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76「特殊肥料」

「じゃなくて、だ。のんびり茶を啜ってる場合じゃない。このままボケっとしている間にも時間は過ぎてゆく。早速仕事に取りかかろう」


 蛮族を討伐し、苦労して石灰鉱山を手に入れたのは、領内の土壌を改良して作物の取れ高を上げるためである。


 ――なにはともあれ石灰は有用だ。


 カインは家人たちに命じて庭の一角にムシロを広げさせた。


 晴天である。


 雨が降ってしまえばせっかくの作業が無駄になる可能性がある。


「で、若さま。今度はなにをなさるんで?」


 奴隷のゼンが家人の手によって次々に運び込まれる石灰鉱山から運び込まれた岩石を見ながらほわーっとびっくりしたような声を出していた。


(石灰自体が認知されていなかったわけじゃない。あまり農業用として使われる方法が広まっていなかっただけだ)


「まあ、見ているがいい。久方ぶりに錬金術士として働こうと思ってな」


 カインは目の前に山と積まれた石灰の塊に手を置くと念を集中した。


 錬成に必要なのはイメージである。


 錬金術士は己の脳内に強烈なイメージを強く思い描き独特の念波を発生させて、マテリアルを変性させるのだ。


 カインの全身から周囲からも見てわかるほどの強烈な電磁波のような光がパチパチと音を立てて発生する。


 はじめは静電気だったようなそれはやがて太さを帯びて稲光のような激しいものに変化した。


 カインが両手を地面に強く押し当てた途端、あたりがパッと白く光って世界を覆いつくした。


 その場に居合わせた人間たちは残らず目を手で覆い隠したり顔を背けた。


 それくらい強い輝きだった。


「おおお」


 奇跡を目の当たりにした人々はあちこちで感嘆のため息を漏らした。


 ムシロの上に広げられていたゴロゴロとした原石はすべて粉末化されて白い砂山のようになっていた。


「ま、こんなもんかな」


 ゼンや作業を手伝っていた家人たちは自分たちの主が、やはり本質的にまったく違う人種であると思い知らされ、カインを見る目には尊崇だけではなく小さな怯えのようなものが含まれていた。


「さすが若さまで。これだけの量を粉にしようと思ったら相当な手間暇がかかりやすよ」


 ゼンは両膝をつくと尾を左右に激しく振りながら手にした石灰をサーと指の間から流している。


「若さま、コイツをどうしようっておつもりなんで」


「無論、領内の農民に配って使用していただく。カルリエの土は全般的にそれほどよいとはいえなからな」


「へえ、畑に撒くんで……?」

「生産力の向上に役立てばいいと思ってな」


 石灰の有用性は古代ピラミッドの建築から漆喰壁の素材に使われたりと古くから知られている。


「そう、コイツを畑に撒けばカルリエの貧弱な土壌は今よりもずっとマシになるはずだ」


 農業における石灰の有用性は、植物に栄養を与え、なおかつ土壌の酸性を中和して窒素やリン酸などの養分を吸収しやすくすることにある。


「石灰を撒くと田畑の取れ高がよくなるんで?」


「うーん、簡単にいうと作物が育つための土のエネルギーが向上するんだ。そのくらいに思っていてくれればいい」


「さすが若さまは博識で。カルリエ家は学者の血筋でもありましたな」


「そうじゃない。どちらかといえば流しの薬売り。怪しいものだ」


「またまた……」


 カインの祖父が武功をもってしてカルリエの土地を得る以前は、一族は得意の錬金術を生かして流れの薬売りを行っていた。


 その傍ら、代々学問に興味を示す家柄であり、カルリエの一族は少ない資金を貯めていく先々の土地の古老からさまざまな分野の知識や技術を吸収していたことは家伝としてカインも聞いていた。


「ぱっと撒いて畑の作物がザクザク取れるなんて、さすがはカルリエ家秘伝の神秘薬で」


「そんな都合のいいものではない。どの程度撒けばいいかとかそういう分量は一族の錬金術士たちにある程度研究させてからじゃないと難しいだろう。今回の作付けでも、私がとりあえずの教育を施した担当員を各地に派遣して様子を見ながら行うから、結果が期待できるまでは数年かかるだろう」


「それがよいようで。なあに若さま、畑仕事なんざは気長にやるもんですよ。結果を求めすぎちゃいけやせん。もっとも若さまには巨額の負債があるんで、あっしのような奴隷に気楽にはいかんもんでしょうが」


「いってくれるよな」


 ゼンは目を白黒させると再び石灰を手に取ってフンフンと匂いを嗅ぎながら耳をピクピク動かしている。


「それに石灰は土壌改良だけじゃない。コイツを撒くことで防除にもなるんだ」


「防除っていうと?」


「石灰を撒くことによって肥料として作物に吸収され、作物内のペクチン酸と細胞壁が丈夫になり病気にも強くなる。つまりは石灰に含まれるカルシウムが作物を強く育て、病気や虫に負けない強さを得ることができるんだ。と、かつて読んだ書物にそう書いてあった」


「さすが若さまは博識だァ」


 カインは転生前に農業関係の営業を行っていたこともあり、これはそのときに学んだことを生かしたのであった。


(石灰の働きは素晴らしい。土壌と作物の石灰欠乏は農家にとって痛烈に頭の痛い問題だからな)


 石灰を散布することによって、作物の大敵であるうどんこ病、灰色カビ病、根コブ病、青枯病、いもち病などの病気に対する効果は大きい。カインは転生前の経験で、専門家並みに詳しいことは完全に記憶していなかったが、そこそこの知識は持ち合わせていた。


「とにかくトライ&エラーだな」



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