第616話 実況外の探検録 Part.30
【1】
「すー、はー、すー、はー」
何やら和室に座って、深呼吸をしている様子である。言わずと知れた九尾の狐をモチーフにした銀髪で着物を着て正座をして、サクラが座っている。なぜいきなり深呼吸かは謎であるが……。
「よし、落ち着きました! 昼からちょいちょい顔が暑くなるんですけど、なんでですかねー?」
どうやら昼間の出来事が頭に浮かび、また気恥ずかしさに襲われていたようだ。サクラの青春はこれからである。
まぁまずは自覚するところからだが……経験がない為に、自身の変化に気付けていない状態だ。自覚したからといって、進展があるかも分からないが……。
「うーん、夏風邪でも引いちゃいましたかねー? 体調には気を付けないとです!」
仮に夏風邪だとしても、深呼吸では落ち着いたりはしない。配信の最中では気にしていなかったのに、今こういう状態になっているのは、少し前の兄との会話がきっかけだろう。
それとサツキが色々と暴走していた件の概要が分かった事も影響しているか。あれはあれで、サクラにとってはまだ荷が重い状態である。どちらかというと、そちらの方がまだ自覚はあるか。
「ふぅ……まぁ無理はしないように頑張りましょう!」
これらは可能なら隠しておいた方がいいサクラのリアルでの変化の影響であり、配信を見てる人の殆どには何が起きているかは伝わらない。いや、それでも少しはサクラの変化に気付く者もいるにはいるか。
「しばらく様子を見て、調子が悪いようなら病院に行かないとですねー!」
その患ったばかりの病は、病院では治療は出来ないものだ。サクラがその正体に気付くのは、いつの事になるのか……。
自覚しないまま悪化するか、自覚した上で悪化するか、突き進んで実を結ぶのか、それとも気付かないまま何もなく消え去っていくのか……それはまだ誰も知らない。
「それじゃ、実況外のプレイを始めましょう! 火への適応進化を使ってみたいので、狙うは増幅草か増幅石ですね!」
気を引き締め直して、サクラは力強く宣言していく。うん、まぁ火の適応進化を使ってみたいのなら、別に使ってみるのも悪くはないだろう。
次の配信で成熟体の上限Lv60に到達する可能性があるとしても、増幅系のアイテムの個数に余裕があればやっても問題はない。……手に入ればの話だが。
「さーて、今回は咲夜さんのフラグを気にする必要はないので、採集をどんどんやっていきますねー!」
別に咲夜がいなければ、必ずしも手に入るという訳ではないのだが……まぁどうなるかはサクラの運次第か。でも、こういう時こそ、物欲センサーが大きく動くからなぁー。
【2】
画面は和室から夜の帳が下りた河原へと切り替わる。完全に日は落ち、配信の時とは様相が異なっていた。
「わぁー、完全に日が落ちたら、同じ場所とは思えないですね。まぁ『夜目』のお陰で、ある程度は見えますけど!」
その為のスキルなのだから、当然の事である。『夜目』なしでの夜の活動など、場合によっては暗過ぎて困難になってしまうからだ。
「月も星空も出てて、綺麗ですねー! 増水した川も落ち着いて、河原の石もちゃんと見えてます!」
配信の最後の頃には落ち着いていた雨での増水だが、元々狙っていた河原での石集めはし損ねていた。今はそれを狙える状況にはなっている。
狐っ娘アバターは嬉々とした表情で、ライオンは河原へと向かっていく。デンキウナギを倒した場所からの再開では、河原までは少し距離があったしね。
「さーて、それじゃ河原の石集めをやっていきましょう! 増幅石、出てこーい!」
やる事が単調過ぎて、配信中には雑談を交えなければ見所の無くなる採集を開始である。……雑談すら出来ないこの状況で、何かしらの取れ高はあるのだろうか?
