第766話 実況外の探検録 Part.36
【1】
今日もまた、縁側に腰掛け、足をプラプラを揺らしている九尾の狐を模したアバターがいる。どうやら姿の主であるサクラは、配信時の場所と同じ場所にいる事にしているようだ。
その身を包むのは、配信時と同様の白地に水色で描かれた金魚の模様の浴衣である。配信中に浮かべていたホームページへの誘導の巻き物も残ったままだし、この実況外の配信でも宣伝の続きを――
「あっ!? 浴衣、着替えようと思ってたのに忘れてました!?」
……宣伝の続きかと思ったが、ただ単に着替え忘れていただけのようである。いやまぁ、別にいいけど……最初でそこを忘れると、実況外のプレイまで宣伝枠に含まれてしまうのはいいのか?
リアルタイムの配信と違って、こっちはダイジェストとはいえ、元々録画が大前提なんだけれども!?
「んー、まぁ別にいいですね! これ、もう貰ったものですし!」
確かに、宣伝に使った浴衣に関しては、サクラに所有権は移っている。だから、普段使いする事も、配信で使う事も問題はない。使用自体には問題はないんだけど……宣伝自体をしたのと同じ日なのが……まぁいいか。今の状況ならば別に違法な訳でもないし、大変な事になる心配はない。
サツキが絡めば、ややこしい事態になる可能性も秘めてはいるものの……それは、単なるキッカケに過ぎないしね。苦労する羽目になるのは、サクラ自身と周囲の人……うん、どういう流れになるか予想が出来ないけど、もしこの機会を狙おうとされた場合は、不用意なサクラの自業自得という事で……。
「さーて、それじゃ今日の実況外のプレイ、開始です! 南の端まで進みつつ、進化ポイントを稼いで、Lv30を目指していきましょう!」
何気にやる事が多いけども、まぁ1つのエリアでの敵のLvの幅が広がっているから、やむを得ない部分ではある。Lv差の分だけ、解放しているスキルやステータスの量が変わってくるから、進化階位が上がるほど、Lv以上に進化ポイントが重要になってくるからね。
だからといって、Lvを蔑ろにしていい訳ではないけども……よほど、同じエリアに留まり続けて、進化ポイントを稼ぎまくる事だけをしなければ大丈夫だろう。
【2】
場面は和室の縁側から切り替わり、磯場に佇むライオンになっている。夕暮れも終わり、夜の帳が下りた磯場は……不気味なほどの暗さだった。
「わー、完全に曇ってますね。星空、全然見えないです……」
残念ながら今の天候は、サクラが呟いたように曇り空。晴れていて月明かりでもあれば、もう少し見やすいのだが……悪天候は時の運。
「まぁ雨が降ってないだけ、マシですね! とりあえず、これらを発動で! 『索敵』『見切り』『弱点分析』『看破』!」
いつものセットを発動していくサクラ。まぁ一度ゲームを終了すれば、どのスキルも使用状態は解除されるので、再発動は重要だ。場所的には『縄張り』を発動したままの場所ではあるが、同様の理由で効果は切れている。
一時的な中断……例えば、配信画面への切り替えなどではモンエボのゲーム内の時間経過は停止になるが、完全に終了した後はそうではない。モンエボを再起動して、長めのスキルの再使用時間をリセットするなんて裏技も存在するが……サクラはそれを知りはしない。まぁ知ったところで、配信中にやるような事でもないが……。
「んー、経験値よりも進化ポイントが目的ですし……よし、これで行きましょう! 『縄張り』『破壊の咆哮』!それじゃ、出発です!」
そうしてサクラは、溜めを始めて駆け出した。あー、近くにいる潮溜まりの敵はスルー? これ、どういう方針で仕留めていく気だ?
【3】
「ふっふっふ! 追い詰めましたよ!」
そんな言葉と共に、ほくそ笑む狐っ娘アバター。そして、サクラの操るライオンの口には、溜めを終えた証の強い光が放たれている。
そのサクラの目に映るのは、『縄張り』の効果で逃げ出した魚達。潮溜まりから潮溜まりへと逃げ……そして、遂に逃げ場を失って、崖の前へと追い込まれている。
「大量にいますね! これは、大漁ですよ!」
サクラという脅威から逃げる事に必死な魚達だったが、その逃げた先は……自身達にとっては、とても不利な場所。中には、サクラがスルーした方向に逃げ延びた個体もいるが……今狙われているのは、逃げられなかった個体達。その数は、27体ほど。
次々と、自ら海水の中から飛び出て、磯場を跳ねて陸を逃げていく魚の群れという異様な光景が広がっている状態だ。
「それじゃ、進化ポイントになってもらいましょう! 破壊の咆哮、いっけー!」
そうして、逃げ場のない魚達に破壊の権化が放たれて……サクラの経験値と進化ポイントへと変わっていく。何気にやり方がエゲツないな!?
