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79「助言」

「まったく次から次へと」


 カインはアイリーンたちメイドに得心させると部屋の外に追い出すことに成功した。


 ――君子がかような些事にかかわりあっている暇はない。


「けどなぁ……」


 だが、懊悩がないわけでもない。


 日頃、懸命に仕えてくれているジャスティンに勘違いさせるようなことをしてしまったのならば、それはカインに責任がまったくないとはいいきれない。


(彼女たちは恋に恋するお年ごろ。やはり無意味に期待させても悪いよなあ)


 カインとて木石ではない。


 日常的に接しているメイドたちがどのような目で自分を見ているかは理解しているつもりである。


 外見的には若く美少年で領地では並ぶ者のない権力者に見染められる。


 いわゆる玉の輿だ。


 純朴な農村しか知らない少女たちの夢がカインの意思そのものといえよう。


(てか、そんなことやってる状況じゃないしなあ)


 カルリエの窮状を思えば屋敷内の惚れた腫れたなどやっている余裕はないはずだ。


 だが、カインは親しいといえる存在にまでなった数少ないメイドのひとりであるジャスティンの喜ぶ顔は容易に想像できた。


 思えば、あのとき顔を赤くして走り去ったのはプロポーズを受けた勘違いしたからであったのだろう。


(それを切って捨てるのか。すべてはお前の勘違いだよこのメイド野郎。分不相応な夢なんぞ見るんじゃないよとおれの口から直接伝えることができるのか?)


 強烈な罪悪感が背骨の窪みからぞろぞろと湧き出てきてカインは身体から力が抜けてくたくたとその場に座り込みそうになる。


 だが、人生は常に決断と後悔の繰り返しである。

 成功続きの人間などはいない。


 失敗という屍の積み重ねの上に経験という宝玉を抱いて立つのが、成熟した男のあるべき姿である。


 思い直す。


 ――いや、メイドのひとりやふたり御せずになんの権力者か。


 強く思い込む。

 強く。


 扉の前で無意味に数度屈伸をすると、手をそろそろ伸ばしかけてピタリと止まる。


「ま、まぁ、今すぐでなくてもいいよな。うん」


 カインは女性に対しての経験はひどく乏しかった。


「明日でいいか。いや、仕事が落ち着いてからのほうが。ははは」


「そーんなことやってると、そのうちマジで血を見るハメになるかもだよー」


「どわっ」


 背後から声をかけられ飛びあがった。カインの目の前には音もなく浮遊する地母神オプレアの呆れた顔があった。


「な、なんだ。おまえか」


「なーによ。近ごろお見限りじゃないのさ。アナタの近くにいつでもいるよ。カインくんの心の恋人オプレアさま参上!」


 オプレアはくるりと空中を回転すると右手の人差し指をカインに向けてウインクを飛ばす。


「あー、はいはい」


「あによ、その反応は。あ、もしかしてずーっと会えなくて寂しかった? 寂しかったのね? うふふー、お姉さん今日はサービスしちゃおうかしら」


 オプレアはカインの手のひらの上に降り立つと四つん這いになってセクシーな女豹のポーズを取った。


「そそるっしょ?」


「いや、現世になんのしがらみのないカトンボ相手なら気を使わなくて楽だなって思っただけだ」


「きいいっ、なによそれ! 許せないわあ!」

「ははっ、おまえ鼻垂らしてるぞ。なんか笑える」


「命の恩人でもあるオプレアちゃんにひどいっ」


「ひどくないよ。むしろ今日のおれは自然に優しい。……なんちゃって地母神にもな」


「なんちゃってじゃないもんっ」


「とにかくもだ。駄弁っている暇があったらおまえの仕事をしたらどうだ」


「え?」


「え、じゃない。領地のステータスを見せろといっている」


「くうう、久々だってのに仕事にストイックなカインも痺れるう。それ、チンカラホイ」


 ロムレス王国 カルリエ領 

 領主 ニコラ・カルリエ

 人口 810000

 金銭-4043032700→-4031022300

 民忠 84→85

 名声 82→87

 治安 74→58

 治水 25→18

 農業 18→24

 商業 05→11

 工業 12→10


「相変わらず絶望的な数字だな。おまえはおれを悶死させたいのか」


「そんなわけないでしょ。アタシは海よりも山よりも誰よりもカインを愛しているのよ」


「おれの妄想のくせに一丁前の口を利くじゃないか」

「しどいっ。アタシは妄想でもカインの心の病巣が具現化したものでもないっての!」


「ま、心のビョーキのほうがマシだったかもな。前回より半月程度しか経ってないから、いきなり借金が黙って家出してたらそれはそれでびっくりなんだが」


「ま、コツコツやるしかないっしょ。カインの頑張りも徐々に報われてるじゃないの。この調子で領地をドンドン富ませてくれればアタシも助かるよう」


「んじゃそろそろ今回の論評に移るとしようか。えーと、ありすぎてどれから聞いたらちょっと迷ってしまうのだが」


「うんうん。おねーさんになんでもお聞きなさいな」


「民忠、民衆の忠誠度と名声が上がっているのは理由はおれにもわかる」


「うんうん。カインが頑張って都城にいるパラデウム派の残党をぶっ飛ばした成果だよねー。民衆はそれほど詳しいことはわかってないみたいだけど、貴族たちの間ではカインの評判はうなぎのぼりだよー。にょろにょろっとね」


 オプレアはそういうと両手を合わせて頭の上に突き出し、うなぎのようににょろにょろと身体をくねらせた。


「んんん。それはそれで、おれも苦労をした甲斐があるというものだけれど、妙に治安の項目が下がっているのが気になるんだが」


「ああ、それねー。あれね。カインの目が届かない西部地方、つまりはパラデウム領と接してる場所に盗賊やら謎の宗教集団やらモンスターやらが跳梁しまくりまくっているらしいんだよー」


「マジか。そんな報告は入っていないぞ」


「そりゃそうだよ。カインはカルリエ領にやってきて日も浅いし。まだまだ全権を掌握しているとはいい難いもんね。独自の諜報機関とか、そういった情報収集のプロフェッショナルをなんとかして手に入れたほうがいいと思うよ。大きな事件なら黙っててもカインの耳に届くだろーけど、隣領付近で発生しているこまごまとした賊たちは、それぞれ数十程度の小さなものがあっちこっちに湧いてるからね。時間を作って自分で足を運び現場を確認したほうが早いんじゃないかな」



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