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80「狙われたメイド」

「……驚いたな」

「なになに?」


「オプレアが普通にアドバイスしてくれてる」

「ちょっとオプレアちゃんのこと舐めすぎじゃないかい?」


「悪い悪い。このケーキの切れ端をやるから我慢しろ」

「わーい、ケーキケーキ」


 オプレアは糖度の低い昨晩の残りを喜んでむさぼった。


(うーん、やっぱり蜜に集まる蛾のようだ)


 カインは羽をピコピコさせながらケーキに覆いかぶさるオプレアを前にして、しばし、前世における幼少期の思い出をひとり懐かしんでいた。


(あの夏の日。ビニール袋にビールをかけたバナナを放置して発酵させたものを木に塗りたくり虫取りに励んだ日々よ……)


「ねえ、ちょっと。今、アタシのこと見てとんでもなく不敬なこと想像してなかった? 一応地母神だからそーゆうニンゲンの邪悪な気ってわかるんだよ」


「気にするな」

「気になるよー」


 オプレアは「みきみきみき」と口から擬音を呟きながらその場で両手を開き静止する。


(ああ、固まった表現か)


「木になる」

「やかましいわ」


 手刀を放つとオプレアはマジ気味に距離を取る。


「わあっ、ちょっと、危ないじゃないの。ほんの冗談なのに」


「……とにかく話を戻そう」

「そうね」

「治水が低くなっているのは?」


「単純に、河川の手入れをしていないから堤が限界に近づいているのよ。雨季も近いことだし、その前になんとかしなきゃだわ」


「水路の工事なんて一番手間と時間がかかるぞ」

「頭が痛いけど頑張るしかないわね」


「善く国を治める者は水を治めるか……」

「あら、いい言葉じゃないの?」


「至言だな。古代の聖人の言葉だよ。っと、残りは農業商業工業の微増か。こいつはオプレアに説明してもらわなくてもわかるぞ」


「そう。カインが努力して石灰を手に入れたことによって、いろいろ動いているのよん」


「死に体のカルリエ産業の面倒も見なくちゃならないし。やっぱり優秀な官吏が必要なんだよなあ」


 カインはこめかみを揉みほぐすとソファに腰かける。

 黒い革張りの重厚な造りだ。カインの軽い身体はそれほど沈み込むことなく、ほどよくリラックスを得ることができる逸品で伸びをすると悪いものが放出されてゆく気分になれた。


「手が足りない」


「腐らな腐らない。カインにはオプレアちゃんていう、かわいくて頼りになる味方がいつでもついてんだからね」


「ただの喋る指標だけどな」

「うぐっ」


「嘘だよ。見返りなしに協力してくれるオプレアには感謝しているよ。心の底からだ。いつもありがとうな」

「んなっ」


 そういうとオプレアはぼふっと擬音が出そうなほど顔を真っ赤にして「それほどでもにゃいんだけどぉー」と叫びながら部屋中をふらふらと飛び回った。


「もう、わかってくれてるならいいのだけどさー。あ、それとカインにオプレアちゃんからひとつアドバイスだよ」


「なんだ?」


「あっちにもこっちにもいい顔しようとするとあとで収集つかなくなるぞいっと。それじゃねー、また来週! バイバーイ」


 それだけいい残すと上機嫌なオプレアはポンッと小さく光って消えた。


「……女か? 女のことなのか?」


 カインの悩みが増しただけだった。






 ジャスティンはわずかに呼吸を弾ませながらカインの私室に向かっていた。


 時刻は深更である。


 屋敷の人間は夜番の騎士を除いてみな寝静まっている。


 ――落ち着かないと。


 夜中に呼び出されることの意味がわからなはずもない。


 今年で二十一になるジャスティンはメイドたちの中でもっとも年齢が高い部類に入る。


 それだけにカインに目をかけられることは嬉しかった。


 アイリーンが昼となく夜となく、幾度もカインの部屋に呼ばれるのを見て、ジャスティンは、心の奥底でうらやましいというはしたない気持ちが沸くのを抑えることができなかった。


 最近はカインに呼ばれる頻度も増えて、わずかであるがアイリーンに優越感を持ってたことも事実だった。

 ――あの子は自分ほど上手く茶を淹れることができない。


 念入りに肌を磨き、いつものお仕着せには香を焚き込めておいた。


 抜かりはない。


 ――あのような情熱的なお言葉を頂いた夜と来れば主の気持ちを疑うこともない。


 年少であるカインが房事に長けているとは思えないが、こちらも書物や聞きかじり程度の知識しかない。


 不安はあるが、それ以上にジャステインの中で喜びが優っていた。


 カインの部屋に近づく。

 もうすぐ、あの、焦がれていた場所へ。


 カインの部屋の前に立つ騎士たちの姿が燭台に照らし出されている。護衛の騎士たちの夜食を運び終わったメイドとジャスティンはすれ違った。


「おまえ、今、幸福か」

「え?」


 自分よりも小柄なメイドと目が合った。


 だが、その問いかけは地の底から響いているような、黒ずんで濁ったものだった。



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