「あっ!? 沢ガニ、発見です! 『放電』『放電』『放電』! あ、早い!?」
いきなり採集した小石の下から沢ガニが出てきて……まぁ咄嗟の攻撃も外れ、逃げ切られたようだ。うん、採集だからって、何もスキルを使ってないしね。
「……むぅ、逃げられました。あ、そういえばこの辺を使っておかないとですね! 『索敵』『見切り』『弱点分析』『看破』!」
いつものスキルのセットの発動を忘れていた事に気付いたようだが、今は『見切り』と『弱点分析』は必要ない。まぁ使っていても問題がある訳ではないので、使っていないよりはいいか。
「……どうせなら、初めから発動しておくのもありですよね? 『放電』! ふっふっふ、これならまた沢ガニが出てきても、即座に狙えます!」
『放電』の溜めを始めたサクラだが……まぁ手段としてはありか。沢ガニに限らず、不意に敵を踏みつける事があるサクラだ。これで自動で迎撃をするのもありだろう。
「さーて、この調子で小石を拾い集めまくりましょう!」
物欲満載のサクラだが……果たして、物欲センサーが発動せず、無事に目的の物が手に入るかどうかが問題だ。
【3】
「うがー! 全然、増幅石が出ないじゃないですか!? もう小石は100個は集めましたよ!?」
そんなサクラの文句が河原に響き渡るが……その声に応える者は誰もいない。
「むぅ……最初に出たっきり、沢ガニも出ませんし! 放電、溜め損じゃないですか!」
採集している中で最大まで溜まった放電だが、放つ相手が近くにおらず、適当に上空へと放っただけで再使用時間となっている。
まぁ川の中に撃ち込むのを避けた結果だが……そういう時こそ、索敵の効果で陸地にいる敵の元へ攻撃に行けばいいだけの話である。それを指摘してくれる人は、今ここにはいないのが問題だが……。
「うーん、石は駄目ですね! あ、そうだ! お米の採集をしましょう! あれが……増幅草になるんですかねー?」
採集部分が実になるので、草という分類とは言い難いところではある。なので、サクラの疑問はもっともなものだ。
基本的に実系統のアイテムは増幅系アイテムには変わらないのだが……サクラはその事を知らない。まぁお米以外にも植物はあちこちに植っているから、そちらから狙っていくのもありではあるが……。
「小石が投擲の弾になるんですし、お米が散弾の弾になるなら、増幅草じゃなくて増幅石になりますかねー? まぁちょっと採集に行ってみましょう!」
いやいや、その理屈はおかしいから! それだとドングリも増幅石に変わるという事になるんだけど……やっぱり、突っ込み不在な実況外のプレイでは、サクラは変な方向へ突っ走っていくものだ。
【4】
河原を離れ、土手の上を走っていくライオン。言わずと知れた、サクラの操作するライオンである。
「お米、お米……あれー? 探すと中々見つかりませんね?」
もう完全に河原での増幅石狙いを諦め、米探しへと切り替えているが……肝心の稲が見つからないでいた。いや、単純に夜になって見分け辛くなってるだけではあるが……。
「お米、どこにあるんですかねー!?」
夜の中で土手の上からでは、サクラがただ単に他の背の高い草との見分けられていないだけの話。実は今も視界の中に見えてはいるのだが、サクラはそれに気付かない。
「……これ、土手の下に降りて探した方がいいんですかねー? でも、この下って地面が柔らかいですし……降りるなら、水への適応進化にした方がいいですよね?」
誰への疑問なのかは不明だが、まぁ下手をすれば脚が埋まる場所もあるので、その方が安全なのは間違いない。だが、その分だけ、宝石系アイテムを使う事になるのは必然である。
「あー!? 河川敷の方にホタルがいますよ、ホタル! わー、綺麗ですね!」
なんだか完全に目的から逸れた内容になっているけども……まぁこれも夜ならではの景色だし、それを堪能していくのは悪い事でもない――
「そういえばホタルも経験値が多いレア個体って聞いた覚えがありますね! ほぼ一般生物みたいですけど、ポツンと『迅速なホタル』が混じってますし、仕留めてしまいましょう! 『獅哮衝波』!」
……ゲームとしては何も間違ってはいないのだが、躊躇なく経験値を狙いに行くサクラであった。うん、サクラにしてはよく、ホタルは経験値が多いレア個体だという要素を覚えていたものだ。
「あ、よく見たら足元にドクダミがありますね。折角なんで、採集して……って、ここで『増幅草』になるんです!?」
そして、完全に本来の目的を忘れていた状態で、出てくるのであった。物欲センサー、仕事をし過ぎである。
「物欲センサー、厄介ですね!」
「まぁあれはねー」
「でも、忘れた頃にポロッと出るのもびっくりですよねー!」
「……そもそもそんなに長時間じゃないのに、なんで忘れてるの?」
「そこは気にしないでいいですよ!」
「いやいや、サクラこそ少しは気にしようか?」
「結果オーライだから、問題ないのです!」
「……まぁそれでもいいけどさ。それにしても……今後のサクラはどうなっていくのやら?」
「え? 私は普通にいつも通りに頑張りますよ?」
「サクラ、もうかなりその『いつも』が変わってきてる自覚はある?」
「……確かに色々変わりはしてますもんね。心構えは変わった気がします!」
「それ以上の自覚は……まだ無しか。さて、どうなっていくのやら?」
「え、それ以上って何ですかねー?」
「さて、次回は『第617話 実況外の探検録 Part.31』です。お楽しみに!」
「何でそこで無視なんですかねー!?」




