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98「山賊退治」

 時刻は深更。

 禽獣や虫のわずかな動きも感じられぬほど夜が深まったころに、山頂の祭壇付近を目がけて幾つもの影が集まりつつあった。


 影は、山野の獣の皮を身に纏った全身から激しい臭気を漂わせた異様な集団である。

 彼らはしばし樹木に隠れ潜んで周囲の様子を窺っていたが、なんら生物の気配がないと悟ると、かなり大胆な動きで山神に捧げられた供物へと殺到した。


「開けろ」


 影の中でも図抜けて大きい身の丈を持つ男が野太い声で命じた。彼らは毛皮を身に纏った暦とした人間であったのだ。

 おそらくは首領であろう男の命に従って、数人が祭壇の中央に多数の飲食物と共に供えられた棺の蓋を手に持った道具でバリバリと音を立てて剥がした。


 男たちは一様に息を呑む。

 そこには薄衣に身を包んだ儚げな巫女が、長い金色の髪を乱しながら肩を震わせ静かに横になっていた。

 仰向けなので巫女の顔貌は生臭い息を吐き出す男たちの集団に晒された。


「こりゃあ上玉だ」

「それも、土地の田舎臭い小娘じゃねぇな」

「村のやつらはどうやってこんないい女の算段をつけたんだ」

「ブルっちまうぜ、なぁ、お頭よう」


 眼球を血走らせて巫女に見入っていた男のひとりが我慢ならぬように、背後を振り返って怒鳴るように首領に告げた。


「確かにオメェたちのいうとおりだ。コイツはおれも滅多に見たことがねぇほどの部類だ。ちっとばっかり華奢だが、今まで申し訳程度に差し出してきた娘っ子たちとはワケが違うな」


 狼の毛皮を被った首領は髭だらけの顔の中で瞳だけをギラギラ輝かせている。


「よし、丁重にアジトへと運ぶんだ。それと、絶対指一本触れるんじゃねぇぞ。これほどの娘ならば相当に高く売りつけることができる。願わくば本当の乙女であることを望むがな」


 首領の統制力は見事なもので、今の今まで物欲しそうにしていた男たちは完全に威圧されて巫女に向けていた邪悪な欲望を萎えさせられると、従順に供えられた飲食物を運びにかかった。


