第105話 実況外の探検録 Part.5
【5】
サクラは木でのプレイで初めて幼生体の敵を倒し、浮かれまくっていた。心なしか、クマを押し潰す為に切り倒した木によってボロボロになっていた枝葉にも元気が戻っているように見える。
まぁ、ただの時間経過で無意味に必要以上に浮かれていた結果、自然回復しただけの話ではあるが。
「さて、いつまでも浮かれてはいられませんね! それでは木の知恵のスキルツリーの第2段階にある『樹液分泌』を解放していきましょう!」
そう言いながら、サクラはアドバイスとして教えてもらった目的のスキルを解放していく。その可能性自体は自身で気付いていたはずなのに、それを忘れているのはサクラだからであろう。
ちなみに、そのスキルの内容は以下の通りである。なお、サクラはこの説明をまともに読まずに解放を行っていた。
『樹液分泌Lv1』:アクティブスキル
幹から樹液を分泌し、敵を引き寄せる事が出来る。重ねて使えば、効果は累積する。
Lv上昇により、効果範囲の拡大。
「ふふーん、これで解放完了です! 早速使ってみましょう! 『樹液分泌』!」
そうしてサクラは使えるようになったばかりの『樹液分泌』を発動した。それと同時に、木の幹から少しの樹液が分泌され始めていく。
「おぉ、これは特に発動場所の指定とかないんですね! あれ? 再使用時間がないんです? これ、バグですかねー? 『樹液分泌』! これ、本当に発動してます? 『樹液分泌』『樹液分泌』『樹液分泌』! あれー!?」
再使用時間が表示されないのが不思議なのか、何度も樹液分泌を発動していく。その発動をする度に、分泌されている樹液の量が増えていくが、サクラはそれに気付かない。
大体のバグが修正されているゲームのバグを疑う前にスキルの説明欄を読めとツッコミを入れる視聴者もおらず、事態は悪化していく。だが、サクラはまだその状態に気付かない。
「これって、もしかしてそういうスキルの仕様ですかねー? って、あれ!? なんか幹から汁が大量に出てますよ!? って、ちょっと待ってください!?」
ようやくサクラはスキルがちゃんと発動している事に気付く。そして……その結果が何を示すかも、現状を見てようやく把握した。
「ぎゃー!? なんで大量の虫が集まってきてるんですかー!? 虫だけじゃないですね、これ!?」
樹液分泌の効果により、一般生物を含む周囲にいた虫系の種族が多く集まってきていた。苦手な人でなくても、少し直視し辛い量の虫が……。
そして虫だけでなく、それを狙う小動物や、更にそれを狙う大型の種族も続々と集まっている。……まぁシンプルに重ね掛けをし過ぎて、過剰に集めすぎただけだが。
「ぎゃー!? 数が多すぎですよー!? 『葉っぱカッター』!」
流石のサクラも慌てたのか、虫の群れの中へと葉の刃で切り付ける。Lv2になっている葉っぱカッターなので威力は高めで、密集している為に数体のカブトムシやクワガタや他の虫をまとめて倒していく。
その結果としてサクラの木のLvは6に上がり、進化ポイントも新たに5ほど入手する事になった。これで現在の進化ポイントは7となり、大成果と言えるだろう。
ただし、その代償も存在する。これだけの大量の敵を集めて、その中に向けて攻撃すればタダで済むはずがないのである。
「ぎゃー!? ちょっと待ってください!? 死にます!? 死にますからー!?」
そうして、虫系の種族を筆頭に大量にいた敵にサクラの木はあっという間に生命を削られて死んでいくのであった。
【6】
周囲に無残に切り倒された木々もなく、殺意に満ちた大量の敵もおらず、爽やかな風が吹き流れる森の中。
その森の中に、地面から芽が出て急激に成長していく木があった。まぁランダムリスポーンをしてきたサクラである。
「うがー!? なんで木でも盛大に殺されてるんですか!? 樹液分泌って効果があり過ぎなんじゃ……あれー? え、これ、重ねて使えるんです?」
いくらなんでもおかしいと思ったサクラは、ここでようやく樹液分泌のスキルの効果を見る。そして、何が原因なのかを理解した。
「うん、見なかったことにしましょう! あれは私の作戦通りです! ふっふっふ、周囲の木もボロボロになってましたし、気分の一新の為に居場所を変える為にやったのですよ!」
そう言いながら誤魔化そうとするサクラだが、全て口に出ているので見ている人には筒抜けである。これが配信中であれば確実に何人かからツッコミが入っているだろう。
「さてと、とりあえず木の目標は達成ですね! ライオンの育成もやっていきたいので、木はここまでです!」
半ば強引に誤魔化そうという意思が見え隠れしつつも、とりあえずは木の育成は一段落となった。
【7】
一度ゲームのスタート画面に戻り、種族選択でライオンへと切り替え、サクラは夜の森の中へと降り立った。
「さーて、ここからはライオンの育成の続きをやっていきましょう! うーん、でも天候は曇りのままですかー。まぁ土砂降りの雷雨の中よりはマシですね」
それはそうだろう。いくらゲームの中とはいえ、特定の狙いが無ければ雷雨は決して良い環境ではない。適応進化を目指すのならまだしも、ランダムリスポーンの為に使う事はそう無いものである。
「ふふーん! とりあえずここのマップの解放を目指して、駆け回ってみましょうか! 『疾走』!」
ひとまずの目標をマップの解放と決めたサクラは、夜の森を駆け出していく。その駆ける姿に迷いはないが、足場の違いとかは考慮してあるのかが疑問である。
「うーん、折角なんで晴れませんかねー? 月とか星を見たいんですけど……がふっ! な、なんですか!? 敵の奇襲ですか!?」
