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95「村の苦悩」

「村に入り込んだ小鬼たちを退治してくれたそうで。まずは村人になり代わって礼を述べたい」


 村長はカインたちと会うなり、おざなりではない感謝の意を示した。


「どこぞの貴人であるか詳しくは聞いておりませぬが、本日湯治場の宿に遠くからこられたお客人に相違ないでしょうか」


「ああ、そうだ。療養、とはいい過ぎだがちょっとした骨休めに村の湯を使わせてもらっている。こちらはジェフとゼン。私の従者だ」


 まだ声変わりにはほど遠い少女のような声でカインが堂々と答えると、眉まで白い老齢の村長は居住まいを正して向き直った。


 カインは敢えて自分の名を名乗らなかったが、村長は意図があることを察したのか、特に突っ込んで聞いてはこなかった。


「私は村人からすればただの湯治客でよそ者だろうが、あのようなゴブリンが村にまで入ってくるとは、ちょっと普通ではない。もしよければ事情をお聞かせ願えないか。なにか力になれるかもしれない」


 村長はわずかに逡巡したが、特に周囲の長たちと口を利くこともなく、すぐさま自分の意志で決断し、事情を語りだした。


「ゴブリン自体は村からすれば脅威、というわけではありません。根本的なことが山で起きているのでございます」

「山で、とは」


「あれだけの数の小鬼たちを瞬く間に平らげる武人をお供にするお方であり、力のある騎士さまであると思いお話します。実は、ここ数年、山が荒れているのでございます」


 カインは村長の話の腰を折らずに黙ったままわずか視線を動かして先を続けさせた。


「というのもセルブ村からすぐ見えるダカホ連山に住まう山神さまの要求が年を追うごとに酷くなり、我々では対処できない状況になってきたのでございます」


「山神? 山の神が村になにかを要求しているということか?」


「はい。ダカホの山神は白い巨猿ということで昔から知られており、村では秋口の収穫祭にはささやかながら供物を捧げていたのですが、昨今はご領主さまの年貢の取り立ても厳しく、また、方々でいくさが続き、満足のいく量の供物を山神さまに捧げることができなくなってしまっていたのです。我らとしてもそれを苦しく思っていたのですが、ある日、山神さまからお告げがあり、今後は通常の供物以外に処女の巫女を毎年捧げよというお告げがあったのでございます」


「山神のお告げだと」


「はい、我らもそのようなことがあるはずもないと放置していたのですが、巫女の人身御供を捧げなかった年は、異常なまでに賊の襲来や小鬼どもが多勢で村を侵すことが多く、それならばと人身御供を捧げたのですが、その年はぴたりと災厄が収まりましたが……」


「要求がエスカレートしてきたのか」

「そうでございます。年に一度が半年に一度になり、今年になってからは月に一度と。さすがに村から若い娘を探し出すことも難儀になり手をこまねいていたのですが、つい最近、ご領主さまの軍勢が隣領のお殿さまと合戦になられた月には巨大な白猿が村まで下りてきてやりたい放題。我々は若い衆をできるだけ村から逃がして、なんとか山神さまのお怒りをお鎮めできないかと、みなで日夜、ない頭を捻っているところでした」


「そんなことがあったとはな……ちなみにご領主さまには訴え出たのか」


「いや、去年、幾度かご領主さまとごく親しいと仰られる貴人にお頼みしましたが、いつまで経っても返答が貰えず、かかりも多く、その線はあきらめておりました」


 長老は口元にそこはかとない苦さを残して声音を低くした。


 ――おそらくは地元の小貴族が上手いことをいって金だけ取ったのだろう。


 あとで調べ上げて金はすべてこの村に返さねばなるまい。

 カインは領地経営に着手したばかりである。

 実際、領地の細かい場所まで臨検を行うことができずに、このような事態はあちこちで起きているだろうと推察できた。


 湯治に来て頭痛の種が増える格好となったことを悔いればいいのか、それとも問題が炙り出せたよい機会と捉えればいいのかと自問自答する。


「村の周辺に現れるゴブリンなどが山神さまのお怒りの一部かどうかはわからないので、街の冒険者ギルドに討伐を依頼したのですが、まさか村の中にまで入り込まれているとは」


「なるほど。村の衰退の根源は山神の祟りにあり、それで村の衆は意気消沈していると。まとめるとそういうことか」


 ――普通に考えれば一度屋敷に帰って兵を動員するのが最善手である。

 だが、考えてもみよ。

 カインは心身の療養のために湯治場に足を運んだのだ。


 それがわざわざ小難しい争いの種を見つけたとなれば屋敷にUターンするのはもちろんのこと、あの無表情であるセバスチャンからくどくど説教を受けるのは目に見えている。


(おまけにメイド連中もうるさいいだろう。ことがすんなり片づいたとしても、わいのわいのといわれるのは間違いない)


「――とりあえず、その山神であろう白猿ってのはどういう怪物なんだ」


「怪物とは畏れ多いことを。なんでも二階家に届くほどの背丈を持つ巨大な神猿だそうで」


 カインは自分の顎を撫でさすりながらかたわらのジェフを見た。


「いけるか?」

「坊ちゃま。オラはそのへんのモンスターに負けるほどヤワな鍛え方をしてねぇべ」


 カインは腕組みをしてわずかに考え込むと――。


「村長、この件、とりあえず我らに任せてくださいませんか」


 と、申し出るのだった。



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