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97「冒険者の事情」

「ええと、話せば長くなるんだけど」

「できるだけ手短に」


「う、うん。わたしね、お家を出たあと、とりあえず食べていかなきゃならないから、その、冒険者っていうのになってみたの。カインくん、冒険者ってわかるかな?」


「聞いたことはありますが。専門のギルドに所属して仕事を請け負い、報酬を得る者たちのことですよね」


 カインはメリアンデールが冒険者になっていた事実を知ると驚きよりも、むしろそこまで苦労しなければならなくなった境遇に深い同情と憐れみを覚えた。


 日本人から異世界に転生したカインからしてみれば、自分の腕で稼いで食っていくという冒険者という仕事はなんら恥じるものではなかった。


 だが、ひとたび貴族という特権階級に身を置く側の視点から見れば、冒険者という職業はならず者の寄せ集まりというのが相場であった。


 専門のギルドに加入して、雑用から魔獣討伐を行うなんでも屋的な存在は、ときとして一般市民たちから「なにをするかわからない集団」として流れの傭兵たちと同程度の恐怖と忌避感が常にべったりとまとわりついていた。


 痩せても枯れてもメリアンデールはカルリエの地においては領主の一族であり、黙って地方の権門を訪ねても食うにも小遣い銭にも困らない名家なのだ。


「……あのね、カインくんは冒険者のことをちょっと誤解していると思うよ」


「いや、すみません。差別意識は個人的にないつもりだったのですが。そうですか、顔に出ていましたか。以後気をつけます。続きをどうぞ」


「うーん、できればお姉ちゃんはカインくんの冒険者一般に対する蒙を啓いておきたかったんだけど、時間がなさそうだから次にするね。え、ええと、それで、どこまで話したっけ?」


「まだ、なにも話してはおりませんが」

「うん、そだね。ええと、それでわたしは冒険者になったの。でも、できることって本当に薬草集めとか、子守とか、迷い犬探しとか、あとはおっきいお屋敷のお掃除とか。それで、王都から南に南に旅を続けているうちにね、なんと父祖の地であるカルリエになぜかたどり着いてしまったメリーちゃんなのでした。ぱんぱかぱーん」


「え、南ってカルリエはぜんぜん違う方角でねぇべか」

「し!」


 ジェフが当然の疑問を口にするがゼンが口元に指を立てて打ち消す。


「で、姉上が、なぜ村が白猿に供える生贄に。まさか、村人の苦難を放ってはおけず自己犠牲心から、とか……?」


「ううん。本当は、近くの街で知り合った冒険者パーティーに入れてもらったんだけど、なぜかわたしが入ったあとに、みんなの仲が悪くなっちゃたの。どうしてかなあ」


「姉上、ちなみに聞きますがパーティーの男女比は?」

「うん? 女はわたしひとりだよ」

「けど、新参がたとえ女性ひとりだったとはいえ、どうしてパーティーが崩壊するのですか」


「んんん、わたしは特に意識してなかったんだけど、いつの間にか全員がわたしのことを恋人だっていい張るようになって、それで徐々に」


 ――これは自分に自覚がない一番タチが悪い女だ。


 要するにむくつけき男どもに入った美少女を取り合いになって冒険者パーティーが空中分解したに過ぎないありふれた事例だ。


(純正のサークルクラッシャーか)


「それで、みんなの気持ちをひとつにするために、村から出ていた以来のゴブリン退治を引き受けたんだけど――」

「けど?」

「失敗しちゃったんだ」


「そうですか」

「くすん、カインくんが冷たい」

「いや、その少ない情報でどう判断せよと申されるのですか」


 メリアンデールは棺の中で正座をしながら目元に手を当てたまま、くすんくすんと泣きまねを結構真に迫った演技で続ける。


「カインくんからわたしに対する大きくて越えようのない壁を感じるよう。昔はメリーお姉ちゃんメリーお姉ちゃんだいしゅき! って感じで懐いてくれたのに」


 メリアンデールは自分の身体を両手で抱くと切なげな眼をした。


「いや、私はかなり記憶力がよいほうだと自負しているのですが、姉上相手にそのような軽々しい振る舞いをした覚えは微塵もないのですが。ああっ、泣かないでください。わかりました、わかりましたよ。もう少し砕けた感じで壁を感じさせないよう話しますから。ふうっ、じゃあ姉上、そのゴブリン退治の失敗の続きから語ってもらえませんか。途中経過が抜けていると、どうにも判断がつきかねます」


「ええと、それでね。ゴブリン討伐の失敗のあと、前払いでもらっていた依頼金を仲間のひとりが持って行ってしまったの。それで、わたしとしては返したかったんだけど、その、先立つものがなくてですね、それで村の人たちが、その巫女の代わりにちょっとだけこの棺に入っていれば帳消しにするといってくれたんで、その、ここはひとつひと肌脱いじゃおうかなっと……」


 メリアンデールが話を続けるうちにカインの形相は知らないうちに凶悪なものに変わっていたのだろう。


「姉上。人がよすぎるというかなんというか。あなたは山神とかいうわけのわからないものの生贄にされていたんですよ」


「それは、そのう。ほら、わたしって困っている人は放ってはおけない性格だし、その逃げ足には自信があるんだよ?」


 メリアンデールは素早くむっちりとした自分の右脚を上げて、白い太ももを叩き、軽やかな音を立ててパンッと鳴らすと自慢げな笑顔を見せた。


「あるんだよっ、じゃありません!」

「ひいいっ」


 カインの火の出るような怒声にメリアンデールは悲鳴を上げながら棺の中に隠れて頭を抱え引き籠ってしまう。


「事情はだいたいわかりましたが。姉上はここの山神に関する情報をなにか掴んではいないのですか? ゴブリン討伐を依頼されただけとはいっても、少しは事前に地域の情報を集めるとか」

「そこはもう、出たとこ勝負! みたいな」


 ぴっと人差し指を立ててメリアンデールが白い歯を見せた。


「わかりました。気が進みませんが私に策がありますので任せてください。姉上は、このまま山を下りていただきたいのですが、お嫌なのでしょう」


「うん。なりゆきだけど、ちゃんとどうなるか見届けたいしね」


「……それではとりあえずそこから出て手足を伸ばしてきてくださいませ。着替えは、元々着ていたものを村人が置いていったので」

「うん、ありがとね」


 メリアンデールは棺から出ると鼻歌まじりに着替えるため祭壇を離れて雑木林に消えていった。


「なんというか、姉上さまは若さまとまるで違う印象ですね」

「いうな、ゼン」


 カインはため息を吐きながらも頭の中をくるくると忙しなく回転させはじめた。




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