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5 疾風迅雷

「さて、どうするか」


リーシャがそう言うとリーダー格の剣士は嘆息して今一度アークキマイラを見つめる。

今は身動き取れずとも凶暴な魔物であり、解き放てば必ず被害が起こるのは確かである。


「ハイエルフの姉さんよ」

リーダー格の剣士が声を掛けてきた。


「ん。アルティリーシャナンララだ」

「ア、アルティリ…?」

「リーシャでよい」

「あ、ああ。リーシャさん、俺達は【疾風迅雷】っていう王都のギルド所属のBランクパーティーなんだが、実はキマイラ討伐の依頼を受けて此処へ来たんだ。そしたらリーシャさんがキマイラ…実際はアークキマイラを捕まえていた訳なんだが…」


訊けば今回の依頼成功にはAランク昇格も懸かっており、意気揚々とやって来たところでこの場面に遭遇してしまったのだった。


「わたしにはこやつを退治する理由も無かったからな。離れてから解放しようかと思っていたが…お主らが退治する必要があるならやればよいのではないか?」


「え?いや、いいのか?うーん…」

「色々突っ込みどころ満載だけど…取り敢えずこのままじゃいかんだろう」


悶々としているリーダー格の剣士に槍使いが肩に手を乗せて苦笑した。


「そうだな、とにかくとどめは刺しておこう」






リーシャは近くにあった手頃な岩に座ってケット・シーを膝に乗せた。

滑らかな毛並みを堪能しながら身動き出来ないアークキマイラと対峙する【疾風迅雷】を眺めていた。


大剣がアークキマイラの脇腹に突き刺さる。

暫く痙攣した後、獅子の頭が大量の血を吐いた。

黒山羊の頭からは静かに瞳から光を失うと、尾の蛇もだらりと力が抜ける。


アークキマイラの身体が動かなくなる頃にはその足元に血溜まりが出来ていた。


アークキマイラが息絶えた事を【疾風迅雷】が伝えるとリーシャは魔法を解放した。

すると蔓が瞬く間に縮み大地へと消えていった。




「やはり魂は無いか…」


リーシャはアークキマイラの遺体を見つめながら呟いた。


普通の獣が体内に瘴気を溜めて変化した魔獣や、キマイラのように瘴気から直接形を成した魔物は体内に魔石を形成する。


魔石には魔力が含まれており、その魔力の元は魔物自身の魂である。

魔物の魂は魔石の中で魔力へと変換される事で魔物は本能のみの存在となる。

そのため死んでも魂は還る事もなく魔石の中の魔力が消費されれば消滅するのだ。


神々の時代より大自然に宿る精霊達とその生命を愛するハイエルフ。

そんなハイエルフの里で魔物と出会う事も無く過ごしてきたリーシャ。

だからこそ生命を奪う事に抵抗があった。

しかし実際に眼にした魔物はリーシャの知る魂のあるべき摂理から外れた存在であった。

それを目の前で確認し、魔物は忌避すべきものとして認識し次からは容赦なく討伐しようと心の内で誓った。






【疾風迅雷】がアークキマイラの体内から取り出した魔石は大人の拳程の大きさだった。


魔石はその大きさに比例して魔力の含有量も多くなる。

そしてその大きさは凶悪で強力な魔物である証明となる。

魔物が生きている間は、体内の魔石は空気中の魔力や瘴気を吸収し大きくなる。

特別な場所で無い限り空気中に漂う魔力や瘴気は微々たるものでさして問題は無い。

しかし魔物は生物を殺し喰らうことでその魔力を吸収する。

そうして魔力を吸収し大きくなった魔石は宿主を上位種へと進化させる。

つまりキマイラの上位種であったこのアークキマイラは多数の生命を奪い進化したということだった。


巨体のアークキマイラを手際よく解体する【疾風迅雷】。

魔道具や武器、防具などの素材として使える部分を分け終えると残った遺骸は魔法の火をつけ燃やされた。

あまりに酷い臭いだったのでリーシャは風魔法で上空に臭いを散らした。


イエレナと名乗ったエルフが【浄化】という魔法をメンバーにかけると血や脂などの汚れが綺麗に消え去った。

リーシャが感心するとイエレナは簡単な魔法だと照れていた。


【疾風迅雷】が各々アークキマイラから採れた素材を小さな袋に入れる。

明らかに袋の大きさ以上に入っていく。

魔法の袋(マジックバッグ)という魔道具らしい。

袋の中は時空魔法で拡張されており、かなり高価な物なのだという。

これを持っている事が高ランクの冒険者としてのステータスになるのだと赤毛の青年が胸を張った。


初めて見る魔道具に興味が湧いたリーシャが袋の中を覗いたり手を入れたりしていると、リーダー格の剣士が二人に近寄って来た。


「リーシャさん、本当にいらないのかい?」


討伐報酬は勿論、アークキマイラの素材や魔石の取り分もリーシャは特に必要が無かった為に断っていた。


今回の一番の功労者はリーシャである。

アークキマイラは完璧に拘束されており、その力ならリーシャ一人でも討伐は出来たであろう。

殺すことに抵抗があり逃がそうとはしていたのだが。


それでも【疾風迅雷】としては身動き出来なくなった獲物を横取りしたようなものであった。


