父娘の出会い
「・・・・・・・・・・・・はあぁー」
俺は今までで最大級だと思われる盛大な溜息をついた。なぜか? それは俺を見上げてくるこの可愛げの無いガキのせいだ。
「なぁ、お前はなんであそこにいたんだ? 名前は? 親は? 家は?」
「なぁ、おまえはなんであそこにいたんだ? なまえは? おやは? いえは?」
これは何度目の質問だろうか。そして小僧の鸚鵡返しの返答も何度目だろうか。
赤い髪に赤い目をした、無表情のガキはただ俺を見上げるだけで何も言わない。
本当に可愛げのない。
そもそもだ、何故こんなことになったかというと・・・・・・。
「・・・・・・で? 俺にその依頼を受けろっていうのか?」
俺の問いかけに目の前のじじいは真剣な顔でうなずいた。
「うむ」
依頼を受けろって言うのは分かったが・・・・・・。
「・・・・・・わざわざ隣の国にか?」
「うむ」
このじじい・・・・・・。
「不満か」
「あぁ、不満だな。隣国の依頼なんて、その国の連中に任せればいいだろう」
俺は何も間違ってない。いくらギルド同士が独自のつながりで繋がってようが、どの国にも冒険者がいるんだ。わざわざ隣の国の俺に受けさせる意味が無いだろう。
というか、俺が面倒だ。
「しかしな、この依頼、外殻から降りてきた竜種を討伐してほしいというやつでな」
「・・・・・・ちっ、よりによって竜種か。どこの依頼だ?」
「国だ」
「・・・・・・おいおい、大丈夫なのか。そのガレーラ王国は」
竜種とはいえ、ただの魔獣の討伐をギルドに依頼するなんて、軍はどうしたんだ、軍は。
仮にも民からの税金で運営されてるんだから、こんなときくらい体を張れ。
「ま、竜種では仕方なかろう」
「軽く言うが、その軍は人々を護るためのもんだろう? たかが一匹の竜種も討伐できないんじゃ、国民が安心できないじゃないか」
これも間違っちゃいない。
「そうかそうか。ならお前は国民の安心のために、この依頼を受けてくれるんだな? いやー、助かった。じゃ、早速いってくれ」
「お、おい、誰も受けるだなんて言ってないだろが! 待て、登録するな!」
「ぴろりろりーん、とな」
超うぜえ。なにじじいが効果音口にしてるんだ。
ああ、くそ。本当に登録しやがったし。ちっ、これで俺が無視したら違約金払わないといけないのか・・・・・・?。
つーか。
「そりゃ犯罪じゃないのか。じじい」
「このギルドではわしが法だ!」
「良く分かった、まずはてめえから討伐することにしよう」
そのほうがこのギルド、ひいては人々のためだ。ぶっちゃけ、俺が殺意に目覚めているからだが。
「丸腰の相手に攻撃をしかけるというのか? しかもこんなか弱い老人に!」
「どこがか弱いんだ、図太い上に図々しい上に自分勝手な上に自己中心的な憎まれじじいが」
「・・・・・・ラルウァ、それは全部同じ意味だと思うんだが・・・・・・」
耄碌したじじいはほっとくとして、だ。
もう俺は隣の国に行って外殻近くの竜種をぶちのめすっていう選択肢しか残されてない。
ほとんどこのじじいの陰謀なのだが・・・・・・。
まぁ、仕方ない。こうなったらその竜種をさっさとぶっ倒して報酬をいただくとするか。
「で、だ・・・・・・」
俺は正直、じじいに対しての殺意がさめそうに無い。
それは別に隣の国までの交通費が無かったことでも、ガレーラ王国のギルドに話をつけてなかったことでもない。
前者は俺の脚と体力を持ってすれば、外殻沿いに走り目的地にたどり着く等容易いこと。・・・・・・もちろん、時間はかかったがな。
後者は、まぁ口頭では伝えてなかったのは本当だが、依頼に登録した時点で全国のギルド支部へ情報が送られているのだから、こちらが説明すれば特に問題はない。
では、何をもってして俺はじじいをぶち殺してやろうと画策しているのか。
それは、数だ。種類でも報酬の額でもない。数、だ。
「あんのじじい・・・・・・竜種が三体だとは言ってないだろうがー!」
くっそ、あのじじいめ・・・・・・どうしてくれようか・・・・・・。
む、あぁ、そうだ。じじいの財産を根こそぎ奪い取ってどっかの孤児院に叩きいれてやろう。それがいい。くくく、楽しみにしていろよ、もうろくじじいめ!。
「ぬ・・・・・・なにやら寒気がするぞい」
「風邪ですか? もう老い先短いんですから気をつけてくださいね」
「・・・・・・わし、ここのギルド長だよなぁ・・・・・・?」
おっと、報復計画を企ててる暇はなかったな。せっかちなトカゲどもが来てしまった。
さしずめ俺は今日の晩御飯といったところか?。
「あいにくと、お前らの餌になるつもりはない。その代わりと言っては何だが、俺もお前たちのことは食わずにいてやろう!」
サラマンダーイグニッション・・・・・・さぁ、かかってこい!
