斧男の受難
「あなたが落したのは、この右の普通の斧ですか? それとも左の普通の斧ですか?」
そうおれに聞いてきたのは、斧を落した泉から出てきた、蒼い髪に青い瞳をした、妖精より美しい少女だった。
おれは彼女の顔に見覚えがあった。
「・・・・・・ヴァン?」
そうだ。あの護送依頼の最中、街道で偶然会った少女だ。『狼殺し』と一緒にいた、性格も見た目も、綺麗な少女だった。
二人はいつの間にか関所から出て行っていて、挨拶もできなかったんだが・・・・・・。
相棒の剣士、アルガーは心底残念そうにしていたっけな。食っておけばよかったとか嘆いていた気がする。
年端もいかない少女に手を出すのは、良いことじゃないと思うんだが。
まぁそんなことは今はどうでも良くて、だ。
なぜ泉からヴァンが? そもそも、なぜ斧を泉に落した? その前に、おれはいつ森にはいった? しかもなぜ両方とも普通の斧なんだ?
「あなたが落したのは、この右の普通の斧ですか? それとも左の普通の斧ですか?」
泉から出てきた黒いフリルドレスの少女はさらに聞いてきた。両手にはいかにも普通の斧が握られている。
この声・・・・・・いつ聞いても可憐だ。おれでは絶対に出せない――当たり前だが――高い声で、守りたくなるようなか弱さがある。
相棒もこの声で、いろんな種類のやつを聞きたかったと嘆いていたな。アホめ。
「どうしました?」
蒼髪の妖精がおれにたずねた。どうやらぼおっとしてしまったようだ。
「あ、あぁ、いや、少し考え事を・・・・・・ところで、君は・・・・・・ヴァンか?」
「いいえ、わたしは泉の精です。あなたが落した斧で、目覚めました」
ということは寝ていたのか。悪いことをしたな。
「それは・・・・・・すまなかった。わざとじゃないんだ」
「かまいません。それで、どちらの斧があなたのですか?」
泉の精が両手の普通の斧を差し出してくる。
「・・・・・・どちらのって、どっちも同じじゃな」
「どちらの斧があなたのですか?」
微笑みを崩さないでおれの言葉を遮ってきた。どこに違いがあるのだろうか?
「そ、うだな・・・・・・み、右、かな?」
おれが恐る恐る尋ねると、泉の精は微笑んだ。
「右があなたの斧ですね? 間違いありませんか?」
そんな確認されると自信がなくなってくる。いや、どっちも同じ斧だからどっちでもいいんだが。
「あ、あぁ。右でいい」
「ファイナルアンサー?」
「ファ、ファイナルアンサー?」
意味が分からず聞き返したのだが、泉の精はゆっくりうなずくと口を開・・・・・・かなかった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
な、ながい。なんだこの沈黙は?
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「もういい! ためは良いから当たりなのか!? はずれなのか!?」
しびれを切らしてつい怒鳴ってしまった。おれは気が長いほうのはずだったんだが。
「ひっ、ご、ごめんなさい!」
泉の精は先ほどの神々しさなぞ微塵も感じられず、体をびくっと震わせて座り込んだ。
「え、あ、す、すまん。つい怒鳴ってしまった」
震えながらこちらを見てくる泉の精は、普通の可憐な美少女だった。・・・・・・美少女が普通かどうかはおいといて、だ。
「え、えと、あなたの斧は、右の斧です。大正解です。ぱちぱちー」
座り込んだ泉の精は、胸の前で両手を小さく叩き合わせた。・・・・・・かわいいな。
「あ、あぁ。そうか。ありがとう。じゃぁその斧を・・・・・・」
「せ、正解したので・・・・・・差し上げます」
といっているのに、泉の精は斧を渡さず、おれの目の前に来た。
「なにを、っ!」
いきなり泉の精が黒いフリルドレスを脱ぎ始めた。
「ま、まてまて! なにしてるんだ!」
泉の精はドレスを完全に脱ぎ捨て、その滑らかな肌をさらしてくる。まずい、みてはいかん! 目がやられる!
「正解、なさいましたので・・・・・・わたしを、差し上げます」
なんだこれは! なんなんだこれは! あれか? 今ちまたで有名な・・・・・・ええい、そんなの知らんわ!
「お、おちつけ。正解しただけで体を許すなんて、もっと自分を大事にしなければいかんぞ!」
よし、よく言ったぞ、おれ。
「わたしなら、平気です・・・・・・」
ふにゅっとおれの体に何か柔らかいものがあたる。視線を下に向けると、泉の精がおれに抱きついてきていた。
「それとも、わたしのこと、きらい、ですか?」
青い瞳で見上げてくる泉の精。おれの理性は簡単に千切れた。
「い、いいのか」
泉の精の肩をつかむ。
こくりとうなずく泉の精をみて、ごくりと自分の喉がなる音が聞こえた。
「やさしく、してください」
「あ、あぁ」
そして、泉の精に顔を近づけていって・・・・・・。
「おーい、おーい、起きろー」
頬をパシパシと叩かれた。
「ん・・・・・・? なんだ?」
いつの間にか暗くなっている視界。目を開けると、宿屋の天井が見えた。
「珍しくよく寝てたなぁ、お前。良い夢でもみてたのか?」
「・・・・・・泉の精・・・・・・」
おれが呟くと、相棒アルガーが、はぁ? と言ってきた。
「ねぼけてんのか?」
「あ、いや、すまん。なんでもない」
・・・・・・夢? あれは夢? なんだそれは。というか、夢ならもう少し先に進んだって良くないか・・・・・・?
いやいやいや、いかんだろ、おれ。
はぁ、こいつのせいでおれも妙な夢を見るようになった。
「な、なんだよ、睨むなって。起こし方が悪かったのは謝るからよぉ」
こいつがいつも、ヴァンちゃんって可愛いかったよなぁ、とか言うから、あんな夢を見るんだ。
・・・・・・いや、もしかしたら、おれもやられてたかもしれないな。ふぅ、重症だろうか?
「ほんっと珍しいな。お前がころころ表情かえるのは」
アルガーが物珍しそうな顔をしている。そんなに変わってたか、おれの表情。
「はぁ・・・・・・お前は能天気でいいな」
「・・・・・・褒めてないだろ、それ」
「うらやましいと言ってるんだ」
ぶつぶつ文句を言いながら、準備をしている相棒。
あぁ、そういえば今日は昨日見た討伐依頼が残っていたら、それをやろうという話になっていたっけか。
全く、おれも貧乏くじを引いたもんだな。こいつの夢に付き合わされるなんて。
だが、まぁ、別に悪くは無いか。