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85「裏の裏」

 ――今日はやけに急かすじゃないか。


 カインが見るところ、リンダはちょっとお茶目な点が多すぎるきらいがあるが、だとしても並みのアイドルが一ダースまとめてかかってきてもかなわないくらいの美少女なので、目の保養になるので行動を黙認した。


 洞察力の優れたカインは決してアホの子の罠にかかるほど不用心ではない。先日、リンダが自分が席をはずした隙に、先祖伝来の錬金術の秘本を盗み見し、素材を集めて惚れ薬を調合したことくらいは気づいていた。


(ま、素人の手並みを見せてもらおうじゃないの) 


 ニヤニヤしながらカインは一服盛られた惚れ薬入りの紅茶を飲み干した。

 実のところ、カイン自身も実は秘伝書の惚れ薬を作成し、屋敷で飼っている犬たちに飲ませてみたものの、なんら効果の出ないことを確認済みであった。


(さ、主人に一服盛る悪い子ちゃんには惚れ薬が効いたふりをしてからかってあげようかな)


「うっ!」

「ど、どうされました?」


 カインが大げさに胸に手をやってカップを取り落としてみせると、リンダはやたらに驚いて視線をキョロキョロ左右に動かし徐々に顔色を蒼くしていった。


 ――どうやって嬲ってくれようか。


 そう思った瞬間、カインの目の前に真っ白な火花がバチバチと爆ぜて四散し、ほぼ同時に強い酩酊感が全身を襲った。


「カインさま、カインさま。だいじょぶですか!?」

「う、く――」


 片膝を突き、喘ぐように息を吐き出しながらカインが顔を上げると、そこにはいまだかつて観たことがない絶世の美女がいた。


(なんだ……天女か?)


 知らない人間ではない。カインのメイドのひとりであるリンダには間違いはないが、今までとはまるで別人のように――美しかった。


 さらさらとしたはちみつ色の髪が流れてきらめき、大きな瞳は見ているだけで吸い込まれそうだ。


 言葉では説明できないほどズンと胸にくる。リンダの顔を見ているだけでカインは胸の動悸が止まらなくなり、心臓が口から放出しそうな強いめまいを覚えた。


 楽園の花園に居るようなかぐわしい香気が漂ってきて、幾度も意識を失いそうになる。

 白い肌も、整った鼻もすべてが神々しく、指先がブルブルと震えた。


「え、えと、あのう、カインさま?」


 声もいい。

 聞いているだけで頭がどうにかなりそうだった。

 こんな美少女と同じ屋敷に暮らしていたのに、どうして自分は正気を保てていたのだろうかとすべてが現実味を欠いていた。


「リンダ、ああ、きみはなんて美しいんだ」

「え、あ、ちょっと待ってください。どしたんですか? 目がヘンですよ」


「それはそうさ。きみのような美しい人を見ればおかしくもなる……」

「いやいやいや、まあ、そうなんですが。薬が効いたのかな?」


 リンダがなにかもごもごいっているがカインの耳には意味を持って届いていなかった。


「こ、こほん。そうですね、でも、カインさま。いきなりそんなことを申されましても、アタシ、困りますう」


 リンダが身をよじっていやいやをする。

 傍から見るとただのぶりっ子でわざとらしいのだが、惚れ薬の効果が抜群に発揮しているカインにはたまらなく可愛く映った。


「あ、あ、あ、その、ごめん。気を悪くさせたらすまない。で、でも、本当にこんな気分になったのは、久しぶりというか、リンダは靴ベラで鼻面を叩いたパグのように愛らしいよ……」


「なんかすさまじく罵倒されたような気がするんですがね」

 ぷくっとむくれたリンダの頬に吸いつきたくなり、カインは情動に身を任せてタコチュウのように唇を突き出されるが、サッとかわされた。


「な、なぜ……?」


「いや、身の危険を感じたので。あ、そう、そうですね。カインさまがぁ、アタシのことを本当に思っていてくれるのならぁ、なんでもしてくれますぅ?」


「するっ。なんでもするっ。リンダのためならおれはなんでもするぞっ!」


「ふーん、そうなのぉ。じゃあねえじゃあねえ、リンダはカインさまのお妃さまにして欲しいなあ……なんて」


 上級貴族のカインの正妻は王都にいる父であるニコラ公爵が決める。


 リンダも薬の効果を確かめる程度の気分でいったはずであるが――。


「うんうん。しちゃうしちゃう! リンダをおれのお嫁さんにしちゃう!」

「え――」


 カインはリンダのこと以外なにも見えなくなっていた。






「坊ちゃま、本日の決済がまだお済みではないようですが」

「いま、忙しい! 呼ぶまで入ってくるな!」

「と、まあ、このような状態なのです」


「……ええっ?」


 執務室の前でセバスチャンに説明を受けたアイリーンは驚きの声を隠せなかった。


 カインがみなの前に姿を見せなくなってから三日間が経過していた。


 本来であるならば処理すべき書類がてんこ盛りになっており、困り果てたセバスチャンが一番信頼されていたメイドのアイリーンを呼び寄せ、なんとか頑なに部屋に籠る主を連れ出してほしいとの懇願だった。


 この屋敷に来てから、ここまで困り顔を露にする執事をアイリーンは見たことがない。


 周囲にはカインの奴隷であるゼンや報告の溜まっているロックがすがるような目でアイリーンをジッと見つめている。


 そんな情けない男たちを見ていると、もともと面倒見がよいアイリーンも放ってはおけずにむしろやる気が胸の内に沸き起こっていた。


(仕方ないなぁ、やってみますか!)


「カインさま、カインさま! いったい中でなにをやっておられるのですか。入りますよ。ダメっていっても許しませんからね!」


「その声はアイリーンか? だ、ダメだダメだっ」

「鍵を――」


 一旦度胸が据わると少々怒鳴られたくらいでは動じないのがアイリーンである。彼女はセバスチャンから執務室の鍵を受け取ると「がちゃこ」と素早く解錠して扉を開いた。




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