「・・・・・・ちっ・・・・・・やっぱり竜種三体はきつかった、な」
右腕は・・・・・・動くな。左は駄目か。内臓は問題なし・・・・・・くそ、肋骨が折れてやがる。
両足が無事だったのは幸いだな・・・・・・その前に五体満足でいられたことに感謝するか。
それにしても・・・・・・ここまでとはな・・・・・・じじいは知ってたんだろうか・・・・・・。
「あぁ、固い地面は傷に響くな・・・・・・」
ん・・・・・・? 何だ?
「・・・・・・せない・・・・・・ここ・・・・・・倒・・・・・・」
人の声? こんな外殻に?
「きさ・・・・・・許さ・・・・・・たと・・・・・・ちがえて・・・・・・さまは・・・・・・」
「よか・・・・・・くる・・・・・・いい・・・・・・倒し・・・・・・の子を・・・・・・」
誰かが争ってるのか・・・・・・? 声の質からして男二人と女一人、か・・・・・・。しかし気配は四つ・・・・・・一体何なんだ?
さて、どうしたものか。
ここで出て行って状況を見るのは簡単だが、あの魔力の流れと音は明らかに戦闘中だしな・・・・・・。
のこのこと殺されに行くこともないだろう。それに、俺には関係ないことだ。
・・・・・・ここでこうして突っ立ってても危険か。
どれくらい歩いたか・・・・・・。もう少しで森に入れそうだな。
良く分からん連中からも十分離れたようだし、一休みするか。
「ふぅ・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「ん? うぉ!?」
なっ、なんだこのガキ!? いつの間にそこに・・・・・・というか、何故俺はこの気配に気づかなかった!?
「・・・・・・」
赤い髪に赤い目・・・・・・多少可愛げが無い小僧だが、普通のガキ・・・・・・か?
だが、この気配の無さと居る場所が異様だな・・・・・・。しかし、敵意は感じられないし・・・・・・。
まぁ、今の俺じゃあA級魔獣にすらやられちまうだろうが。もしこのガキが魔獣か何かで俺を殺すために近づいたとしても、別に良いか・・・・・・。
「おい、なんだお前は」
「・・・・・・?」
「・・・・・・? じゃない。お前は何者だと聞いてるんだ」
「・・・・・・?」
なんだこのガキは・・・・・・。無表情で首を傾げるだけか。
「なんか喋ったらどうだ」
「なんかしゃべったらどうだ」
俺の言葉を一言一句間違えずにそのまま抑揚の無い声で返すガキ。・・・・・・本当に、なんだこのガキは。
「で、お前は何だ? 名前は? 親は? なんでこんなところに居るんだ?」
「で、おまえはなんだ? なまえは? おやは? なんでこんなところにいるんだ?」
・・・・・・このガキ・・・・・・。
「俺を馬鹿にしているのか?」
「おれをばかにしているのか?」
そして、冒頭に戻るってやつだな。
にしてもこのガキ、何を言っても鸚鵡返しをしてくるだけで先に全く進めない。
「お前なぁ・・・・・・」
「おまえなー」
こいつぁ、躾という愛の鞭が必要だな。お前らもそう思うだろう? なぁに、本気で殴りなんてしないさ。軽くド突くだけだ。
誰に対しての言い訳なんだか・・・・・・だがしかし、俺がこいつをぶん殴るのは決定している。
おらぁ! これが愛の鞭だぁ!
