を装っていたのでは、という疑問はあるが、これも大瀬が故人のため証明はされない。あくまで曽根の言い分を通しているだけである。が、もしも両者に関係があれば、今後の警察の捜査で明らかにされるはずなので、この場で曽根が嘘をつく意味はない、すなわち曽根の言葉は信用してよいのでは、と乱場は判断した。

 加えて、それを言い始めたら、別々の場所でピックアップされたということと、当人たちの証言だけでは、他のメンバーも赤の他人同士であるという証明にはなり得ないので、この場は各位の証言、つまり乱場たちのグループと、他の四人は互いにこのバスで初めて出会った関係、ということに異論や疑問を挟む必要は――今のところは――ないだろう、とも乱場は判断している)


「それでは、全員そろいましたので、これからまっすぐロッジへ向かいます」曽根と大瀬の荷物をしまい終えて運転席に戻った駒川は、車内の時計を見てから、「予定どおり、十時に到着すると思います」


 アクセルを踏み込み、マイクロバスを発進させた。


 バスは国道を折れて県道に入り、山へと続くさらに狭い道へと進路を進めた。登るにつれ、ただでさえ幅員のない山道は、左右から迫る雪の壁に浸食され、車幅のあるマイクロバスでは対向車とはすれ違い不可能なまでに幅が詰まっていった。


「この道の先はロッジしかありませんので、対向車の心配はご無用です」


 乱場たちの心中を察したかのように、ハンドルをさばく駒川が言った。事件発覚直後に乱場が警察との電話で聞かされたように、この道路が雪崩によって塞がれてしまったことで、スキーロッジ深雪は閉ざされた山荘と化したのだ。

 つづら折りの山道を登ってゆくと、突然に道幅が開けた。


「向こうに見えますのが、スキーロッジ深雪でございます」


 左右に迫っていた雪の壁が開け、フロントガラスの先に一軒の建築物が姿を現した。乱場たちが宿泊する“スキーロッジ深雪”は、三階建ての洋風建築の館で、スキー場ゲレンデのすぐ麓に建っていた。


「リフトもあるんですよね」


 曽根の言葉どおり、ロッジの横には、麓とゲレンデ頂上とを繋ぐリフトが伸びている。


「左様でございます」と駒川は、「この建物がスキーロッジとして営業するにあたり設営されたものです。旧式なうえ、ゲレンデ自体に高低差がないため小型のものですが、問題なく動きますよ」


 話すうちに駒川は、マイクロバスをロッジ脇の車庫に入れた。


「フロントでお部屋の鍵をお渡しいたします。そのときに、もうひとりの従業員の有賀の紹介と、食事などのスケジュールもお話しいたしますので」


 駒川の説明を聞きながら、乱場たちがバスを降りると、


「ああ、もうひとつ」と駒川が皆を呼び止め、「このロッジの裏側は、非常に高い断崖となっておりまして、下は湖です。危険ですので、決して近づかないようお願い申し上げます。いちおう、侵入防止用の柵は張ってございますが」

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