 男たちが山神への供物をアジトの前に運び込んだときには、すでに山の端から真っ赤な朝日が立ち昇りはじめていた。


「よし、一服したら昼間で眠れ。仕事はそれからだ」


 首領が棺を前に紙巻きタバコを懐から取り出した。

 ほぼ同時に、数人の男が興味深そうに棺の中を覗き込んだ瞬間、巫女がかたわらに隠していた長剣を突き出していた。

 ひとりの男が喉笛を抉られて絶叫を山肌に響かせた。

 間髪入れず白刃が鋭く弧を描いて瞬く間に三人の男が絶命する。

 髭だらけである首領の目の色が変わった。


「幽霊の正体見たり枯れ尾花ってな」


 首領が理解できないことわざをつぶやきながら金色の髪をなびかせた小柄な巫女が長剣を構えたまま棺から飛び出した。

 鎧を叩きながら首領が唸ると金髪の巫女は素早く長剣を頭上で旋回させ振り下ろした。






 ――どうせこんなことだろうと思っていた。


 メリアンデールに代わって生贄の巫女になりすましたカインは誂えたような絹の薄衣を身に着け赤い紅を差したまま賊の首領の肩口を切り下げていた。 


 カインが類推するに、山神に捧げていた供物を食い詰めた山賊たちが奪い続けるうちに、要求がエスカレートしたのがこの結果ということだろう。


 生贄の巫女に成りすまして山神を騙った山賊たちのアジトを突き止め、急襲するといういたってシンプルな作戦だが効果は絶大だった。


 山塊の中腹に作られたアジトの規模からして抱え込める賊の数は数十を超えないだろう。


 肩口からカインに斬撃を受けて転がる首領も特に警戒するほどの手練れではない。


 おまけにジェフの八面六臂の活躍で穴から這い出てくる山賊たちは片っ端から骸になり、もはや戦意喪失といった体であった。


「キサマ、さては村の衆が雇った冒険者か?」

「そうよ! 天網恢恢疎にして漏らさずって聞いたことがないかしら。あなたたちのように罪なき人々を苦しめる悪い人間はこのメリアンデールが許さない!」


 首領の問いにカインが答える前にしゃしゃり出てきた姉のメリアンデールが遠くまで聞こえる朗々とした声で肯定した。


 カインと衣装を交換したメリアンデールは羽帽子をチャームポイントに、上はキャミ、下はほとんど太ももがそっくり見えるスーパーローライズのショートパンツを履いていた。


 これではどこをどう見てもカルリエ領主の一族である上流貴族の子女とは思えない。

 ちょっとかがんで後方から見れば臀部が見えそうな格好は動きやすさを重視した蓮っ葉な女冒険者という存在を体現したかのようなものであった。


「姉上はちょっと黙っていてくだいませんか。こ、こほん。賊の大将。おまえたちが山神を騙って村人たちから貴重な財産を搾り取っているのは明々白々な事実だ。この場で降参して縛に着くならば公の場所で真っ当な裁きにかけてやるぞ」


「ちっ、しくじったわ。だがな、山塊の狼と呼ばれたこのガスケット・シスネロスがこのままやられっぱなしで降参するとは思うなよ?」


 ガスケットは野卑な笑みを口元に浮かべると即座に血濡れた指で笛を鳴らし、朝焼けの陽光で染め抜かれた山々に甲高い音を響き渡らせた。


「な、なんだ……?」


 山が砕けたかと思うほどの轟音が遠くから徐々にカインたちの居る場所へと迫ってくる。


「坊ちゃま、気ィ抜かねぇでけろ」


 残った最後の賊のひとりを斬り倒したジェフが見事な身のこなしで巨体をすべらせてカインの盾になった。


 ほぼ同時に山塊を断ち割るような吠え声と共に見上げるような巨猿が姿を現した。


「あ、あわわ」


 腰を抜かしたメリアンデールがぺたんとその場に座り込んでカインの脚に掴まってくる。


 ゼンはけなげにもナイフを構えたまま唸っているが恐怖のあまり全身の毛が逆立っていた。


「大猿よ! そいつらをやってしまえ!」


 首領の声に勢いをつけた白猿は全身につる草を巻きつけたまま真っ赤な口と牙を見せて威嚇するように咆哮した。


「下がっていてくだせぇ。この猿はオラが退治するで」


 だが、ジェフは微塵の怯えも見せずに長剣を平正眼に構えると、今にも飛びかかってきそうな白猿に向かって平然と距離を詰めてゆく。


 全身から異様な獣臭を放つ白猿はジェフの無造作な動きに野生の勘で警戒したのか、唸り声を上げたまま、ジリジリと下がった。


 常人ならば五メートル近い体高を持つ巨大な猿の唸り声を聞けば自然と身体も固くなるはずであるのだが、ジェフの表情はそれこそ畑を耕しているときと変わらずに落ち着き払っていた。


「どうしたべ猿公。こないならこっちからいくべ」


 ジェフの声。

 白猿は弾かれたように横っ飛びをすると、ほぼ真横から凄まじい勢いでジェフに襲いかかった。


 瞬きをすれば見逃してしまうような刹那の速さで白猿は不意を衝いた。


 だが、ジェフも常識ではかれるような尋常一様な腕の持ち主ではなかった。


 白い砲弾のような密度と破壊力で迫った大猿の攻撃をジェフは凄まじい一刀で迎え撃った。


 長剣は鋭く回転して丸太のような太さの白猿の右腕を強かに打ったのだ。


 ビシッと巨木が断ち折れるかのような音が鳴って太い白猿の右腕が吹っ飛んだ。


 カインの目には猿の腕肉から覗いた白い骨の色が鮮やか過ぎるほど網膜に残った。


 ジェフは剣技の手本のような見事な足さばきで移動すると白猿の真横に移動し長剣を水平に振るった。


「ぬん」


 両手に握りしめられた長剣は白猿の右脇腹から左胸あたりまで深く食い込んで動きを止めた。


 白猿が眼球が飛び出しそうなほど目を剥いて絶叫をほとばしらせる。


 ジェフは素早く長剣を白猿から引き抜くと高々と跳躍し頭上に見事な斬撃を見舞った。


 それが山神と恐れられた怪物の最期であった。




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