桃源郷の男
近く村の貧しい少年が、城の西門でひと月に1度行われる汚水槽の清掃作業に紛れ、通行証なしでプリエとの城壁の中へやって来た。
自分の夢を叶えるために…
汚水槽の清掃の様な汚れ仕事は、城の役人たちは人足を集めるのが精一杯で、管理が甘い。
安い人足代で、真冬に重労働をさせることに無理がある。
役人は作業開始時に人足の人数をざっと数えただけだ。
日暮れ時になると、役人は人足代の支払を適当に済ませ、足早に去って行った。
「噂通りだ…これは行ける!」
少年の名前はギュッタ、役人の前を何食わぬ顔をして通り過ぎ、城門の横にある汚水槽の路地から広い道に出てきた。
プリエトの街は隣国の戦乱のため、寂れた感じはしたが、交通の要衝らしく食べ物屋や、旅の道具屋、宿屋がひしめいている。
しかし、彼は一文無しだ、日が暮れると冬の寒さは厳しい。
ギュッタは大通りを眩しく感じ、夕日を背に南に向かう曲がりくねった小路に足が向く、手が悴む、その時である。
紅のジャケットに、白黒の太幅のボトムスを履いた派手な服を着た男が、突然通りの真ん中で歌う様に口上を始めた。
「さぁさ皆の衆。日も暮れた夢を語ろう! 桃源郷のお時間だぜ〜ぃ!!」
ギュッタは呆気に取られ
(なんだ? 派手なオヤジ、顔が豚…獣人か?)
男は、ポカンとしていたギュッタを見つけ、
「よ、お兄さん。ここは誰でも夢を語って酒を傾ける町桃源郷だ、一杯どうかね〜」
「俺、一文なしです。他をあたって下さい」
汚水槽の助号の駄賃を貰ってしまうと、目立って不法侵入などできはしない。
「え? 何金がない、んじゃ俺が奢ってやるよ。さあ、こっちに来な〜」
男に招き入れられた酒場は狭かったが、店内の調度品はよく整えられていた。
「マスター、このお兄さんに蜜蝋酒を一杯! 俺の奢りで。俺にも一杯おくれ〜」
カウンターにいるバーテン風の男は了承したという表情をすると、
棚から酒瓶を取り出し、手際よく酒杯にとろみのある酒を注ぎ込んでギュッタの前に置いた。
「当店蜜蝋パブ、自慢のリキュールです。」
マスターの小耳を見ると尖っている、魔人のようだ。
派手な服を着た男がギュッタに話しかけた。
「飲みな、美味いだろう?で、お兄さんあんたはどんな夢を持っているんだい? 俺の夢は、この町『桃源郷』を夢の語れる、暖かい所にすることさ。で、あんたは?」
「あの、聖魔道士になりたくて…ヴォレイオス山で修行したいけど。歳くっているから、間に合うのかな…」
ヴォレイオス山はメディコリス大陸の民が信仰するグルージヤ神教の本拠地。
グルージヤ神教国という宗教国家があり巨大な修験道が存在する。
聖魔道士とは上級魔道士の中でも最高の称号である。
「家は貧乏、3年前にお袋が病死して親父は飲んだくれ。俺が稼いだ金は全部飲み代…酒がないと暴力も振るう…妹まで女郎屋に売ろうとして、村の恥晒しです」
ギュッタは故郷に残した妹や弟のことを思い出し、酒を飲みながら途切れ途切れ返事をした。
「ほう、それであんな大胆な方法でプリエトに潜入したのかい。ハッハ…!」
「おじさん!! 俺が抜け人だと知って声をかけたのですか!?」
簡単に怠惰な役人を出し抜いたギュッタにとっては、この男の一言は衝撃だった。
「アタ棒よ〜! 俺たちはお兄さんみたいな奴が好きなんだよ。あ、おじさんは禁句だぜ〜」
「済みません! …お名前は?」
「ファイアー・レッドさ、ファイアでいいさ〜」
「はい。ファイアさん、俺はギュッタです。宜しく!」
「んじゃ、良い所を教えてやるぜ〜ぃ、酒は美味かったかい?」
「はい!」
酒の味は、甘露で身体に温もりを感じた。
「ついて来な〜。」
ファイアは店の奥の酒樽置き場にギュッタを誘った。
男が酒樽の一つをポンっと叩くと、酒樽が扉になった。
(凄い…初めて見た。魔導結界!)
「さぁ、夢の扉は自分の手で開けるものさぁ〜」
ギュッタは扉を開いた。
「これは!」
「ギルドだよ、聖魔道士になりたいが金がないんだろう〜? ここで稼ぐのさ! おっと、俺の仕事はここまでさ〜。おさらばだぜ〜!」