序章 殺人者と断頭台
――首を斬り落とさなければならない……!
殺人者は決断した。足下に横たわる――自らが手にかけたばかりの――死体を見下ろして。
周囲に視線を走らせた殺人者は、ひとつの装置に目を留める。部屋の天井に届かんばかりにそびえ立つ、“人間の首を切断する”という目的のためだけに作られた装置――断頭台。
現在、ギロチンの刃は、受刑者の首を固定する“首かせ”の位置に落とされた状態となっている。目的を達するためには、まず、この刃を断頭台最上部まで引き上げてやる必要がある。見たところ、鋼鉄製のこの刃は、横六十センチ、縦四十センチ程度の寸法を持っている。どれほどの重量になるのか……。ギロチンの刃に繋がれたロープは、断頭台最上部の滑車を通り、後方に伸びている。殺人者はそのロープを掴み、何度か片手で引いてみるが、その程度では刃はびくともせず、一ミリも持ち上げることは出来なかった。
――これは骨だが……やるしかない。
殺人者はギロチンの刃を最上部まで引き上げることに成功した。その、ロープを引くテンションを保ったまま、殺人者は屈み込み、環状になったロープ先端を、断頭台後方の床部分に突き出ているフックに引っかける。殺人者がゆっくりと手を離すと、ロープの遊びの分だけ刃は下降し、刃を宙に引き上げているテンションは、殺人者の手からフックへと受け渡された。古い断頭台だが、作りはしっかりしているようだ。床に設置されているフックは、刃の重量を受け持つに十分な強度を発揮してくれている。が、これがいつまでも保ってくれるとは限らない。それ以前に、殺人者は一刻も早くこの場を離れてしまわなければならない。
――急がなければ。
殺人者は次なる作業に移る。すなわち、断頭台に死体を寝かせる仕事に。
人は死ぬと魂の分だけ軽くなる、などという話を耳にしたことがあるが、それは嘘だと殺人者は思っている。
――どうして死体というものは、こんなにも重く感じる――いや、あきらかに生前に比べて重くなるものなのか。
とはいえ、三メートルほどの高さにまでギロチンの刃を引き上げた作業に比べれば、死体を床から台までの、僅か数十センチ程度の高さに持ち上げるなど、苦労とは言えなかった。台には、“受刑者”の体を拘束するためのベルトも備え付けられているが、屍相手にそんなものを使う必要はない。
すべての準備を終えた殺人者は、ギロチンの刃とフックとを繋ぎ留めているロープを改めて両手で掴む。腰を落とし、出来るだけ重心を床に近づけて、今から刃の重量を自分の膂力のみで支えるための、準備と覚悟を整える。何度かロープを引き、刃の重量を再確認した殺人者は、いよいよ引っかかっているフックからロープを外した。ずしりと刃の重量が、そのまま殺人者の手に、全身にのしかかる。
――あとは、このロープを放すだけだ。
鈍く光る鋼鉄製の刃を、殺人者は見上げ、そして……。