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2 古代竜

風を身に纏うリーシャは驚異的なスピードで森を駆け抜ける。

視界に映る障害物をまるで川に流れる木の葉のように避けながら進んでゆく。

やがて陽の光を遮る木々が無くなると目の前には青々とした草原が広がっていた。

シルフィにありがとうと囁くとリーシャの纏っていた風が身体から離れていった。

同時にリーシャはストンと地に足を着けて初めて見る草原を見渡す。

膝まで伸びた草花と頬を触れるそよ風は森よりも少し乾いた匂いがした。



そして草原の中央に巨大な白い毛の塊を見つめた。

それが何なのかリーシャは気付いていた。


「ふむ、初めて会うがお主は竜種か」


リーシャの呟きにそれはピクリと反応した。

鱗の代わりに白く柔らかそうな毛に包まれた(ドラゴン)はゆっくりと長い首を気だるそうに持ち上げると黄金の瞳でリーシャの姿を捉えた。


『珍しいな。森の賢者が森の外にいるとは…』


白い竜の大きく鋭い牙が覗くその口から響く声は想像よりも低く優しい声だった。

知性の高さが伺える言葉遣いとその身体から感じる大きな魔力から高位の竜種、もしくは古代種だろう。


「なに、友人との約束を果たすためにな」

『ほう……排他的なハイエルフの友人とは興味深いな』

「そういうお主は高位の竜種であろう。こんなところに住んでおるのか?」

『ふむ。わしは古代より生きる白の古代竜(エンシェントドラゴン)だ。わしは間もなく寿命でな。子を残す為に安全な地を目指していたのだ』

「古代種とな。ならばわたしが子が産まれるまで結界をつくろう」


古代種の竜は数少ない。

何万年と生きるため、(つがい)も作らず寿命が尽きる時個で子を宿す。

その瞬間に立ち会える幸運と、同じく古代種であるハイエルフのリーシャではあったが、太古の時代より遥かに長く生きてきた彼の生命に畏敬の念を抱いていた。


『それは有難い。感謝しよう』

「わたしもこのような瞬間に立ち会えた事、嬉しく思う。お主の魂も還れるよう手を貸そう」

『わしの名は【風に紡がれし白頭】。ハイエルフに祝福を』

「わたしはアルティリーシャナンララ。お主の最後と子の誕生を見守ろう」

『もうひとつ頼みがある』

「わたしに出来ることなら」

『我が子に名付けを頼みたい』


思ってもみなかった頼みにリーシャは驚き、簡単に応える事が出来なかった。

リーシャたちのような古代種は名前に深い意味を持つのだ。

名前は魂に刻まれ力となる。

その魂と名前の結び付きが深いほど強い力となる。


「わたしは竜語では名付けることが出来ない。弱い竜になってしまうかもしれない」

『大丈夫だ。我ら古代種は魂の在り方が近い。お主ならば我が子の魂により強い力を与えてくれるだろう』

「責任はとれぬ。それでもよいのか?」

『勿論だ。竜語に寄せる必要はない。感じたまま名付けてやってくれ』


仕方なくリーシャは承諾する事にした。

悠久を生きた古代竜の最後の願い、それを叶える事で荘厳なる生命の最後の時を心安らかに旅立って欲しいと思ったのだ。


自分の兄と同じように。



リーシャは目を瞑り右の掌を胸にあてた。

風の音だけが聴こえる。

微かに奏でる風の旋律に乗せるように歌を紡ぎ始めた。


兄を送った時のように。


魔力の込められたリーシャの歌は精霊達を集めた。

小さな精霊達はリーシャと【風に紡がれし白頭】の周りで跳ねるように踊り出す。


「護りを」


リーシャが指を鳴らすと【風に紡がれし白頭】の周りは世界と遮断された。

精霊達は結界の中で楽しそうに自由に動き回っている。


【風に紡がれし白頭】は目を細めて精霊達の姿を愛おしそうに眺めていた。


『優しい魔力だ。精霊共に愛される訳だ』

「そう、なのか?」

『ああ、こんなに優しい魔力の中で穏やかに旅立てるわしは恵まれている。そして我が子も最初の幸運を手に入れるだろう』


そう言って彼は目を閉じた。

リーシャは彼の頭に寄り添うようにして彼の瞼を撫でた。

間もなく魂が肉体から離れようとしている。

穏やかに。

苦しまずに。

そう願いながら瞼に手を添える。


『ありがとう……さらばだ、友よ…』


そう言って【風に紡がれし白頭】の魂が離れてゆく。


彼の魂と共に舞い上がる精霊達。

煌めく光の粒は【風に紡がれし白頭】の身体を包み込む。


