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4 キマイラと冒険者

「ね、姉さんっ!?にゃにをぅああああああああああああああ!!!」


リーシャの腰にがっしりと掴まるケット・シーが何とも言えない鳴き声で叫んだ。


リーシャはそのまま20メートル以上はある崖に向かって走り出した。

真下には針葉樹が生い茂る森が広がっている。


リーシャはその中央付近に流れる川を目指し跳躍した。


「にゃああああああああああああああああああぁぁぁ」


涙目のケット・シーを後目に二人の身体は風に押されながら真下に広がる森へと降下していく。


普通に落下するより遥かに長い滞空時間。

外套がまるで翼のように広がり、シルフィがリーシャを後ろから抱きしめるように腕をまわす。


巻き込むような風がリーシャを包み込む。

落下速度は緩やかになり、川の近くの足場の悪そうな岩場へと向かって行った。


そのまま風が勢いを受け止めてふわりと大地に足を着ける。


「どうした?」

「ね、姉さん…出来れば跳ぶ前に心の準備が欲しいにゃ…」

ぐったりとしたケット・シーが訴えるとリーシャは何も言わず頭を撫でて薄く笑みを浮かべた。


「姉さんの精霊魔法は凄いのは良く分かったにゃ。エルフの精霊魔法を見た事あるけど姉さんのとは全然違うにゃ」


リーシャは少し首を傾げる。


「精霊の力を借りるなら同じだと思うがな…そのうちエルフに会ったら訊いてみるか」


「それがいいかもにゃ…普通は死ぬにゃ…」

などと話していると、シルフィが毛を逆立てる。


『リーシャちゃん、来るわ』


シルフィが警戒する視線の先には大きな岩と後ろに広がる森。


その岩の陰から現れたのは巨大な獣だった。


3メートル以上の巨体、筋肉質で俊敏そうな猫型の体躯から獅子の頭と黒山羊と二つの頭を生やし、尾は蛇でうねうねと蠢いている。太く筋肉質な手足からは凶悪な鋭い爪が伸びている。


