6 運命の出会い
ケット・シーのお陰(?)で意識を取り戻したオルソンは改めてリーシャに自己紹介していそいそと完成間近だった夕飯作りを再開した。
オルソンは冒険者だったエルフ族の母と人族の父をもつ半エルフらしい。
しかし父親の血が濃いために見た目はエルフの特徴は全く見受けられなかった。
顔は平凡で細身のエルフの血が流れているのが信じられない位、ぽっちゃりとした丸い体型、眉尻が下がった顔は人が良さそうな柔らかい雰囲を感じさせる。
幼い頃は両親のような冒険者に憧れていたが剣も魔法も才能が無いらしく、魔力も少ないために冒険者は諦めたらしい。
性格は大人しいが魔物に対する知識は豊富であった事と料理の才能があったために飲み屋でたまたま知り合ったアレンが強引に誘ったらしい。
戦闘のセンスは本人の言う通りやはり皆無ではあったが、少ない魔力でも土魔法で竈を作ったり氷魔法で飲み物を冷やしたり等、細やかな工夫と気遣いはとても有難いものだとアレン達はべた褒めしていた。
オルソンはそれを気まずそうにしながら手馴れた手付きで夕食を完成させた。
土魔法で盛り上げられた二対のベンチにリーシャは促され座ると、オルソン木の器と木のスプーンを渡された。
器の中には白くドロっとしたスープと大きめの根菜と肉が入っていた。
立ち昇る湯気と香りにリーシャは怪訝そうにしながら周りを見渡した。
アレン達はぱくぱくと勢いよく食べていた。
隣ではケット・シーもふーふーと熱を冷ましながら器用にスプーンで掬っている。
「うまいにゃ〜」
ふと未だに口を付けないリーシャに気付いたオルソン。
「あ、あの…シチューは苦手でした?それとも嫌いなものが入ってます?」
気まずそうに訊くオルソンは少し悲しそうな顔をしていた。
「いや…そうではなくて、薬湯以外の食べ物を初めて見たのでな。気を悪くさせたな」
「薬湯以外……初めて?」
イエレナが手を止めてリーシャに問い掛けた。
「ああ、わたし達の里では一ヶ月に何回か薬湯を口にするだけだった」
「マジか!」
「え?肉は!?肉食べないの!?」
リーシャの発言にアレンとザックが身を乗り出すようにして反応した。
「ああ、基本的に生き物を潰して食べるということはしなかったな。里では皆そうしていた」
「…その割には不健康そうには見えねぇよな」
レオニールの視線はまたもリーシャの豊かな胸元である。
「げふっ」
イエレナの肘鉄がレオニールの急所へと入った。
「では有難くいただこう」
リーシャは大きめの具を避けてスプーンでシチューを掬う。
暫く見つめてから緊張した手付きでスプーンをゆっくりと口元へ運ぶ。
その緊張が全員に伝わって、皆手を止めリーシャの一挙手一投足に注目していた。
リーシャは覚悟を決めたように目を瞑りスプーンを受け入れるため小さな薄桃色の唇を開いた。
小さな口の中に普通サイズのスプーンでも大き過ぎて入らず、唇で挟むようにして隙間からシチューが口の中へ音も無く注がれていく。
ゴクリと誰かの喉が鳴る。
こくん。
リーシャの喉が可愛らしい音を鳴らした。
伏せられていた長い睫毛をゆっくりと持ち上げて少し濡れた紺碧の瞳が震えた。
「……美味しい」
リーシャの零した一言に全員が安堵して顔を見合わせて破顔した。
口の小さいリーシャは大きな具を一口で食べられず、少しずつ齧りながらゆっくりと咀嚼していたので食べ終わるまでイエレナの倍近く時間がかかってしまった。
アレン達は片付けをしながら幸せそうに食べるリーシャをちらちらと覗き見ながら鼻の下を伸ばしていた。
リーシャが食べ終えるとオルソンが食器を水魔法で洗ってくれた。
お礼を言うとオルソンは胸をおさえながらよろよろとしながら食器を片付けていた。