しかもギルドの依頼はあくまでもキマイラ討伐で、実際にはその上位種アークキマイラだったためにその報酬は数倍になるという。

アークキマイラから採れた素材や魔石も遥かに高額となるのだ。


高ランクの冒険者としてもプライドがあり戦闘もせずに高額の報酬と素材を手に入れる事は躊躇われた。



「姉さん、それなら道案内させたらどうにゃ?」

とケット・シーが提案してきた。


「道案内?それなら分かっているぞ」

怪訝そうな表情でリーシャが言い返す。


「姉さんが向かってる方向はたぶん王都にゃ!」


「えっ!?リーシャ様、王都に向かってるの!?」


イエレナが瞳をキラキラと輝かせて前へ出てくる。


「それだったら、一緒に行かないか?俺たちの馬車で送らせてくれ」


馬車を見た事が無いリーシャは興味本意でそれを了承した。

リーシャの取り分はせめて魔石分の金額を受け取るという事で纏まった。


リーシャが金銭の類を持っていない事をケット・シーが気付き、王都は無一文では何も出来ないとイエレナが説得したからだった。


実はアークキマイラの魔石は売れば王都で半年以上は遊んで暮らせる程の金額となるのだがリーシャは知らない。




「改めて俺はアレン。よろしく!」


爽やかな笑顔で手を差し出したはリーダー格の剣士。

その手を握り返しリーシャはよろしくと笑みを浮かべる。

アレンは顔を赤くして顔を横に向けた。


「私はイエレナです、リーシャ様。ケット・シー君もよろしくね」


ずっと尊敬の眼差しを向けるエルフのイエレナ。

ぐいぐいと距離を縮めるイエレナにリーシャは苦笑いする。

ケット・シーはイエレナに頭を撫でられ気持ちよさそうに目を細めていた。


「俺はザックだ!!リーシャは良い匂いがするな!」


名乗った後、リーシャの匂いをくんくんと嗅いだのは一番若い赤髪の青年。

犬みたいだな、とリーシャが頭を撫でると顔を真っ赤にして八重歯を剥き出しにして満面の笑みを向けてきた。

「お前、何してんだ!」

とアレンがザックの脳天に拳骨を食らわせた。

ザックは頭を押さえながらしゃがみ込んで悶絶した。



「すまないな、うちの馬鹿が。俺はレオニールだ。短い間かもしれんがよろしくな」

しっかりとした挨拶をしてきたのは水色の髪で二本の短槍使い。

よろしく、と差し出された手を握ると何故かレオニールの視線はリーシャの豊かな胸元ばかりに向いていた。

「こいつむっつりだにゃ」

ぼそっとケット・シーがリーシャに告げ口すると精霊達もレオニールを生温かい目で睨んでいた。


次いでリーシャはケット・シーと契約精霊のシルフィを紹介する。

ドライアドは今度は契約しようね〜と手を振り消えていった。



五人と一匹になった一行は馬車を置いてあるという場所まで歩き始めた。

実はこの【疾風迅雷】のメンバーは五人組らしい。

もう一人は戦闘は出来ないが、知識が豊富で依頼の下調べから手続き、馬車の御者、食事や寝床の準備、アイテムの買い付け等の雑用を一手に担っているという。

アレン達のような少人数のパーティーメンバーとしてはかなり珍しいらしいが、彼が加わった事で依頼の成功率が急激に上がったという。






二時間程歩くと少し拓けた先に馬車が見えた。



「あの箱を馬が引っ張るのか」


初めて見る馬車をリーシャは物珍しそうに眺めていた。


馬車の手前に着く頃には陽は沈みかけ空はオレンジから深い紺色に変わり始めていた。


「ただいまー」

「みんなお疲れ様!」


応えたのは大鍋で食事の準備をしていた小太りの青年だった。

周りを見ればテントが二つ準備されており、食事の後は此処で野営するのだろう。

しかも馬車とテントを囲む様に簡易な結界まで張り巡らされていた。


「その顔は戦果は上々…でもないのかな?」

「うーん。何と言うか、まあ」


小さな目でアレン達の表情から微妙な顔色を読み取ったらしい。

そこでリーシャの姿に気付くとみるみる頬を赤く染めてぽかんと口を開けて動きが止まってしまった。


「あ、この人はハイエルフのリーシャさん。とりあえず王都まで一緒に行くから頼むな」


アレンがリーシャを紹介しても反応がない。


「わたしはアルティリーシャナンララだ。リーシャと呼んでくれ」

「……」

男は動かない。


「ちょっとオルソン、大丈夫?」


イエレナが声を掛けてもオルソンと呼ばれた小太りの男は動かなかった。

リーシャはきょとんとしたままオルソンを見つめた。


オルソンの顔色が赤から真っ青に変化していく。

おかしな様子を心配そうにアレン達が見ている。


「……かわ…いい」


か細い声で呟いてそのまま後方に倒れてしまった。



「「「「オルソーーーーン!!!!」」」」


みんながオルソンに慌てて駆け寄った。


その横をケット・シーがダッシュで追い抜き、倒れたオルソンの上に勢いよく飛び乗った。


「ぶほっ!」


衝撃でオルソンのお腹がたぷんと揺れて息を吐き出すとオルソンの顔色が戻った。



「こいつ息するの忘れてたのにゃ」


ケット・シーは腰に手を当てて冷めた目で言い放った。








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