「確かキマイラだったか」

キマイラは容赦無い威圧を向けているがリーシャは涼しい顔で自然体のままだ。

一方ガタガタと震えるケット・シーはリーシャの腰に掴まったまま恐怖で言葉が出ない。


「グルルルッ!」

獅子の頭は獰猛な牙を剥きボタボタと涎を垂らしながら確実にリーシャ達を

獲物と定めている。

キマイラは姿勢を低くして後ろ足に重心をかける。

獲物までの距離を一瞬でゼロにするための爆発力を生む後ろ脚に力をためている。

ぐっとさらに姿勢を低くして力を解放するその瞬間。


リーシャが右手の指をパチンと鳴らした。


同時に何も無い地面から数百本の太い蔓が伸びる。


キマイラの後ろ脚が地面から離れる寸前にその全身に蔓が巻き付いた。


瞬きをする間もなくキマイラは雁字搦めになった。


「グルァァァァっ!!」


獅子の頭が唸り声を上げる。


もう一方の黒山羊の頭が呪文を唱え始める。


リーシャがスっと右手を向ける。


すると黒山羊の口が蔓が伸びぐるぐると巻かれる。

その鼻と口からブスブスと黒い煙が漏れ、赤黒い血が垂れた。


キマイラが抵抗しようと踠く。

しかし踠けば更に蔓が強く締め付ける。


幾許か抵抗すると身動き一つ取れなくなったキマイラは悔しそうに吠えた。



「と、とんでもないにゃ…」


リーシャにしがみついたままケット・シーは息を飲んだ。

動けないとはいえ、キマイラは未だにこちらを睨みつけて威嚇している。


『ねえ、リーシャちゃん。どーするのコレ』


シルフィがリーシャの顔の横でふわふわと浮かびながらキマイラを指差す。


「ふむ。どうしたものか」


リーシャはシルフィを一瞥してキマイラを見やると指を顎に当てた。


するとリーシャの腕に美女の姿をした精霊が抱きついてきた。

森の精霊ドライアドだ。

このキマイラを縛る蔓は彼女の力を使ったものだ。

薄緑の肌と深緑の髪をした柔らかそうな雰囲気をしている。

上目遣いで甘える様にしてリーシャを覗き込む。


『ねぇ〜、この(けだもの)ぐちゃぐちゃのばらばらにしちゃお〜か〜?』


ケット・シーはその発言を聴いてドライアドから隠れるように体を丸めてドライアドの反対側にこっそりと移動した。


その様子に気付いたドライアドはにこりと笑みを浮かべる。

ケット・シーはひっと小さく喉を鳴らしてリーシャの影に隠れた。





そこへ複数の気配が近付いてきた。


リーシャ達が振り向くと武器を構えた四人組の男女が現れた。


蔦で雁字搦めになったキマイラと精霊に囲まれたリーシャを交互に見て、目の前の光景に呆気にとられている。


「おいおい、これは何なんだ…」

「…精霊?」

「このキマイラまだ生きてるよな…」

「……美少女…」


警戒しつつリーダー格の男がリーシャに声を掛けた。


「これはあんたが…?」


男はがっしりとした体格で金属の鎧を着た大剣を携えている剣士。

年齢は30代前半くらいで、日に焼けた肌と短めの茶色の髪と瞳で目鼻立ちがくっきりとした気の強そうな面立ちをしている。


『そうよ〜。リーシャちゃんが私の力でぐるぐる巻きにしたのよん』

『あんたリーシャちゃんと契約もしてないのにべらべら喋り過ぎよ!』


からからと笑うドライアドにシルフィが分かりやすくぷんぷんと腰に手を当てながら怒っている。

リーシャは眉の根を下げてシルフィの頭を撫でて諌める。


「え?契約無しでドライアドを…?」


反応したのは紫のローブを着たエルフの女性の魔法使い。

見た目は20代前半に見えるが、平均寿命500年以上のエルフなのでもっと年上だろう。

エルフの特徴である尖った耳、プラチナブロンドの長い髪と紺碧の瞳、何よりも整った顔立ちだが、精霊達の会話に驚きを隠せず少々間抜けな表情をしてしまっている。


「何それ?すげぇの?」


軽そうな口調の男は四人組の中で一番若そうな青年。

赤い髪と茶色の瞳で10代後半、皮製の鎧と軽弓、短剣を携えた身軽そうな服装から斥候役だろう。


「イエレナ、確か精霊魔法は精霊と契約しないと使えないって言ってたよな」


エルフの女性に問い掛けたのは二本の短槍を構えた軽装の戦士。

20代後半の肩まで伸ばした水色の髪と濃い碧の瞳で一番警戒している。


『そうよ〜。でもリーシャちゃんはハイエルフだから契約無しでもこれくらいは私の力を使いこなせるのよ〜』


「「「「ハイエルフッ!!?」」」」


四人組はドライアドの言葉に声を揃えて驚嘆した。

リーシャは大きな声を上げる四人組を黙ったまま各々観察するように見ている。

するとリーシャはリーダー格の男の顔を見て無警戒に近付いた。


男が咄嗟に大剣を構えるより早くリーシャは男に顔を近付けた。


「なっ!」


接近戦を身上とする剣士が身構えるよりも早く接近された事も驚愕であったのだが、間近に迫るリーシャの美しい顔に息を飲んだ。

長い睫毛と透き通る湖のような紺碧の瞳に吸い寄せられる様に視線を離すことが出来ない。


「お主らアーサーと似た雰囲気だな!もしや冒険者か?」


無表情で冷たい美しさを放っていたリーシャが、突然子供のような無邪気な笑顔を見せると、剣士は顔を真っ赤に染めた。


「そ、そうよ。私達は冒険者よ」

やはり顔を赤らめたエルフがリーダー格の男を押しのけて間に入ってきた。


「ほう!やはりな!アーサーもそのデカい男とそこの槍の男と似た雰囲気だったからな!」

「……姉さん、イメージがくずれるにゃ」


テンションが上がるリーシャにケット・シーはため息混じりに呟いた。


「あ、あの。貴女は本当にハイエルフなの?」

緊張した面持ちのエルフがリーシャに近寄ってきた。

エルフにとってハイエルフとは上位種であり、一般には伝説上の存在とされているが、エルフの伝承ではその存在は肯定されており神々や大精霊と並ぶ程に崇拝し畏敬の念を抱く存在であった。


そんな存在に出逢ったのだから興奮は抑えられない。


「ああ、わたしはハイエルフだ。そういうお主はエルフの娘だな」


リーシャの言葉でエルフは大きな目を見開いた。


「きゃー!私イエレナっていいます!まさかハイエルフ様にこんな所でお逢いできるなんて!!しかも上位精霊のシルフィードとドライアド、オマケにケット・シーまでいるわ!」

「おまけとは失礼なエルフにゃ!」

イエレナはぴょんぴょんと跳ねながらリーシャの手を握る。

上位精霊のシルフィとドライアドはイエレナのリーシャへの反応に吝かではないようだったが、不満気なケット・シーの抗議は全く耳に入っていない。


「マジかよ、ハイエルフって伝説とか幻じゃなかったんだな」

「本当にハイエルフなのか?」

「イエレナがあそこまで興奮してるし、嘘ならイエレナが分かるだろ」

「そうだな。でも実在するとはな」

「グルルルッ!」


そこで身動きの取れないキマイラが唸り声を上げた。

気を抜いていた四人組は咄嗟に反応する。


「大丈夫だ。身動きひとつ出来ないようにしてある」

『私とリーシャちゃんの力を舐めちゃだめよん』

リーシャが事も無げに言うとドライアドも自信たっぷりに言い放つ。

それでも冒険者達は警戒を解けない。

キマイラは危険度の高い魔物だからだ。

しかし、リーシャの言う通りキマイラは唸り声を上げるだけで全く動く事が出来ないようだった。


「お、おい!こいつキマイラじゃない!黒山羊の頭じゃねぇか!」

「は?あ、アークキマイラ!」

「Aランクの魔物を縛り上げてる…」

「まじかよ、すげぇな…」


普通のキマイラは獅子と白山羊の双頭で危険度もBランクだが、アークキマイラは獅子と黒山羊の双頭で、黒山羊の方がより強力な魔法を使うので危険度が高くなっていた。

より危険度の高いアークキマイラを縛り上げている魔法の蔓に冒険者達は半ば呆れるようにしてリーシャとアークキマイラを交互に見た。


「…で、このアークキマイラどうするんだ?」


リーダー格の男がリーシャの顔色を伺うようにして訊ねた。






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