「……むぅ、Lv差があると、やっぱり経験値は微妙ですね? でも、魚達は一掃完了です!」
正直、破壊の咆哮の最大までの溜めは必要ない程度なんだけども……そんなのは気にもしていないサクラであった。縄張りまで発動してるから、どう考えてもオーバーキルなんだよなー。
「さーて、まだ縄張りの範囲内ですし、もう1回くらい同じ方法で追い込みましょう! 今度はこれで! 『獅哮衝波』!」
次は1段階目の溜めの完了までしか動けないけども……それでも、縄張りでの強化の範囲内。逃げ場の無くなった魚達を仕留め切るには十分か。
【4】
「……むぅ。流石に、獅哮衝波だと時間制限が面倒ですねー」
2度目の陸に追い込んだ魚達を仕留め終えたサクラの感想は、そんなものだった。いやまぁ、確かに追い込み切る前に1段階目の溜めが終わったから、1度目よりも少ない20体の撃破で終わったけどね。それでも、結構な数だから!
「まぁ結構な進化ポイントになりましたし、そろそろ縄張りも出そうですから、次に行きましょう! 次はこれで! 『放電』!」
まだサクラの移動範囲は縄張りの中であり、破壊の咆哮も再使用時間は過ぎていない。だからこその、溜める放電なのだろう。そろそろ先へ進まなければ、南の端には辿り着かない事も自覚はあるようだ。
「ふふーん! まぁ雑魚でもあれだけの数を倒せばLv30にはなりましたもんねー!」
Lv差による経験値の減少はあるけども、それでも一切の経験値が入らないという訳ではない。あと少しでLvが上がるというところまで経験値は溜まっていたのだから、そりゃあれだけの数を倒せば、Lvも上がるというものだ。
「いっそ、このままLv31や32とかまで上がればいいんですけどねー!」
それを目指すのなら、最初からもっと南に進んでから、同じ手法を使った方が良かったんだけどね!? Lv29を少し下回るくらいの場所の敵でも、あの威力は耐えられないから!?
それならば、同等の進化ポイントを得た上で、もっと大量の経験値を得られてたんだけど……サクラはそれには気付かない。やっぱり、実況外のプレイでは視聴者のツッコミが不在なのは痛いね……。
【5】
「わっ!? わわっ!? ぎゃー!? 放電だけじゃ威力が足りてなかったです!?」
縄張りから出て、最大まで溜まり切っていない放電を潮溜まりに放った事で、その潮溜まりの中からサクラは反撃を受けていた。飛んでくる水や棘を、見切りの反応頼りに回避していく。
縄張りを出たんだし、放電も溜まり切っていなかったのだから……まぁ即死させられなかったのは、そう不思議でもない。ただ単に、火力が落ちているのが原因だしね。むしろ、縄張り内での火力が高過ぎるという表現が正確か。
「あっ! でも、堅牢は上がってるんですから、この程度はどうにかなるはずです! そこの潮溜まりは浅かったですし、これで! 『獅子咆哮』!」
獅子咆哮の溜めを始めると同時に、サクラはその場から動けなくなる。そのサクラに飛んでくる水や棘が当たるけども、『守護増強』の効果も出て、HPの削られ方は大した事はなかった。
「ふっふっふ! その程度の威力、なんて事ありません!」
そう自慢げに宣言するけど……相手も溜め攻撃をしてくる事があるのは忘れないようにね? いくら、堅牢が上がったとはいえ、痛い攻撃なのは間違いないから。
「早く溜まりませんかねー? そうしたら、一網打尽にするんですけど!」
サクラが無事に溜め終わって、そうなればいいんだけどね。あまり油断していると、本当に痛い目を――
「っ!? わっ!? 大量の水!? ぎゃー!? 棘まで!?」
あーあ、複数の溜め攻撃がサクラに直撃して……これは、耐え切れそうにないね。一気に大量の敵を相手にする場合は、こういうリスクが起こるのに……思いっきり油断するから……。
「ちょっと待ってください!? あと一撃でも受けたら……あー!? 死にました!?」
合計3発の溜め攻撃を受けて、サクラのライオンの生命は尽きていった。死因、油断のし過ぎ……だろうなー。順調に何事もなく進んだのは、昨日の実況外のプレイだけだったっぽいね。
「……なんで死んでるんですかねー?」
「そりゃ、油断するからだよ」
「即答過ぎません!?」
「だって、それが事実だし……誤魔化しようがないけども?」
「うぅ!? それは確かに、そうかもしれませんけど!?」
「あ、そうそう。お休み期間について、活動報告に記載してるので、そちらもよろしくお願いします。次話で今の章は最後で、次章は4月8日(火)の予定です」
「お休み期間、ちょっと長めです?」
「元々予定が入るつもりだったんだけど……ちょっとずれ込んじゃって、微妙に予定が狂ってるけどもね」
「そうなんですか!?」
「まぁ書き溜め消費でその辺は対応するつもりだけどね。さて、次回は『第767話 実況外の探検録 Part.37』です。お楽しみに!」
「予定通りにいかない事って、ありますもんねー」




