本気じゃない彼女
6月22日の水曜日。
放課後の教室に残り、谷之坂とたわいない雑談に興じていた俺だった。
「高山センセーの八つ当たりって、ほんと最悪だよねー。マジ、やめて欲しくない、カズぅ〜?」
「はは、そうだね。生徒に八つ当たりってのは、いただけないよね……ホントに。そんな話題を延々愚痴ってると、テンション上がんないでしょ。他のこと、話したら、璃奈」
俺は谷之坂の愚痴に苦笑混じりに同調しながら、現在の不機嫌な気分を落とすまいと接した。
「他人事みたいに返すな〜ぁ、カズぅっ!それでも私の親友かぁー、カズはぁっっ?えーぇえッッ?」
彼女が俺の胸ぐらに掴み掛かり、鼻と鼻がぶつかるほどの至近距離まで顔を近づけ、鼻息を荒くしながら問いただしてきた。
周囲の視線が痛い。
「ハァハァ……俺も、谷之坂さんにああやって迫られたいぃっっ!」
「変態は滅びろ……」
教室に残っていたある男子が鼻息荒く、願望を漏らすのが聞こえた。
変態の男子にすかさず、ある女子が非難した。
「どったぁ、カズぅ〜?いつもみたいに返せよぅー、珍しく萎縮してんのかぁ?」
「……えっ、ぁあいや〜そういうんじゃ——悪りぃ、璃奈。クレープ奢るから、機嫌直せって」
俺は胸ぐらを掴んでいる彼女の腕の手首に手を掛け、腕を離すように促した。
「最初からそんな不機嫌じゃないってぇ〜カズっ!いつもの返しが無くて、白けたしぃ……クレープはもちろん奢られますよぅ〜だぁ!覚悟しろよぅ〜カズぅ〜!」
彼女は普段の屈託のない笑顔で、左手のひとさし指を頬の横で指揮棒のようにご機嫌に振っていた。
「はいはい。帰るか、じゃあ……?嘉田瀬に付き合わなくて良いのか、璃奈?」
「帰ろー、カズ〜っ!澪那なら、珍しくSHRが終わってすぐ教室出てったから居ないよ〜」
彼女のサラサラとした茶髪が揺れ、柑橘系の香りを微かに漂ってきた。
俺は彼女に手を取られ、彼女の白く細くて長い五指が自身の指を絡めとり、恋人繋ぎをされたと同時に歩を進み出した彼女に遅れをとった。
変態の願望を漏らした男子と変態の男子を非難した女子の前を通り過ぎて、谷之坂と俺は教室を出ていく。
「なんですぐに返さなかったの、カズ?」
「聞こえてなかったんだ、璃奈には……まあ、周りが気になったからかな」
「なーんそれぇ。カズってば、変なの〜っ!」
俺は今日も今日とて、谷之坂璃奈との変わり映えのしない放課後へと繰り出した。