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83「リンダの野望」

「はふーっ」


 カインは持っていた決算書を放り出すと、手にしていた羽根ペンを置き、右手で眉間をジックリと揉みほぐした。

 表情に疲労の色が濃い。


「あー、目の遣いすぎだ。これじゃあすぐ近眼になってしまうぞ」


 ギッと軋んだ音を立てて椅子から立ち上がる窓際のカーテンを勢いよく開いた。

 視界には、古い洋画でかつて目にしたような牧歌的で美しい風景が広がっている。


「ダメだ、ちょっと休もう」


 窓は毎日丁寧に掃除がなされているので顔が映り込むほどにぴかぴかと光っている。


「これは、まあ、あれだな。自営だ。自営業だな」


 社畜は会社に追われて仕事を行うが、この領地経営は数日どころかどれほど休んだとしても文句をいわれることはないだろう。


 ――ただし、その場合はカルリエ領は破綻するが。


「くそ、ホントに頑張れば頑張っただけ報われるのかよ」


 カインはソファに腰を下ろすと、積んであった書物をペラペラとめくった。本当ならば、休憩時間ならば目を休めればいいのだろうが、ここにはとにかく娯楽がない。


「テレビもラジオもネットもねぇんじゃ、なあ」


 新聞はあるがあくまで政治情勢が主で娯楽とはほど遠い。挿絵がある雑誌などは当然なく、男性が好みそうなお色気的な本もあるが、情報過多の日本から転生したカインからすれば鼻で笑い飛ばすくらいにレベルが低すぎて見ても面白くないのだ。


「ああ、そういや、これ書庫から持ってきたやつだな」


 手にした本には金で縁取られたいかにも高そうな分厚いものだ。ロムレス文字特有のカニ文字で【錬金術秘本】と記されている。


「なになに、そういや、これちょっとトンデモ本の類だよな。人間をカエルにする薬、馬の言葉がわかるようになる薬……」


 ソファでだらしなくだらっと寝そべってパラパラとページをめくる。


「おや?」


 そのうち、ある項目の見出しでカインの手が止まった。


「惚れ薬を作る方法……? なになに、以下のざ素材を集めてカルリエ家に伝わりし方法で調合すれば確実に完成する? この薬剤を飲ませて最初に目を合わせたものに恋することは、幾多の実証実験で」


 ページには仲よく番う二匹の犬の絵があった。


「って犬同士で実験かよ! くだらね」


 カインは秘本をグイと両腕を突っ張らかして片目で見た。

 未練惜し気にパラパラとめくる。

 有用そうな情報は載っていなかった。


「ちっ」


 ばふっと秘本を伏せたと同時に、扉がコンコンと高らかになった。

 手元の懐中時計を見ると、そろそろメイドが茶を用意する時刻になっていた。


「お入り」

「失礼いたしまーす」


 このとき、鼻歌まじりに現れたリンダが想像もしなかった事件を引き起こすとは、カインはまったくもって予想しなかった。






「さあさあ、お仕事は根を詰めすぎてもよくありませんよ。我が愛しのご主人さま、このリンダめとのお喋りでこの世の憂さをぶっとばしちゃってくださいませ」


「どうでもいいが、いつも元気だな。おまえは」

「元気ですよー。アタシは元気だけが取り柄でございますからっ」


 リンダは茶器一式が積まれた台車を前にニコッと微笑むとカインの様子を窺った。


(ようし。カインさまのご機嫌はそれほど悪くなさそうね。ここいらで、ほかのメイドたちと差をつけて、目指せ寵愛第一、天下のカルリエ夫人の座をいただくぜ!)


 キラキラとした金色の髪が美しいリンダはくじ引きで並み居るライバルたちを撃破して、一日に数度しかない茶の給仕という仕事を手に入れ、その意気は天を衝くほどであった。


(なーにせ、細工でもしてんじゃないってくらい、アイリーンやジャスティンの引き運は強いかんね。けど、アタシだってお屋敷に推薦された村一番の美少女よ! カインさまをメロメロにして夫人……は無理でも寵愛第一の愛妾の座はゲットしちゃうもんね)


「なんだその含み笑いは……」

「あ、おっけーでぇす」

「いや、意味がわからんのだが」


「まあまあまあ、カインさま。まずは喉を潤して心を平らかにしてください。アタシの淹れる茶もアイリーンやジャスティンには負けやしませんから」


「なんだかわからんが普通にいただこうか」


 リンダはソファに座った少年領主がカップに口をつけて目を伏せるのを見て、きゅーんと胸が高鳴った。


(ああ、やっぱカッコイイなあ。カインさま、本当に美形よねえ。本当の貴族はやっぱりアタシが知ってる村の男たちとは違う。そりゃ、もう、天と地ほど)


 はじめて目にしたときも思ったのだが、リンダが見るにカインの端正な容姿はこの地を治めるにふさわしい美しさを備えていた。


 今はまだ年少であるが、あと数年もすれば、背もグングンと伸びてたくましく成長するだろう。


 祖父であるレオポルドの体格があれだけよかったのだから、カインも世に稀な美丈夫になることはまず間違いない。


(これはもう、ほんとにもう、早いとこお手付きになるしか!)


「おい、ちょっとどうしたんだリンダ。鼻息が荒いぞ」

「おほほ、これは失礼カインさま」


 リンダは口元に手を当てて微笑むと、意を決して行動に移った。


 ――やったるで!



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― 新着の感想 ―
[良い点] 題名がつっこみどころしかない。このストレートさは痺れる。本編を織りなす要素にメイドさんたちの視点がはいるのは面白いですね。 [一言] 本日購入読了。読み終えたら続きが出ていたのでうれしかっ…
[良い点] やったるで! 好き
[一言] やったるで!
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