8 王都へ
『疾風迅雷』のメンバーの名前が間違っていたので訂正しました。
なんで間違えたんだろう。
すみません。
「もう大丈夫だ」
そう言ってリーシャはゆっくりとオルソンから離れた。
オルソンはリーシャの温もりの残る掌を見つめながらもう少しこのままでも、と一瞬不埒な思いを追いやろうと頭を振った。
「あ、あの病気って」
「姉さん、大丈夫かにゃ」
オルソンを遮るようにケット・シーがリーシャの胸に飛び込んできた。
リーシャはケット・シーを抱きとめるとその柔らかな毛並みを撫でて堪能する。
「ああ、集中したから少し疲れただけだよ」
その言葉を受けて安心したのかケット・シーは撫でるその手を気持ちよさそうに受け入れゴロゴロと喉を鳴らした。
「リーシャ様!」
心配そうにイエレナが駆け寄って来た。
「オルソン大丈夫なのか?」
『疾風迅雷』のメンバーが二人の元へ駆け寄る。
朝食の準備はすでに終えていた。
ぐるるるるるっ
オルソンのお腹が盛大に鳴った。
「「「「「……」」」」」
「ご、ごめん」
恥ずかしそうに顔を真っ赤にしたオルソン。
そんなオルソンの様子に『オルソンの病気』というワードがもたらした場の緊張は和らいだ。
「取り敢えずメシ食おーぜっ!」
ザックがそう言うとオルソンが申し訳なさそうにみんなの器にスープを入れ、目玉焼きとパンを配った。
いそいそと動くオルソンの傍にリーシャが近づいてきた。
申し訳なさそうにオルソンの袖を摘む。
「あ、り、リーシャさん?」
動揺を隠し切れないオルソン。
ほんのりと頬を紅く染めたリーシャがもごもごと口を動かす。
「わたしはいらない。だが…もし、まだ、そのちょこれーとがあるならっ……」
チョコレートはもう無かったが、代わりに葡萄味のアメ玉を貰って上機嫌のリーシャ。
口の中でコロコロと転がしながら時折頬がアメ玉の形に膨らむリーシャを温かい目で見守りながら『疾風迅雷』のメンバー達はガツガツと朝食を済ませた。
朝食を終え一息着いたところで、アレンがリーシャに訊ねた。
リーシャは順を追って説明をした。
オルソンがかかっていたのは魔力栓症という病気であった事。
その症状は魔力の流れが悪くなり扱える魔力も少ないために、気付かれず魔力が少ないと判断されたのだろうと付け加えた。
今回は偶然リーシャが気付いたので治療をしたのだ。
そして魔力の流れが通常に戻ったオルソンの魔力は膨大である事を伝えた。
また、オルソンが鍛えても強くなれなかったのはこの病気によるもので、今後はしっかりと鍛錬を積めば見違えて成長出来る可能性がある事。
オルソン自身も説明されていなかったのでリーシャの説明を細い眼を大きく見開いて真剣に聴いていた。
そして両掌を広げ見つめた。
才能が無いのだ、と諦め切れず剣を何度も振るい固くなったマメだらけの掌。
思い通りに魔力を引き出せないのは魔力が少ないから、才能が無いからだと周りに嘲笑われてきた。
一流の冒険者となる夢は掴むことは出来ないと自分に言い聞かせてきた。
しかし、まだ諦めなくても良いのかもしれない。
もう一度今まで以上に鍛錬すればーーーー。
掌に一粒の涙が零れ落ちた。
「オルソン」
顔を上げると、オルソンの肩に手を掛けたアレンがいた。
いや、レオニールもザックもイエレナもオルソンに笑顔を向けていた。
何故か男前な顔を作って親指を立てるケット・シーも居たがオルソンの視界には入っていなかった。ーーー偶然である。
「良かったなオルソン」
「あり、がとう」
「これからはきっと結果も出る筈だ」
「…っだと良いな」
「私も負けないように頑張るからさ」
「…うんっ」
「オレも鍛錬付き合うぜ」
「う…うん」
両手で顔を覆ったオルソンの肩が震えていた。
『疾風迅雷』はオルソンを囲み心から祝福するように笑顔を浮かべていた。
リーシャはアメ玉をコロコロと舌で転がしながらその様子を見守る様に眺めていた。
オルソンが落ち着くと、テントや食器を片付けて出発の準備を始めた。
オルソンが魔法で作った竈を土に戻そうと土魔法を使うと、繊細な魔力操作が出来ずに弾け飛んでしまった。
その威力に本人も『疾風迅雷』のメンバー達も驚愕することとなった。
魔力の流れが正常になった為に力加減が上手く出来なくなったのだろう。
しかしまだ魔力の流れに乱れがあったのでリーシャは王都に着くまでの間、オルソンの治療と調整を行う事にした。
その結果、馬車で移動中はオルソンと共に御者台に座り、手を繋いで魔力を送り調整するというオルソンにってはご褒美と拷問(己を律する為)を兼ねた旅となった。
リーシャはオルソンからアメ玉を貰ったり、王都に着いたらチョコレートを貰える約束を取り付け上機嫌だった。
因みにケット・シーがリーシャの膝の上でオルソンを威嚇する様にして睨んでいたために、オルソンの精神的疲労は中々のものであった。
馬車での旅路は、リーシャの風魔法で走るよりはゆっくりとしたものであったが周囲の景色を楽しんだり『疾風迅雷』から色々な話を訊く事が出来た。
王都に近付くにつれて、『祝福』の気配が強くなる。
リーシャは冒険者アーサーの顔を思い出す。
精悍で爽やかな笑顔を向けた青年。
リーシャにとってはたったの100年前だが、恐らくはもう彼はいないだろう。
ハイエルフの里で過ごした平坦な日々の中で唯一出会い別れた友人。
まだ若いとはいえリーシャは長命種のハイエルフ。
更に閉塞的なハイエルフの里では別れというのは両親のように死による別れしか知らなかった。
看取る事も無く旅立ち別れたのはアーサーだけだった。
(間もなくだ、アーサー。約束を果たそう)
二日程進むと遠くに横に長く広がる白い城壁が見えた。
「リーシャさん、あれがアストリア王国王都ですよ」
オルソンが指差すとリーシャは眼を細くしてまだかなり遠く距離があるであろう王都の城壁を見つめた。