リーシャは初めての満腹感に強い眠気を感じていると、男達が交代で見張りをするという。
嬉しそうにするイエレナに連れられて用意されていたテントの中でケット・シーを抱きながら毛布にくるまった。
念の為にシルフィにも見張りをお願いして魔力を与えると、『まかせて〜』と嬉しそうにテントの外へと飛び出していった。
イエレナにハイエルフの里について質問されていたが、リーシャは眠気に勝てずいつの間にか意識を手放して深い眠りについた。
翌朝日が昇る前に目覚めたリーシャ。
隣ではイエレナが寝息をたてている。
ぐっと身体を伸ばすと胸元で眠っていたケット・シーが転がった。
「うにゃ」
ケット・シーはまだ眠り足りない様子だったので毛布をかけてやる。
するとすぐにすやすやと眠りに落ちた。
リーシャが二人を残してテントを出ると、オルソンが朝食の準備をしていた。
「おはよう」
「あ、え!おは、おはようございますっ」
リーシャが声を掛けると驚嘆した様子のオルソンが振り返り返事をした。
「朝も食べるのか?」
「え?ああ、そうですね」
普段から食事を摂らないリーシャとしては一日三食も食べるというのは不思議に思えた。
「リーシャさんは…というかハイエルフという種族はあまり食事を摂らないんですよね」
「そうだな。ハイエルフの里は魔力が満ちていたから口から摂る必要があまり無かったから。昨日貰ったしちゅうでわたしは十分に満たされてるよ」
「あうっ」
リーシャの笑顔にオルソンの顔が真っ赤に染まる。
「お主、昨日も顔を真っ赤にしたり真っ青になったりしたな。ちゃんと息をしないと死ぬぞ」
「あ、いや…」
あくまで真面目に注意を促し顔を近づけるリーシャから逃れるようにオルソンは視線を逸らした。
「あ!リーシャさん食事がいらないなら甘いお菓子はどうですか」
「甘い…おかし?」
オルソンは女性は甘いものに目がないという情報を数少ない知り合いの女性冒険者から教えて貰ったのを思い出したのだ。
話題を逸らすために魔法の袋から小さな箱を取り出した。
「どうぞ、開けて食べて下さい」
オルソンから渡された箱の蓋を開ける。
そこには1口サイズで黒に近い茶色の丸い物体が綺麗に並んでいた。
見た目とは裏腹に芳ばしい香りが拡がる。
「チョコレートっていう新しいお菓子です」
「ちょこれいと…」
「甘いですよ」
「これが…?」
リーシャが一粒摘んでオルソンを振り返ると彼はにこにこと微笑んでいた。
昨日の美味しかったあのシチューを作ったオルソン。
彼が推めるお菓子が不味い筈はないだろうとリーシャは思っている。
何より、かつてアーサーから訊いた甘いものが食べたかった。
そしてリーシャは小さな口の中へチョコレートを押し込んだ。
舌の上で溶け出す濃厚な甘さとほのかな苦味。
口の中で拡がる華やかな香り。
「…んんっ」
心ゆくまでチョコレートを堪能するリーシャ。
仄かに頬を染めながらゆっくりと味わうその姿にオルソンは心臓が高鳴る。
「はぁ」
甘美な時間はあっという間に終わってしまう。
そして箱の中からもう一つ。
そしてもう一つ。
箱が空になるとリーシャは寂しそうに見つめる。
オルソンはずっとそんなリーシャから目が離せなかった。
惚けていたリーシャがオルソンの視線に気付いた。
「…」
「…」
「……美味しかった」
「お口にあったようで良かったです」
オルソンは心からそう思った。
するとリーシャは静かにオルソンに歩み寄った。
「本当に美味しかったのだ。ありがとう」
両手を広げ、自分の倍以上の厚みがあるオルソンを包み込む様にして抱き締めた。
オルソンはリーシャに抱き締められた事に動揺して固まってしまう。
リーシャの仄かに甘い香りにくらくらしていると、耳に入ってくる朝食の鍋がグツグツと煮立つ音だけが現実のように感じられた。