「・・・・・・?」
・・・・・・こいつ、まさか・・・・・・。ん? 殴っちゃいない。寸止めだ。
だが、俺の拳骨は自分でいうのもなんだが、寸止めでも相手の心を握り締めるような迫力がある。じじいが言ってた。
その俺の握り拳が目の前に『目に見える速度』で迫ったというのに、このガキは瞬き一つせず、あろう事かその拳骨を首をかしげてしげしげと眺めている。
・・・・・・試してみるか。
「よぉ、お前、これがなんだか分かるか?」
俺はそう言ってガキの目の前に小石を持ち上げた。
「よぉ、おまえ、これがなんだかわかるか?」
・・・・・・ちっ、俺の予想は大当たりか。何があったか分からないが、完全に人格? とかそういうのが壊れてるみたいだな。
まぁ、今の世の中特に珍しいことでもないが・・・・・・。
「・・・・・・くそったれ」
「くそったれ」
「・・・・・・」
「・・・・・・?」
となると、この可愛げの無いガキは自分の名前はおろか親の名前すら分からないってことか・・・・・・。
くそ、これも全部あのじじいのせいだ。全財産なんて生易しい、臓器を全て売っ払ってやる。もっとも、腐りかけのじじいの臓器なんざ、燃やして暖を取るくらいしか役に立たないだろうがな。・・・・・・いや、むしろ火をつけるのも大変か。
「はぁぁー・・・・・・」
「はー」
あぁ、くそ。もう今日だけで何回目だ。『くそ』っていうのは。
このガキをここに放っておいたら確実にお陀仏だろうな・・・・・・町に戻って施設に・・・・・・いや、それだと精神病棟に入れられちまうか・・・・・・。一応治せるんだが、今の医者はどいつもこいつも匙を投げるのが早いしな・・・・・・。
その前に・・・・・・この顔はやべーな。今まで一度も触れなかったが、こいつはやべー。
魔王再来かってくらいやばい。といっても、この世界には今まで一度も魔王ってのが出てきたことはないが。
とりあえずこの顔は何というか・・・・・・普通の施設では苛められそうだな・・・・・・。
それに、このガキがまだ普通の無害な人間という種族かっていうのも分からないし。
・・・・・・はぁー・・・・・・仕方ない・・・・・・。
「おい、ガキ」
「おい、がき」
・・・・・・あーまずは名前か。あとは会話のキャッチボールを成立させないとな。
「よし、今はしゃべるな。良いな?」
「・・・・・・?」
ん? なんだ、まだ全然治る段階じゃないか。
「よし、まずは・・・・・・そうだな・・・・・・お前の名前だが」
「・・・・・・な、まえ?」
「あぁ、そうだ。・・・・・・ふむ・・・・・・」
どうせならこの顔に合った禍々しい奴をつけてやろうか・・・・・・。いや、待てよ、男なら格好良いのがいいだろうな。このガキがいずれ「ぼくのなまえをこれにしてくれてありがとう!」なーんて、言うくらいのやつが・・・・・・。
そうだな・・・・・・。赤い髪、赤い目・・・・・・いや、見た目にこだわることは無いか。それなら俺の名前からもじってやるか。ふふ、ありがたく思えよ、ガキ。
「・・・・・・?」
ラルウァ、ラルウァ・・・・・・ラル? いやいや、ルウァ? 無いな・・・・・・。濁点つけたほうが強そうだなぁ。ラルウァ・・・・・・つけられそうなのはウァくらいか? ヴァ? お、なんかいいかもしれん。
ヴァ、ヴァ・・・・・・ん? ヴァン? ふむ、良いな。
「よし、今日からお前はヴァンだ。名字は適当で良いな、どっかで聞いたことあるし、グラシアードでいいだろ。ヴァン・グラシアード。それがお前の名前だ」
「・・・・・・ヴァ、ン・・・・・・?」
呟きながら自分を指差すガキ。俺は心優しいから優しく頷いてやる。
「・・・・・・ヴァン?」
今度は俺を指差しながら言うガキ。・・・・・・全く、何というか。
「違う、俺はラルウァ。お前が、ヴァン。分かるか?」
「・・・・・・ラルウァ?」
俺の名前を呟き、また俺を指差すガキ、いや、ヴァン。これまた優しく頷いてやらないとな。
「・・・・・・ヴァン、ラルウァ、ヴァン、ラルウァ、ヴァン・・・・・・?」
ヴァンが交互に指を指しながら確かめるように呟く。俺はそれに一つずつ一々頷いてやった。最後が疑問形なのがひっかかるが、まぁ、上々だろう。
「分かったか?」
「・・・・・・」
俺の言葉に、ヴァンはゆっくりと首を縦に動かした。その赤い瞳には揺らめきが見える。
一先ず、安心か。
溜息をつき、俺は立ち上がった。ヴァンという荷物が増えた以上、雑魚に襲われるのも危険だ。
そこで、俺の左腕に激痛が走る。
「いっ!? いででで!!」
あぁ、今俺は絶対に涙目になっているだろう。それくらい痛かったんだ・・・・・・。
視線を落とせばクソガキが俺の左手を思い切り握り締めてやがった。あまりの痛さに振り払って拳骨の一つでもかまそうかとおもったが・・・・・・。
まぁ、初めての時くらいは許してやろう。二度、三度と続くようなら叱る必要があるがな。
「・・・・・・ラルウァ」
「ん? なんだ?」
「・・・・・・」
「・・・・・・なんか言えよな」
ふぅ、不安は募るばかり、というやつか。