空を見上げながら森の中を走っていた為、サクラは盛大に転んだ。敵からの奇襲だと周囲を警戒しているが、今回はただの足元を確認していなかった事で、木の根に脚を取られただけであった。
「……何もいませんね? なんで転んだんでしょうか……? あぁ!? 疾走の効果時間が勿体ないです!?」
そうして、サクラは自分がなぜ転んだのかを把握出来ない状態で再び駆け出していった。原因が自身の不注意にあると分かっていない以上、同じ事がこの後も何度も続くのは自明の理である。
【8】
静かな夜の森の中を駆けていく、ライオンの姿がある。勢いよく走り、そして盛大に木の根に脚を取られて、泥濘んだ地面へと突っ伏していった。
「がふっ! って、またですかー!? この森エリア、転ばしてくる敵でも潜んでるんですかね!? うぅ、何もいないです!?」
もう通算何度目になるかも分からない転倒だが、サクラは未だに原因を把握していなかった。つくづくツッコミを入れる視聴者の存在が重要な配信者である。
「うーん、それにしても転ばしてくる敵以外も全然見つかりませんね? これは、また見落としちゃってますかねー?」
一応、疾走で移動を優先していたという事情もあるが、実際に見落としているのも事実である。まぁここは少なからず自覚をしたのは成長と言えるだろう。
「まぁ良いです! 思ったより木の育成に時間がかかっちゃったんで、今回はマップの解放を最優先でいきましょう! あ、でも今は疾走は再使用時間の待ち時間ですし、ちょっと観察しながらゆっくり進みましょう!」
流石に再使用時間に関しては待つしか手段がないので、サクラは走るのを止めて歩いていく。これで転んだ原因を把握してくれればいいのだが、果たしてそれは叶うのか。
「おぉ! キノコが生えてますね! これ、採集出来ますかねー? 回復用でも毒キノコでもどっちでも使えそうですよね!」
周囲を見渡していたサクラが見つけたのは、傘の大きな茶色いキノコである。見た目としては育ちすぎた椎茸に近い。
サクラは採集出来ないものかと、そのキノコにライオンの前脚を近付けていく。だが、サクラがキノコに触れた直後に黄色い霧状の何かが放出された。
「わっ!? このキノコ、普通に敵っぽいです!? って、動けないんですけどー!?」
そしてその霧状の何か……キノコの胞子の直撃を受けたサクラのライオンは、力なく倒れていく。いくら何でも油断のし過ぎである。
「え、もしかして毒ですか!? ちょっと待って! ちょっと待って! ちょっと待ってー!?」
それからキノコが飛び跳ねるように動き出し、サクラのライオンの頭の上に乗っていく。そしてライオンの表面に何かを植え付け、そこからキノコが生えてくると同時にライオンのどんどん生命が減っていく。
「ぎゃー、これ、何か栄養源にされてませんか!? あ、これって麻痺毒なんですか!? 状態異常の寄生って継続吸収ダメージなんですか!? このキノコ、絶対に知恵あるキノコですよねー!?」
一切身動きが取れない状態で唯一出来るステータスの確認をしたサクラである。これだから状態異常を活用する敵は恐ろしい。
「あ、麻痺毒が解けました……って、またですかー!?」
麻痺毒の効果が切れて反撃に転じようとしたサクラだが、キノコはライオンの頭の上にいる。すぐに再び麻痺毒を浴びせられ、再び力なく倒れていった。
「うぅ、森エリアでの初めての敵がこれですか! 絶対にぶっ倒しにきますからね!」
そうしてサクラはリベンジを宣言しつつ、ライオンの生命は尽きて死んでいった。毒キノコ、恐るべし。
【9】
毒キノコに殺されたサクラは、ランダムリスポーンしてきた。森に入ってまだマップの解放も出来ていないのに、相変わらず死ぬのが早いものである。
「うー! 森にはキノコが敵として出てくるんですね。これは気を付けましょう!」
それも確かに気を付けるべきではあるが、未だに疾走の途中で転んだ理由には気付いていないサクラであった。
「さーて、現在地は全く分からないんですよねー。うーん、思ったより木の方に時間をかけちゃったので、今日はそろそろ終わりですかねー?」
今回は木の方の育成に力を入れていたのでライオンの方はほぼ何も進んでいない状態である。無理に夜更かしをしてまでゲームをする気まではないサクラなので、この辺りが切り上げ時となってきた。
「んー、せめてマップの解放くらいはしておきたいので、そこまでやったら終わりにしましょう! 明日の配信では進化もしますしね! それでは駆け抜けていきますよー! 『疾走』!」
そうしてサクラは、マップの解放を目指して再び夜の森の中を駆け出していった。もちろん、この後も何度も転んでいくは予想出来る範囲内の出来事である。
そして、既に何度か成長体の敵と交戦状態に入っていて、それらを疾走で振り払っている事にもサクラは全く気付いていないのであった。
「むぅ、思ったよりライオンの育成は進みませんでした……」
「ちょっと木の方に集中し過ぎたね」
「そうですねー。時間配分を間違えた気もします!」
「まぁそういうのも良いでしょ。ライオンの方は色々区切りは悪かったしさ」
「確かにそうですね! ライオンのお楽しみは明日の配信へ持ち越しです! さて第3章もこれで終わりですし、今回の配信や実況外のプレイが面白いと思った方はブックマークや評価をお願いします!」
「お、凄く真っ当な内容だ」
「その言い方、失礼じゃないですかねー!?」
「さて、次回は第4章に入り『第106話 小物作りの日曜日』となります。お楽しみに!」
「またスルーですか!? あ、VR空間の改装の続きをやっていきますよー!」