ゆっくりと音も無く彼の体は大地へ溶けるように消えていった。




彼の体が大地に消えた跡に人の頭くらいの大きさの卵が遺されていた。

するとパキッという音と共に固そうな殻がひび割れた。


精霊達が卵の周りに集まり始める。


『産まれるよ』

『産まれるの?』

『竜の子供?』

『リーシャの子供じゃないの?』

無邪気な精霊達は好き放題に話し出す。


「わたしの子ではないよ。さあ、産まれるよ」


ハイエルフは卵は産まない。

それにリーシャにはまだ(つがい)はいない。

まだ500年くらいしか生きていない若輩者であり、里には兄しかいなかったから仕方ないとリーシャは思っている。


卵が揺れ出すと大きな亀裂が入った。

パキパキッと亀裂から殻が崩れ、そこからふわふわの白い毛に覆われた頭が出てきた。


『産まれた!』

『産まれたよ!』

『可愛い!』

『可愛いね!』

興奮した精霊達がくるくると嬉しそうに舞っている。

目の前を飛び回る精霊達をキョロキョロと目で追っている。

微笑ましい光景にリーシャの頬が緩む。


「きゅえっ」

リーシャに気付いた子竜は間抜けな鳴き声を上げて、卵から飛び出した。

ふわりと飛び上がると、リーシャの腕に絡まるよう捕まり顔を覗いてくる。

見た目は白いイタチの様で耳が長く垂れている。

エメラルドの瞳はキラキラと光を纏っている。

風の力を持つ竜なのだろう。


「お主の親から名付けを頼まれている」

「きゅきゅっ」

首をブンブンと振り、早くしろと急かされているようだ。


「では、フィーレスナ、はどうだ?」

「きゅっ」

「エルフの言葉で、戯れる風という意味だ」

「きゅーーっ」

子竜は頭を揺らしている。

気に入ってくれたようだ。


「では、お主の名はフィーレスナ、フィーと呼ぼう」

「きゅっきゅーっ!」

『フィー!』

『見て!』

『祝福だ!』

『祝福が降りてきた!』

フィーの体がキラキラと光の粒子を纏う。

名前と魂の繋がりが強く、力を得た証拠だ。

この瞬間フィーの潜在魔力が数倍になったのが分かる。

見た目も真っ白だったのが、耳の先端と足先が深い緑色に変わった。

風の力が強くなったのだろう。


「良い名付けが出来たようだな。お主も【風に紡がれし白頭】に負けぬよう立派な竜として生きて欲しい」

もふもふとした手触りの良い毛並みを撫でるとフィーは気持ち良さそうに目を細めた。


「では、わたしは行くよ」

『母上!』

するとフィーは肩まで登ってきてリーシャの頬に頭を寄せた。


「今のはフィーの声か?」

『そうです!母上!』

フィーは長い尾をリーシャの首にするりと巻き付けた。

「わたしは母ではない。名付けただけだよ」

『だから母上です』

「名付け親、ということか」

『素敵な名前をありがとうございます。お陰で母上にもお礼が言えるようになりました』

名付けにより知性も上がったのだろうか。

流暢に話すフィーは嬉しそうにリーシャに体を巻き付けて甘えている。


フィーは一枚の羽根を口で器用に抜いてリーシャに渡した。

手に取ると白い羽根はうっすらと七色に輝いている。

「美しい羽根だな」

『僕はこれから成長するために龍の山脈へ行きます。この羽根があれば僕は母上の居場所が分かります。僕の力が必要な時はいつでも呼んでください』

「そうか、遠慮なく受け取ろう。ありがとう、フィー」

『では母上、寂しいですがまた会いましょう。いつでも心で僕の名前を呼んでくれれば母上の元へ参ります』

そう言ってフィーはふわりと浮かび上がった。


「ああ、フィーも気を付けて」

『ありがとうございます母上』

フィーの体が小さな旋風に包まれ、空高く舞い上がった。


『母上、お元気で』

白く小さな体はあっという間に見えなくなった。


リーシャは暫くその空を見つめていた。



里を出てすぐにこんな出会いがあるのだろうか。

かつてアーサーから訊いた冒険の数々。

奇跡のような出会いはそれを思い起こさせた。

リーシャは何だかアーサーのような冒険者になった気分だった。



気を取り直してリーシャは再びシルフィを呼び風を纏って大きく踏み出した。


この先に進んでもアーサーはきっともう居ないだろう。

でも今は無性にアーサーに会いたくなった。


早く、早くと心は弾み、リーシャを後押しするように風が強く吹いた。




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